昔のクルマの「レースシートカバー」“エモい”と話題に!? 昭和・平成初期は定番だった! 懐かしすぎる「レトロ装備」5選
懐かしすぎる「レトロ装備」とは!
クルマの装備は時代とともに大きく変化しており、特に2000年代初頭からはIT化が急速に進んだことで、現代のクルマは便利さと安全性を大きく向上させました。
しかし、それ以前となる昭和から平成初期にかけては、今では見られなくなった特徴的な装備が数多く存在していました。
【画像】超カッコいい! これが昔のクルマの「懐かしい装備」です!(26枚)
懐かしいクルマの装備には、どのようなものがあったのでしょうか。

●レトロな風情が蘇る「レースシートカバー」
昭和から平成初期のクルマによく見られたのが「レースシートカバー」です。その名のとおり、白いレース編みでできた車のシートカバーのことで、メーカーや車種によりさまざまな種類の繊細なレースで彩られ、現在主流の本革調などのシートカバーとは全く異なるデザインがレトロでノスタルジックな雰囲気を醸し出していました。
一見すると、テーブルクロスのようなレース素材は汚れやすいのではないかと思われがちですが、実は実用的な面も持ち合わせていました。
というのも、夏場はシートのベタつきを抑え、冬場はシートの冷たさを和らげてくれるなど、見た目以上に快適性にも貢献していたのです。
当時は年配のユーザーからの評判が高かった一方で、若者の間では「オジン臭い」と敬遠される傾向もありましたが、それが最近では、若い世代の間でそのレトロな雰囲気から「エモい」アイテムとして再注目されているといいます。
●手動で窓を開閉する「クルクルハンドル」
現在では当たり前となっているパワーウインドウですが、昭和から平成初期にかけては、トヨタ「クラウン」や日産「セドリック/グロリア」などの高級車、またはトヨタ「マークII」や日産「スカイライン」などの上級グレードにのみ採用される特別な装備でした。
一方で、普通のクルマは「クルクルハンドル」とも呼ばれる、窓を開閉するための装置が備わりました。
正式には「ウインドウレギュレータ」と呼ばれる装置ですが、操作しやすいように現在のパワーウインドウスイッチよりも低い位置に設置。窓を開ける場合は反時計回りに、閉める場合は時計回りハンドルを回します。
当時、パワーウインドウは多くのドライバーにとって憧れの装備で、社外品の後付けパワーウインドウが市場に出回っていたほか、中にはクルクルハンドルをまるでパワーウインドウのようにゆっくりと操作するテクニックを身に付けた人もいたといいます。
●パカッと現れる「リトラクタブルヘッドライト」
かつて多くのスポーツカーに装着されていた「リトラクタブルヘッドライト」は、通常はボディに格納されていますが、ライト点灯時にパカッと姿を現すという特徴的なギミックを持つヘッドライトです。
特に1970年代後半のスーパーカーブーム時代には、この装備が人気を博しました。
漫画「サーキットの狼」のヒットをきっかけに、子どもたちがヨーロッパの高級スポーツカーに熱狂した社会現象の中で、ランボルギーニ「カウンタック」やフェラーリ「512BB」は特に人気が高く、両車ともリトラクタブルヘッドライトを採用。
国産車ではマツダ「RX-7」やトヨタ「カローラレビン(AE86)」、トヨタ「セリカXX」、日産「180SX」などに搭載されており、これらは一般ユーザーでも手が届く存在でした。
現在は、歩行者保護の観点やコスト面から、リトラクタブルヘッドライトを装着するクルマは姿を消してしまいましたが、そのワクワク感は今でも多くの自動車ファンを魅了し続けています。
スピードメーターの「キンコン♪」なんのため?
●速度超過を知らせるスピードメーターの「キンコン」
昭和から平成初期のクルマに乗ったことがある人なら、スピードメーターから聞こえる「キンコン、キンコン」という音を覚えているかもしれません。
この音は正式には「速度警告音(速度警報装置)」と呼ばれ、安全運転を促すために装着されていました。

1975年から1986年までは装着が義務化されており、普通自動車で時速100km/h以上、軽自動車で時速80km/h以上で音が鳴るよう設定されていました。
高速道路の最高速度と同じ基準で設定されており、スピードの出し過ぎを防止し、当時は現在よりも交通事故による死亡者数が多かったことから、その減少を図るための装備でした。
高速走行中にキンコンチャイムが鳴ると「スピードの出し過ぎだ」と気づかせてくれたり、同乗者が「スピード出し過ぎですよ」と注意したりと、車内でのコミュニケーションにも一役買っていました。
今では聞くことのできないこの音色は、当時のドライブの思い出とともに、多くの人の記憶に残っているでしょう。
●雪道最強の「スパイクタイヤ」
現在は「スタッドレスタイヤ」が普及し、「スパイクタイヤ」は見かけることがなくなりましたが、その名のとおり、タイヤのトレッド面(路面と接する部分)に金属製のピン(スパイク)が埋め込まれた冬用タイヤです。
1970年代から1980年代にかけて、スパイクタイヤは積雪の多い地方では冬のドライブの必需品として大活躍していました。
当時はほとんどの車がFR(後輪駆動)方式だったにもかかわらず、スパイクタイヤを装着したクルマは凍結した坂道もグイグイと登ることができ、雪国の人々の足を支えていました。
しかし、この万能とも思われたスパイクタイヤには大きな問題がありました。雪のない舗装路では金属のピンがアスファルトを削り、それが粉じんとして舞い上がるのです。
特に宮城県仙台市では「仙台砂漠」と呼ばれるほど街中に粉塵が広がり、大気汚染や健康被害の原因となっていました。
こういった理由から、1990年に「スパイクタイヤ粉じんの発生の防止に関する法律」が制定され、1991年からは原則として一般車両への使用を禁止。その後、ピンのないスタッドレスタイヤへと移行し、同時に乗用車でも4WD車を設定する車種が増加していきました
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クルマの装備は時代とともに進化し続けており、現代は自動運転技術やコネクテッド機能など、かつては想像もできなかった装備が次々と実用化されています。
しかし、今回紹介した懐かしい装備には、現代のクルマにはない独特の魅力があり、自動車の進化の過程を物語る貴重な歴史の一部です。
技術の進歩により姿を消していった装備もありますが、昭和から平成初期の懐かしい装備たちが育んだ文化や思い出は、これからも語り継がれていくことでしょう。
