大阪の街で当たり前になった赤色の電動シェアサイクル「HUBchari(ハブチャリ)」。実はこれ、路上生活者の脱出を支える巨大な仕組みだとご存じでしたか?19歳でホームレス支援のために認定NPO法人Homedoor(ホームドア)を立ち上げた川口加奈さんは、20歳で「ノキサキ貢献」を掲げ同事業の営業に300社を回るも、実績ゼロで全滅。心が折れかけた彼女を救ったのは、ホームレスの「おっちゃん」たちが持つ意外な特技でした。8年の下積み期間を経て、大阪のインフラへと進化した「三方よし」の奇跡の裏側に迫ります。

【写真】ホームレス問題とは思えない!オシャレさあふれるビジネスの看板ほか(7枚目/全13枚)

ホームレスのおっちゃんが得意なことで事業を

── ホームドアでは、ホームレスの人が路上から脱出するための支援策として、住まいや仕事など多種多様な選択肢を提供しています。シェアサイクルのHUBchariに関わる業務もその仕事のひとつ。なぜ自転車だったのでしょうか。

川口さん:ホームレスの人の「得意」を活かした仕事の提供を考えていました。「得意なことって何だろう?」と、おっちゃん(川口さんが口にするホームレスの人の愛称)たちに聞き取り調査していたら、「自転車修理くらいやったら、わしにもできるで」といった声が多数寄せられて。自転車で廃品回収したことがある方が過半数以上いて、みなさん自転車修理に慣れていたようなんです。

ただ、単純に自転車を修理・販売してもホームレス問題の解決にはならない。購入者の多くは支援が目的となり、おっちゃんたちは「ホームレス状態だから支援されている」という意識で働くことになるからです。そこで自転車に関連するビジネスに的を絞り、あれこれリサーチするなかで目にとまったのが、当時、欧米で大流行していたシェアサイクルでした。

シェアサイクルは街中に貸出・返却拠点となる場所(ポート)を設置し、そのポート間であれば自転車をどこで借りても返せるシステムです。この仕組みは違法駐輪などを解消するためのもので、シェアサイクルの利用で放置自転車を生み出さないことが期待できます。その利点が、駐輪場不足から放置自転車が多い大阪の状況と結びつきました。シェアサイクルを実施すればホームレス問題だけでなく、放置自転車問題も解決できる。そして、おっちゃんたちが運営に携わることで支援する側になれるんです。

自転車の移動・再配置などHUBchariで仕事を得る「おっちゃん」たち

── 実際、どのような仕事があるのですか。

川口さん:自転車の貸し出しやメンテナンス、受付業務、トラックによる拠点間の台数調整のための運搬、バッテリー交換や修理など、多様な業務を担ってもらえるのも魅力です。シェアサイクル事業を通じて、おっちゃんたち自身が放置自転車問題を解決する担い手になれば、より働きがいを感じられるのではないかと考えていました。

「300社回って全滅でした」実績ゼロで受けた洗礼

── 企業、利用者、社会の「三方よし」のビジネスモデルとして注目を集めました。大阪市内ですでにポートが約700拠点あります。

川口さん:ポートの設置場所を無償提供する企業にとっては社会貢献や集客効果が期待でき、シェアサイクルの利用者にとっては使い勝手がよく、社会にとってはホームレス問題と自転車問題の解決につながります。三方よしの関係を築けるアイデアや、何より2つの社会課題を同時に解決するという点で評価いただきました。

とはいえ、最初から順調だったわけではありません。ビルやホテル、カフェの軒先の余った土地をポートの設置場所として貸してもらうべく、軒先からできる社会貢献=「ノキサキ貢献」と名づけ、企業を回ってお願いすることにしたんです。

ところがいくら回っても、色よい返事はもらえませんでした。300社ほど回っても全滅。心が折れました(笑)。結局、信用がなかったんです。大学在学中に起業したので当時はまだ20歳の女子大生。「ホームレス問題を解決したい」「シェアサイクルの拠点をつくりたい」と熱弁しても、実績もないから「本当にできるの?」と、怪しまれて終わるわけです。

そこで実証実験をすることに切り替え、4か所のビルの軒先からスタートしました。この実験で好感触をつかみ、HUBchariの営業を地道に継続。少しずつ認知されていき、自治体や企業の支援を得られるにようになって軌道に乗ったという感じです。それでも、花開くまでは8年くらいかかったと思います。

3時間前には集合「やる気に満ちていた」

── 一方、HUBchariを機能させるにはホームレスの人たちに働いてもらわなければなりません。現場のマネジメントに苦労されたのではないでしょうか。

川口さん:いえ、Homedoorに来るおっちゃんたちは、働きたくてうずうずしている人ばかり。仕事を真面目にやってくれるので、マネジメントの苦労はそれほどなかったです。むしろやる気に満ち溢れすぎて、集合時間の2、3時間前から現場をうろつき不審者扱いされるなどのトラブルはありましたが(笑)。

HUBchariでは、たとえばバッテリー交換をすると1本200円ほどの工賃がもらえます。10本で2000円。こうした仕事を通じて「路上からでも働けるんや」と感じ、労働の感覚を取り戻してほしいんです。実際、あるおっちゃんはその感覚に目覚め、自分の自動車免許を再発行し、トラック運転手として雇用されました。HUBchariの仕事をきっかけに蓄えや自信を得て、一般の就労にステップアップしていく人は何人もいますよ。

夜回り活動でホームレスの人たちに声がけ。支援を呼びかける

── 長い時間を要したとはいえ、HUBchariが世の中に受け入れられて、成功できた一番の理由は何だと思いますか。

川口さん:HUBchariの収入は全部、路上脱出のサポートに使っています。だからといって、ホームレス問題を解決しようと思ってHUBchariを利用する人はほとんどいないはずです。利便性が高いから使うわけで、それがいつのまにかホームレス問題の解決につながるというビジネスの形を築けたのが良かったのでしょう。この場を借りて恐縮ですが、大阪市民の方はもちろん、大阪に来られる際はぜひHUBchariをご利用ください。

取材・文:百瀬康司 写真:Homedoor