【風来堂】「クマの腸を素手でつかんで引っ張った」顎に嚙みつかれ、目を引っかかれ…69歳猟師が語ったヒグマとの死闘

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北海道紋別郡滝上町は2025(令和7)年3月末時点で、人口2182人。オホーツク紋別空港から車で約50km、旭川空港からは約100kmの距離に位置する。

地形は三方を山に囲まれた盆地で、オホーツク海に注ぐ渚滑川の支流・オシラネップ川、サクルー川などの清流は、釣りスポットとしても知られる。昼夜や四季の寒暖差が激しい特有の気象条件は、農作物にとっては好条件で、馬鈴薯(ジャガイモ)の他に小麦やテンサイ、シソ、ハッカなどを作る畑作農家が多い。しかし、作付面積としてもっとも広いのは、酪農家を支える牧草地とウシの飼料用デントコーン畑だ。

酪農業を営む、1953(昭和29)年生まれの猟師・山田文夫さん(当時69歳)は、滝上町中心部から少し離れた通称・第4区という地域で、父親から「山田牧場」を継いだ。その頃から、山田さんの家の前に広がるデントコーン畑を狙い、人里にヒグマが姿を現すようになっていた。

※本稿は、『ドキュメント クマから逃げのびた人々』(三才ブックス)の一部を抜粋・編集したものです。

牧場内に出没しはじめたヒグマ

山田さんがヒグマに襲われたのは、2022(令和4)年7月。ヒグマを初めて撃ったのが40代前半だったので、それから二十数年が経っていた。遡って、初めてヒグマを撃ったときから振り返ってみる。

牧場内のはずれにあった畑で、母親が作業をしている50〜60m先にヒグマが現れた。体重70〜80kgくらいの大きくはない個体だった。「一発で仕留めないとおふくろが襲われるかも」と、ものすごい緊張で脂汗が出た。幸い一発で、ヒグマはバタリと倒れた。

以来、約100頭のヒグマを駆除してきたが、その半分近くは箱罠による捕獲と駆除だ。罠猟免許も取得した山田さんは、箱罠の名人でもあった。

「箱罠は置けばいいってもんじゃない。クマっていうのは本当に賢くてね。知恵くらべさ。シカ肉で仕掛けても食いつかなくてね。ハチミツで試してみたけれど、ハチに食べられたり、雨で流れたりして何回も補給しなくちゃいけないの。

それで紋別の魚屋まで行って、投げる(捨てる)ようなシャケのアラをもらってきて仕掛けてみたら、一週間も経たずに300kgのクマがかかったね」

以来、もっぱらシャケのアラを使うようになり、面白いようにクマが獲れたという。箱罠は、なるべく鉄の部分が見えないように草を敷き詰めたり、茎がしっかりした草を入口に立てかけてカモフラージュするなど、細かな工夫も欠かさなかった。

命がけの活動の報酬金は…

山田さんが有害鳥獣駆除の活動を本格的に取り組むようになったのは、家業を息子に引き継ぐことが決まった頃から。62〜63歳まではいっしょに酪農をやっていたが、息子が一人立ちしてくれたのを機に、銃を持って歩く時間が増えた。

駆除で獲ったクマは処分場で処理する決まりになっているので、自身ではクマ肉を食べたことはない。一方、爪や内臓につく脂だけは処分する前に譲ってもらっている。秋口に獲ったクマは、内臓のまわりにたっぷりと網状の「網脂」がついていて、これがとくに良質なもの。鍋で煮て、浮いてきて固まった脂分を水で洗って瓶に入れて保存している。ケガや火傷によく効き、保湿クリームにもなる。自身がクマに襲われた傷も、クマの網脂を傷に塗って治したという。

猟友会に所属し、狩猟指導員として後進の指導にも当たっている山田さん。有害鳥獣駆除の活動では報酬金が出るが、ヒグマは一頭につき2万円。しかし、必ず二人以上でクマを撃ちにいかなければならないので、実質は一人1万円の報酬金となり、滝上町でもそれが問題となっている。(※2025年4月から5万円)

弾一発も安くはない金額がかかり、時間もとられる。何より、命がけの活動であることに対しての報酬が少なすぎるとして、滝上町でも見直し・検討は進められている。

連日出没するヒグマ2頭の駆除へ

北海道の夏は湿度が低く、暑い日があっても総じて爽やかで過ごしやすい。山田さんがヒグマに襲われた7月。盆地の滝上町もそれなりに気温は上がるが、天候は曇りで暑くはなかった。そして、一年の中でも昼間がもっとも長い時期だった。

その頃山田さんは、夏季に牧草を刈り取るアルバイトをするくらいで、酪農の仕事はほとんど行っておらず、要請があれば駆除活動を行っていた。

その日の夕方、牧草を刈る作業がちょうど休みだったので、トラックに乗って見回りに出た。いつも走る道で仲間のトラックに会い、すれ違いざまに「またあそこにクマ出とるわ」

「なら、やっつけなきゃいかんな」と会話を交わした。午後5時30分ごろに役場に連絡が入り、80代の猟師Sさんと待ち合わせをして2人で駆除を行うことになった。Sさんのシカ撃ちの腕は山田さんも認める実力だったが、クマ撃ちは経験が浅かった。

二頭のヒグマが居座っていた現場は、山田さん宅から2kmほど離れた場所の開けた牧草地。その現場へ向かう途中、渚滑川から分かれる"熊出沢川”という名の川を渡る。その名の通り、この川沿いは昔からクマの通り道だったという。サラサラと流れる沢沿いに、芽吹いたばかりのフキノトウが連なっていた。北海道の原風景が異様に美しい。

左手に滝西神社、右手に廃校になった滝西小学校を過ぎると、その道は一気に開ける。左手はまだ何も育っていないデントコーン畑で、道を挟んで右手が現場となった、真っ平の牧草地が広がる。その土地は細長い半楕円の形で、曲線の淵は落ちて崖になっており、崖下は深いササ藪と林だった。

その牧草地に、6月半ばごろから毎日のように二頭のヒグマが出没していた。そこへと降りていく短い坂から、50〜60m先の車返しのスペースに二台のトラックを停め、ここで30代の猟師Sさんと合流した。

襲われる遠因となった二つの誤算

山田さんとSさんの二人は銃を持ち、現場に向かう。道路上では発砲できないため、高くなった道から下のくぼ地へと降り、身をかがめクマに気づかれないよう身を隠した。そこから草を食べている二頭を狙う。距離は約60m。地形は知り尽くしていた。

山田さんは牧草地の内側にいる一頭を、Sさんは牧草地の淵にいる一頭に向かって同時に発砲。しかしSさんの弾は外れ、驚いたクマは崖下へと逃げていった。山田さんの弾は狙ったクマの横腹に当たった。クマは一度倒れたが起き上がり、牧草地の淵まで歩いていった。そして、淵ぎりぎりの場所に座り込んだ。

「逃げたクマよりは、目の前のほうをやっつけるのが先。その座り込んでいるほうを二人で同時に撃ったら、その反動で崖の下に転がって落ちたんだわ。これがまず、一つ目の誤算さ」

崖の高さは6〜7mほど。二人はお互い二発ずつ撃ったあと、急いでクマが落ちた地点へと走り、上から下を覗いた。

山田さんは地面についた血のり、転がっていった跡のササに血がついていたことから「クマは死んでから転がっていった」と思った。しかし一部分のササ藪がガサガサと動く。「なんだよオイ。動いてるわ!」と、山田さんは動くササ藪から目を離さないようにしながらSさんを崖の上にとどまらせ、崖の中腹まで下りて足場を固めた。

「姿が見えたら撃ってやろうと思ってさ。そうしたら、動いていたササが動かなくなってね。あれ?  と思ったら、先に逃げていた一頭がどこからか走ってきて、木につつつーって登ったのよ。上にいるSくんが撃ったら、今度はそのクマは滑るようにして木から落ちてきたから、弾当たったかな? と思っているうちに、さっきまでピンポイントで凝視していたクマの居場所を見失っちゃって。これが二つ目の誤算」

顎に嚙みつかれ、目を引っかかれる

しばらく見当をつけてササ藪を見つめるものの、動きはない。「少なくても二発は当たっているし、今度こそ死んでいるな」と思った山田さんは、クマの死骸を確認するため、さらに崖を下りていった。

「確かこのへんだったよなぁ」とササ藪を進む。上にいるSさんの「山田さん!  動いているわ!」という叫び声が聞こえたか聞こえないうちに、突然、ササ藪の中から半矢(手負い)のクマが正面から襲いかかってきた。

その瞬間、山田さんは仰向けに倒され、持っていた銃はどこかに飛ばされてしまった。クマと目は合っていない。気づいたら鼻先が顔の目の前にあり、クマの開いた口や牙が見えたかと思うと、顎に食いつかれた。実際にはその前に頭を爪で引っかかれ、その傷はかなりの深さだった。

「どう嚙まれたかなんて、順番は分からん。ただクマとくっついて格闘して引っ張り回されたな。顎にがっつり嚙みつかれてたから、下の入れ歯は割れて、口は裂けたしね。目のところも引っかかれてさ。クマの爪痕がまぶたの上と下に残っているんだけど、眼球をえぐられなくて良かったよ。腕や腹も嚙まれながら、足で蹴ったり手で殴ったりと抵抗したな」

自身が命がけの格闘を続ける中、Sさんには「来るなよ! 来るなよ!」と叫んでいた。「しつこい! しつこい! いつになったら離れるんだ!」という思いが繰り返し脳裏をよぎった。クマは体重70〜80kgくらいで、そんなに大型ではなかったという。Sさんが「うわーっ!」と大声を出すと、ふっと自分の身体からクマが離れて隙間ができる瞬間があった。

「これはと思って、空砲を撃ってもらえばもっと離れるんじゃないかと思ってさ『Sくん! 撃ってくれ!』って叫んだのさ。そうしたら『山田さん、弾ないんだわ!  取ってくるわ!』って言って、車まで弾を取りに行っちゃったのさ。あれは参ったな(笑)」

渾身の右パンチがクマの口に…

やむなく再び一人でクマと闘っているうちに、偶然にも繰り出した右拳が口の中に入った。さすがにひるんだのか、鼻先にあったクマの顔が離れ、一気に視界が広がった。クマの顔の他に腹や脚までが見えた。

「最初に一発、弾が当たった横腹から、腸が飛び出ているのが目に入ったんだよね。思わず左手をのばしたらうまいこと届いて、その腸をグッと掴んで思いっきり引っ張ったらベロベローッと出てきてね。そこで初めてクマはあきらめて、腸を引きずりながら離れていった。手も腕も嚙まれていたけど、興奮状態だったから痛みは分からなかったね」

弾を取って崖の上に戻ってきていたSさんが、慌てて下りてきた。そのとき、「山田さん、手に何持っているのさ?」って言うので目をやると、クマの腸を50cmくらい左手に握りしめていた。とにかく血だらけだったが、起き上がってライフルだけは自分で探して右手で持って、左手で腸を持って上へあがって行った。下半身はやられていなかったから、歩くことはできた。

知らぬ間に、猟師仲間が何人も集まっていた。

「『大丈夫かっ』という声に『大丈夫じゃない、やられた!』ってしゃべったことは覚えているんだけど、あとは記憶ないね。腸はその場で投げた(捨てた)よ(笑)」

クマの口に入った右手には今も歯痕が残っており、親指は神経が損傷してしまい曲がらなくなっている。

クマとの格闘は5分以上続いたとみられるが、69歳とはいえ、やはり元ラガーマンだった山田さんだったからこそ、これだけの死闘を繰り広げることができたのだろう。恐怖心はなかったのだろうか。

「不思議と怖くはなかったね。振り回されたときは一瞬、『死ぬかな? ダメかな?』とは思ったかな。クマがどういうふうに俺を食べるのか見届けなきゃな、という冷静な自分もいたね。首に嚙みつかれていたら、たぶんダメだったと思うね」

町立病院に救急搬送されたのが午後6時30分過ぎ。ストレッチャーに乗ったまま、そこの病院では、医師がひと目見て「これはどうにもならん」と言われ、そのまま50km先の紋別の病院へと運ばれた。

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