函館に大繫盛した伝説の塩ラーメン店があった 復活するも今は“幻”となったその味は 「ラー博」伝説(21)

全国のラーメンの名店が出店する「新横浜ラーメン博物館」(ラー博)は、年間80万人以上もの客が訪れる“ラーメンの聖地”です。横浜市の新横浜駅前にオープン後、2024年3月に30年の節目を迎えましたが、これまでに招致したラーメン店は50店以上、延べ入館者数は3000万人を超えます。岩岡洋志館長が、それら名店の「ラーメンと人が織りなす物語」を紡ぎました。それが、新刊『ラー博30年 新横浜ラーメン博物館 あの伝説のラーメン店53』(講談社ビーシー/講談社)です。収録の中から、 かつて北海道・函館にあった伝説の塩ラーメン店「マメさん」を紹介します。


かつて函館で大繁盛していた店を復活させる
函館の塩ラーメンとして知られた「マメさん」。新横浜ラーメン博物館には、「新横浜着 全国ラーメン紀行」企画の第8弾として、2000年6月から期間限定で出店していただきました。
当時、ラーメン業界は“ご当地ラーメン”ブームでした。“北海道三大ご当地”として、ラー博ではすでに札幌と旭川を紹介していたこともあり、次は函館の塩ラーメンも紹介したいと思い、1999年から本格的な調査に乗り出しました。そんななかで、かつて函館で大繁盛していたという伝説のラーメン店「マメさん」の存在を知りました。
【「マメさん」過去のラー博出店期間】
・ラー博初出店:2000年6月6日〜2001年2月25日
・「あの銘店をもう一度」出店:2023年4月4日〜2023年4月24日

屋台の味を再現したい
「マメさん」の歴史は、かつて函館にあった「龍鳳」という屋台のラーメンにさかのぼります。「マメさん」の創業者である岡田芳也さん(故人)が高校生の頃、たまたま立ち寄った屋台のラーメンの味に感動し、通い続けていました。それが「龍鳳」でした。
しかし大学生となり、いったん函館を離れた岡田さんが函館に戻ってくると、あの「龍鳳」はありません。「龍鳳」の店主は交通事故にあい入院していたのです。
当時の岡田さんは家業の製麺所「岡田製麺」を手伝っていました。ご縁を感じ、店主のもとへ幾度となく通い、身の回りの世話をするようになります。それから数年たったある日、屋台「龍鳳」の店主が、岡田さんの製麺会社を訪れたのです。
岡田さんは「龍鳳」の店主に、「あの龍鳳の塩ラーメンをもう一度食べたい……」と懇願し、作り方を教わることになったのです。

1968年、岡田さんは函館駅前のビルに「マメさん」をオープンします。店名の「マメさん」は、当時の岡田さんの愛称でした。わずか11席のお店でしたが、1日に塩ラーメンを400杯売るという大繁盛店になりました。ですが、家業の製麺所に専念するため、岡田さんは3年後に会社に戻ることになります。後継者もなく、「マメさん」は1985年に閉店となりました。
伝説の塩ラーメン「マメさん」復活への道のり
私たちが函館の塩ラーメンを調査している頃、「昔大繁盛していた幻の塩ラーメンがある」という情報を聞きつけ、聞き込みを続けると、そのお店をやっていたのが、函館の老舗製麺会社「岡田製麺」の代表取締役であった岡田芳也さんだということがわかりました。
さっそく岡田さんを訪ねることとなりました。「マメさん」復活の話を切り出すも、「私は今、会社を守る責任があります。お店をやめてもう15年もたちますし、私がラーメン店に戻ることは到底できないです」と、断られました。しかし私たちはあきらめませんでした。
誘致交渉と同時に函館のラーメンの歴史を調査するなかで、明治時代の函館にあった“南京そば”の店「養和軒」の記事を私たちが見つけました。もともと函館は横浜や長崎同様に開港した都市であるため、ラーメンのルーツとなる中国の麺料理の発見は、多くのメディアから注目を浴びました。この歴史的発見は、函館ラーメンのルーツともいえるものでした。

私たちは再度岡田さんのもとを訪ね、伝統ある函館ラーメンの歴史をくむ「マメさん」の味を復活させましょう、と交渉を重ねました。結果はNOでしたが。
そんなある日、岡田さんから連絡をいただきました。なんと岡田さんは会社には内緒で、昔の「マメさん」の味を再現していたのです。岡田さんいわく、「実は私が一番マメさんの復活を望んでいました。しかし私も経営者ですので、簡単にやりますとは言えませんでした」とのことでした。
こうして15年の月日を経て「マメさん」が復活することとなりました。

ラー博で創業者が説明した函館ラーメンへの思い
2000年6月、新横浜ラーメン博物館で復活した「マメさん」の味は、もともとの「マメさん」の味をベースに、新たな郷土のエッセンスを加えた“温故知新ラーメン”でした。そこから「新・函館ラーメン マメさん」という屋号での出店になりました。
この出店に合わせ、これまで調べ上げた函館のラーメン史、「マメさん」の復活劇から、函館の魅力を詰め込んだ冊子も用意されました。岡田さんは、社長業があるにもかかわらず、オープンから1週間、来館されるお客さまひとりずつに、その冊子をもとに丁寧に説明をされていたのが印象的でした。
若き日の岡田さんが惚れこんだ、背脂の浮くインパクトの強い塩ラーメンを現代風にアレンジして再現しました。タレは昆布やホタテ、カニなど、魚介の旨みを凝縮。スープには丸鶏などの厳選食材を使用。弱火で長時間煮出し濁らせないスープはさっぱりしていながらコクも十分。「マメさん」ゆかりの“焦がし背脂”がアクセントとなっておりました。

また、「新・函館ラーメン」のポイントとなっていたのが海藻の「フノリ」でした。ミネラルを豊富に含み、健康食品としても注目されています。これをスープに使うことで、“塩のカド”を取り、味わいを丸くします麺にはうどん用の中力粉などもブレンド。手間を惜しまず包丁切りにし、柔らかく滑らかな食感を実現。麺にも「フノリ」が練り込まれており、函館ならではの潮の香りを表現しております。
具材はシンプルにチャーシュー、メンマ、ネギ、そして函館ラーメンによく使われるお麩でした。

祖業の事業停止により「マメさん」の歴史も終了
「新・函館ラーメン マメさん」は、2001年2月25日にラー博での出店を終え、その年の4月、地元函館に新店をオープン。地元からの期待も高く、たちまち行列店となりました。残念なことに、岡田さんは2017年に逝去され、その後は、ご子息がいったんは継いだのですが、2023年9月、製麺会社の突然の事業停止により、「マメさん」の歴史も途絶えてしまいます。
新横浜ラーメン博物館30周年企画「あの銘店をもう一度」では、2023年4月4日から3週間の出店。大好評でしたが、事業停止とともに、函館のお店は存続ができなくなりました。ひとときとはいえ、ラー博で「マメさん」の味がお披露目できたことには、岡田さんも天国で喜んでいたのではないかと思います。

『ラー博30年 新横浜ラーメン博物館 あの伝説のラーメン店53』2025年2月20日発売

『新横浜ラーメン博物館』の情報
住所:横浜市港北区新横浜2−14−21
交通:JR東海道新幹線・JR横浜線の新横浜駅から徒歩5分、横浜市営地下鉄の新横浜駅8番出口から徒歩1分
営業時間:平日11時〜21時、土日祝10時半〜21時
休館日:年末年始(12月31日、1月1日)
入場料:当日入場券大人450円、小・中・高校生・シニア(65歳以上)100円、小学生未満は無料
※障害者手帳をお持ちの方と、同数の付き添いの方は無料
入場フリーパス「6ヶ月パス」500円、「年間パス」800円
新横浜ラーメン博物館:https://www.raumen.co.jp/


