テレビ界を賑わせたアグネス論争から40年、女性の働き方は変わったのでしょうか? 

4月28日の「大竹まことゴールデンラジオ(文化放送)」では、アグネス・チャンとの共著「報われない社会で、それでも生きる」の著者で社会学者の上野千鶴子がこの問題について語った。 

大竹「アグネス論争からもう40年になりますかね」 

上野「そうなんですよ。1987年から88年にかけて2年間続いた論争で、私はその時、30代でしたが、覚えておられます?大竹さんは私とほぼ同世代だから30代ですよね。小島慶子さんは10代ですよね」 

小島「私は15~16歳でしたから、自分の母親や姉のように大学を出たら、ちょっと働いて結婚して専業主婦になるのが女性の幸せで、私にはそれ以外に生き方はないと思っていたので、自分が働く女性になるとは思っていませんでした。ですので当時は完全に他人事として、なんか大人が騒いでるなと思って見ていました」 

上野「論争があることはご存知だったんですね」 

小島「あの時、テレビでずいぶんやっていた気がしますね」 

上野「大竹さんは覚えておられます?」 

大竹「はい、覚えています。ただ私は37歳ぐらいだったと思うんですけど、あの頃、私はテレビ界のヒール役の真っ只中におりまして、こういう論争があることは知っていましたが、社会性みたいなものが私の仕事と結びついてなかったんです。だから、そういうことがあるのかと思って見ていましたけど、発言したりすることはなかったですね」 

上野「聴取者の方のためにアグネス論争ってなんだったのか説明したほうがいいですね。アグネス・チャンさんが職場に生後3か月のお子さんを連れていった。当時、これが大騒ぎになったんですね。最初は芸能界のご意見番、淡谷のり子さんが『芸能人は職場に私生活を持ち込むものではない』と美意識で批判なさりました。その後、林真理子さんと中野翠さんが乗っかって『いい加減にしてアグネス』というふうにおっしゃったわけです。そこに私が頼まれてもいないのに介入して朝日新聞に投稿しました。それは『働く母を失ったもの』という投稿だったんですが、これで一気に国民的論争になったんです」