論理やメンタルが強いからではない…ひろゆきが次々と相手を論破するために使っている"あるスキル"

■「人の話を聞くことは大切だ」という幼い頃からの“呪い”
私たちは、「人の話を聞くことは大切だ」と、子供の頃から教わってきました。進学や進級の際に親から言われるのは決まって、「先生の話をよく聞くのよ」ということです。
さらに、高校や大学受験の国語や英語の読解問題では、問題文を正しく読み取ることが求められます。子供の頃からの教育もあり、言葉を正確に受け取らなければならないということは私たちに染み付いています。
そうした“教え”からすればスルースキルというのは逆張りの、極端な方法でしかないように見えます。あるいは、ひろゆきさんのようなメンタルが強い人や特別なポジションにいる方のみができる芸当のように思えます。
■真面目に話を聞いているのになぜ怒られてしまうのか
もし、「人の話を聞くことは大切だ」「言葉を正確に受け取らなければならない」という“教え”が正しいのであれば、それをしっかりと実行していけば成果が得られるはずです。
しかし、なかなかそのようにはなりません。
特に職場などで、上司や顧客の話を真面目に聞いて振り回されて困った、という経験はないでしょうか? それどころか真面目に聞いているにもかかわらず「私の話をちゃんと聞いていない」と、怒られたりするケースもあるでしょう。
適当に聞いているだけの先輩が評価されたりする。なんで? と戸惑うしかありません。
さらに一生懸命に話を聞こうとすると「自分の頭で考えろ」と怒られる始末。“教え”どおりに人の話を正確に聞き取っていれば評価されるはずですが、そうはならないのです。
■「8割はやらなくてもよい」
2020年8月3日の日本経済新聞で、ある大手電機メーカーの社長がこう発言していました。
「『仕事のうえで無数にくる要望や指示の8割はやらなくてもよい』と割り切り、着実に早く仕事をすることを心がけてきた」
「8割」というのは驚くような割合です。
そんなにスルーしたら上司や顧客に怒られるし、そんなことはありえない、と思うかもしれません。しかし、その方は現に大企業の社長になり、成果も上げられています。

■企業にとって不可欠な「やり過ごし」という機能
本当にスルーしても社長になれるのか? という疑問に答えてくれるものとして、東京大学の高橋伸夫教授が書いた『できる社員は「やり過ごす」』(日経ビジネス人文庫)という本があります。
高橋教授はある時、企業には「やり過ごし」というものが存在することに気づき、実際に三十数社から数千人のデータを集めてみたそうです。
すると、63.1%の人が「やり過ごし」があると答えたそうです。さらに、企業によってはその比率が9割にも及ぶことがわかったというのです。
高橋教授によれば、「やり過ごし」が会社にとって不可欠な機能とのことでした。指示、命令に含まれる問題のやり過ごしによってフィルターすることによって組織が機能不全に陥ることを防ぎ、さらに結果として自分の頭で考えることで社員も育つと分析しています。
■まったく「やり過ごし」をしないと、どうなるか
このような研究を見ても、まだ私たちは「そうはいってもスルーするのは難しいし、まずいんじゃないの?」と思ってしまいます。
高橋教授も当初は「そんなことはあり得ない」「やり過ごしなどあってはならない」と反発やお叱りを受けたりしたそうです。
もしそのお叱り通りであれば、スルーなどありえないですし、スルーしないほうがうまくいくことになります。
実際にスルーせず、言葉通りに実行する人たちがいると仮定してみましょう。
例えば、上司が怒って「家に帰れ!」と言ったら、本当に帰ってしまう。社交辞令で「今度飲みに行きましょう」と言われたら、後日電話をかけて「いつにしましょうか?」と相手に確認する、等々。
ここまで意図が読めないのはかなり極端な仮定ですが、まさに指示をスルーせずに、そのままきっちり「言葉」を受け取っていることがわかります。
「いいから俺の言う通りにしろ!」という上司にとっては、仮定に挙げたような人たちほど期待通りの部下はいないはずです。しかし、実際には職場などで問題になってしまいます。なぜでしょうか? スルーしないほうがよいならうまくいくはずです。
■大事なのは言葉そのものではなく文脈
スルーしないためにうまくいかない理由、それは「文脈」が無視されているということです。問題の場面では文脈がくまれず、ただ字義通りに受け取られて言葉が機能不全に陥ってしまっています。
通常、怒られて「家に帰れ!」と言われても帰ることはありません。「家に帰れ!」と言われて帰らない人は、上司の言葉を“スルー”しています。しかし、スルーすることで言葉は機能しています。
スルーするとは、文脈を踏まえることで言葉にフィルターをかけ、自分の価値を付加し、コミュニケーションや仕事を機能させることであることが、こうした仮定を見ることでよくわかります。

■話を聞いているのに「聞いていない」と言われる理由
文脈を踏まえるとは、「自分の文脈」で言葉や仕事に接するということです。
人間は成長する中で、「他人の文脈」「場の文脈」などを取捨選択しながら「自分の文脈」に統合していきます。
守破離という言葉があるように、仕事でも新人から中堅、ベテランと習熟していくのは、「自分の文脈」が育まれていくということにほかなりません。
特に、仕事が複雑になってくるほどに「文脈」の重みは増します。
真面目な人ほど「人の言葉をそのまま正確に受け取ることが大切」ということばかりに気を取られて、「文脈」を捉えることができなくなってしまっているのです。
先に見た、人の話を聞いているのに「聞いていない」と怒られてしまうのは、こうした事が原因であると考えられます。
その結果、萎縮して、「文脈」ではなく、相手の「機嫌」をうかがうようになり、「字義通り」と「機嫌」とを行ったり来たりするようになり、いつまでたっても「文脈」にたどり着けない悪循環に陥ってしまうことも珍しくありません。
■ひろゆきの言葉が強い根本的な理由
「自分の文脈」を持つことは社会からも歓迎されます。
ここまで解説してきましたように、スルーするとは自分の文脈によって言葉にフィルターと自分の価値を付加することです。そうして初めて言葉が機能する、言葉に命が宿るのです。
ひろゆきさんというと「論破」で有名ですが、相手に振り回されず言葉をスルーできるのは、決して論理やメンタルの力によるものだけではありません。
実は背景として「自分の文脈」をしっかりと持っている、ということがあります。そのことが単に論破することだけにとどまらない影響力をひろゆきさんの存在に与えています。
「自分の文脈」を持つことで、論理の合わないものはフィルターがかかり、自分の視点が付加されることになる。これは、社会から見た言葉やコミュニケーションの機能に適合的なのです。
ひろゆきさんの言葉が強い力を有する理由の一つは、そのためだと考えられます。
反対に、言葉を真面目に受け取ってただ渡すだけでは、文字通り“単純再生産”ということになり、なんの価値もそこに生まれません。ただ、権威や俗論を“拡大再生産”したような言葉も同様です。影響力など持ち得るはずもありません。
■スルースキルを実践し「自分の文脈」を育む
私たち凡人が、ひろゆきさんとまったく同じようになることは難しいですが、スルースキルを身につけることは誰にでもできます。

この記事では紙幅に限りがありますが、要点を言えば、「自分の文脈」を意識しながら、フィルターを通らない言葉は流して受け取らない。
そうして自分の文脈から他者とコミュニケーションを取っていくのです。そのほうが断然うまくいきますし、先に挙げました8割スルーする社長の例のように仕事でも評価されるようになります。
スルースキルを実践し、「自分の文脈」を育んでいくと、徐々に他人の言葉に振り回されなくなり、自分の言葉が力を持ち、仕事やコミュニケーションの質が変わることを実感するようになります。
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みきいちたろう心理カウンセラー、公認心理師
大阪生まれ。大阪大学文学部卒、大阪大学大学院文学研究科修士課程修了。在学時よりカウンセリングに携わる。大学院修了後、大手電機メーカー、応用社会心理学研究所、大阪心理教育センターを経て、ブリーフセラピーカウンセリング・センター(B.C.C.)を設立。トラウマ、愛着障害などのケアを専門にカウンセリングを提供している。著書に『プロカウンセラーが教える他人の言葉をスルーする技術』(フォレスト出版)がある。
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(心理カウンセラー、公認心理師 みきいちたろう)
