『テミスの不確かな法廷』ラスト3分の衝撃 「前を向いて歩くんだぞ」に込められた思い
一家4人を惨殺した犯人とみなされ、死刑に処された秋葉一馬(足立智充)。事件から25年後、娘の亜紀(齋藤飛鳥)は、父のアリバイを証明できるかもしれないとして、検察に押収されたビデオテープの開示を求めるも、返ってきたのは“不見当”という回答だった。
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これを受け、安堂(松山ケンイチ)は最高検察庁の次長検事を務める父・結城(小木茂光)に、必ず真実を明らかにすると宣言する。結城はそんな息子の決断を否定しなかった。むしろ、「それでいい」と後押しし、安堂が転倒した際に負った頬の傷を見て、「まだ転んでいるのか? 前を向いて歩くんだぞ」と声をかけた結城。
それがまさか、親子の最後の会話になるとは、この時は誰も思いもしなかっただろう。最終回目前となる『テミスの不確かな法廷』第7話。およそラスト3分の展開に衝撃が走った。
検察が証拠を開示しないために行き詰まる前橋一家殺人事件の再審請求審。実際の事件でも、同じような理由で再審開始が引き延ばされたケースは多々ある。例えば、1966年に起きた「袴田事件」は再審が始まるまでに実に57年もの年月を要した。再審の結果、死刑が確定していた袴田巌さんには無罪判決が言い渡されたが、長期収容の影響で袴田さんは今なお拘禁反応に苦しめられている。本人だけではなく、その家族もまた審理が長引けば長引くほど、心身ともに疲弊していくものだ。
今までの前橋地裁第一支部の面々であれば、再審を認めるに値する新たな証拠が出るまで静観していたかもしれない。だが今回、裁判長・門倉(遠藤憲一)は職権主義を持ち出し、裁判所主導で証拠を探すという異例の決断を下した。さらには落合(恒松祐里)も「日本の再審制度に大きな課題があるのは紛れもない事実。裁判所でやれることがあるならやるべきです」と同意し、価値観の違いから対立したこともある津村(市川実日子)にも協力を求める。そこには少なからず、安堂の影響もあるだろう。多くの人を縛る忖度や同調圧力からある意味自由で、気になったことがあると居ても立ってもいられず、考えるよりも前に体が動いてしまう安堂の存在が、彼女たちを動かしているのだ。
「真実とは時に、強い思い込みに過ぎませんよ」とは、彼の父・結城の言葉だ。前橋一家殺人事件の発生前後、被害者宅の近くで秋葉を見たという証言があったが、辺りは暗く、目撃者がしっかりと顔を認識できていたかは定かではない。また新たに、犯行時刻の20時過ぎに被害者宅の前に秋葉らしき男が立っていたという目撃証言が上がったが、男の首筋には秋葉にないアザがあったという。にもかかわらず、目撃者たちが男を秋葉だと思ったのは、「秋葉が一家に付きまとっていた」という前提情報があるから。逆に言えば、その一点のみで秋葉は犯人とみなされた可能性が高く、物的証拠に欠けている。落合は、「被害者の坂東智康(鳥谷宏之)が土地の再開発で実家の売却を打診され、断っていた」という情報を得る。つまり検察は、他に犯人がいるかもしれない可能性を十分に検討していないのだ。
そんなふうにして、真実には時に不純物が混ざる。「真実が明らかになることを願っています」という手紙とともに裁判所に届いた、ITエンジニアでネット犯罪対策の支援にも携わっていた羽鳥朋世(清水くるみ)が亡くなったことを報せる地域情報紙のコピー。安堂は小野崎(鳴海唯)とともに、朋世の父・賢一(田辺誠一)を訪ねることに。賢一は他殺を疑っていたが、安堂と小野崎の調査で、朋世は換気口の裏にタブレットを隠そうとして転倒し、頭を強く打って亡くなったことが判明する。警察も事故と判断していたが、あまりにあっけない娘の死を受け入れがたく、賢一は別の理由を探していたのかもしれない。
改めて真実を告げられ、「本当のことが知れて良かった」と涙する賢一。私たちはこれまでも、裁判のシーンで同じような涙を見てきた。安堂が不純物を取り除き、明らかにした真実によって、現実が大きく変わることはない。ましてや失われた命は戻ってこないし、犯した罪も消えはしない。だが、納得のいく真実が明らかになった時に初めて、残された人たちは前を向いて歩いていけるのだろう。
朋世のタブレットには、防犯コンサルタントの木内晴彦(矢柴俊博)が、講習に参加した高齢者の自宅に侵入し、強盗を繰り返している可能性を示す映像データが残されていた。木内の首筋には大きなアザがある。前橋一家殺人事件の真犯人は木内。そう確信している誰かが、あのコピーを裁判所に送ってきたのかもしれない。一つひとつの証拠は薄いが、これだけ複数揃えば、再審が認められる可能性はある。
そんな中、安堂に入った予期せぬ連絡。結城がホテルの駐車場で遺体となって発見された。もし木内が本当に前橋一家殺人事件の犯人だったとしたら、結城が自白を強要したことによって無実の人間が死に追いやられたことになる。それは同時に真犯人を野に放ったことを意味する。複数の人が強盗被害に遭うことも、朋世が事故死することもなかったかもしれないのだ。その責任を取り、あるいは良心の呵責に耐えられなくなり、結城は自ら命を絶ったのだろうか。しかし、まだ他殺の可能性も残されている。少なからず、結城は死の直前、山路(和久井映見)に何かを伝えようとしていた。
父親の汚名を晴らしてくれた結城に憧れ、検察官を志した古川(山崎樹範)は最後の最後まで彼の“正義”を信じていた。安堂の実父であり、検察官としての古川を生んだ父でもある結城。その2人の“息子”に顔向けできるような自分になるため、25年前の真実を明らかにしようとしていたのではないか。しかし、それが誰かにとって不都合な真実だったために、結城は何者かに消されたのではないか。こうなることがどこかでわかっていたから、安堂に「前を向いて歩くんだぞ」という言葉を残したのかもしれない。
発達障害を抱える安堂は子どもの頃、結城から「どうして普通にできないんだ」と何度も責められた。だが、安堂が安堂だったからこそ、救われた人が大勢いる。今度は前橋一家殺人事件の真相、そして父の思いを明らかにし、自分を救う番。どうかそこに、安堂が前を向いて歩き出せるような真実が隠されていますように。(文=苫とり子)
