岸井ゆきの、『お別れホスピタル』で得た“演技”への原点回帰 “生と死”を見つめた先に
沖田×華の人気コミックを原作に、現代医療のセーフティーネットである療養病棟を舞台にしたドラマ『お別れホスピタル』。その続編となる『お別れホスピタル2』が、4月4日、4月11日の2週にわたって放送されている。死の一番そばにある病棟で、患者やその家族と共に“その人らしく最後まで生き切る”ための日々を描く本作。主人公の看護師・辺見歩を演じるのは、前作に引き続き岸井ゆきの。再び辺見を演じる中で感じた「生と死」に対するまなざしの変化や、過酷なテーマを扱いながらも穏やかな現場の空気感、そして本作が彼女自身のフィルモグラフィーにおいてどのような位置づけになったのか、たっぷりと語ってもらった。
参考:『お別れホスピタル2』が問う“生き続ける”意味 答えのない問いを考えるための45分間に
●「生きていた」ことが描かれているのが『お別れホスピタル』
ーー続編の制作が発表された際のコメントを見て、岸井さんにとっても特別な作品なのかなと感じたのですが、決まったときの気持ちから聞かせていただけますか?
岸井ゆきの(以下、岸井):嬉しかったです。「また本当にできるんだ」と。「やりたいね」と言っても、本当に実現することはなかなか少ないので。でも、シーズン1を終えたときも、「これはきっとできるな」という、ちょっとした自信のようなものはありました。それに、まだ伝えきれていない感覚もありましたし、辺見として生きる時間がもう少し欲しかったので、本当に嬉しい出来事でした。
ーー前作から今回の撮影までの間、岸井さんもさまざまな作品に出演されてきました。他の現場を経てまた戻ってきて、前作のときとは違う感覚などはありましたか?
岸井:はい。前作では、自分が辺見の仕事を考えたとき、「療養病棟に来る人にとって、最後の新しい出会いが自分であり、出会った看護師や先生である。だから、その最後の出会いがいいものであるように」ということを道標にして演じていたんです。ですが今回、患者さんたちの表現と向き合う中で、「そうやっていい意味を付けようとしているのは、生きている、健康な私の考えなんだな」と思う瞬間がありました。自分が誰かの人生に関わっているということを、少し過信していたというか。もちろん、目の前で起きたことに対してケアをするのは辺見の仕事なんですが、患者さんが振り返る人生の中に、きっと彼女はいないんですよね。今回は辺見の仕事として、そのことを少し考えました。だからこそサポートをするのだという気持ちにはなったのですが、少し寂しさを覚えた瞬間でもありました。患者さんと過去の痛みを共有して、目を見て話しているのに、なぜか後ろ姿を見ているような感覚がすごく強くて。そのときにすごく切なくなりました。それは前作では感じたことのない感覚だったので、そこが一番の違いですね。
ーー死を目前にした患者さんたちと向き合う中で、具体的にどのような場面でそれを感じたのでしょうか?
岸井:死のうとしているときに、前を向いている、あるいは未来を見据えている人間はいるのか、ということです。安斎さん(伊東四朗)のように部分的な認知症がある患者さんも、昔の自分が県議だったときの演説をしたりして、やはりみんな過去の話をするんです。そう思ったときに、「今まで生きてきた中で、私がバイタルや血圧を測るという日常的な作業を見つめている人はいましたか? 今生きていることを感じていた人はいましたか?」と思ったんです。逆に、YOUさんが演じている末期がんの桜田さんのように、「あー、私、目が覚めて絶望する。まだ生きてる」と言うのも、見方を変えれば、今を強烈に感じているってことなんですよね。その後ろ姿を見つめながら、いろんなことを考えました。
ーー過酷な療養病棟が舞台であり、岸井さんは物語の真ん中でいろんな患者さんを受け止めなくてはいけない立場です。役者としてもかなりしんどい、大きい役柄だと思いますが、その点はいかがですか?
岸井:今回は特に順撮りではなく、スタジオでの撮影とロケ撮影が分かれていたので、2日に1度は誰かが亡くなっていくシーンの撮影がありました。各々に物語があって亡くなっていくので、やはりしんどさはありました。でも、少し希望があるというか……この言い方は語弊があるかもしれませんが、ちゃんと「生きていた」ということが描かれているのが、この作品のいいところだと思うんです。亡くなっていく命、消えてしまう命というよりも、それぞれが生きた証を描いていることが本作の強さだと思います。誰もが生きたいように生きられるわけではないですし、だからこそ死にたいように死ねるわけでもない。だけど、ちゃんとそこには人生がある。作品を通して、それを知ることができたのはとてもよかったと感じています。
●役者は「どうやっても一人じゃ生きられない世界」
ーー前作の取材時に制作統括の小松プロデューサーが「岸井さんはとても受容能力が高い役者である」とおっしゃっていました。辺見という一人一人の患者と向き合わなくてはいけない役を演じる上で、どのような準備や思いで臨まれたのでしょうか?
岸井:そこは割と無意識というか、自然な状態でした。この作品は特に、「こういうふうに表現して、こう演じたい」と強く主張する人がいらっしゃらない現場だったんです。本当に感じたまま、大きくも小さくもせず、今感じていることで十分伝わるということを信じている役者の皆さんが集まっていました。なので、コミュニケーション一つとっても、台本の読み方一つとっても、“演技をしよう”と無理をしたことは多分ありません。「こんな気持ちになったけれど、これは自分の気持ちなのか、辺見の気持ちなのか。エゴになっていないか」と調節のために相談することはありますが、「そう感じたなら、それをやってみて」と言ってくれる方々でした。ほかの現場では、「もっと頑張らなきゃ」と自分を追い込むことが多いので、その点は本作ならではかもしれません。生と死に向き合って心が痛むことはあっても、それすらも現場のみんなが同じ気持ちだと思えるから、安心して現場にいることができました。
ーー前作の第1話の冒頭、朝日を海で辺見が見ているシーンがすごく印象に残っています。セリフのない無言の表情が作品全体を貫いていたように感じました。それは今のチームの空気感があったからこその表現だったのでしょうか?
岸井:そうですね。そこにいて、朝日を見て感じた顔です。脚本も、「陽が昇っている」というシーンに対して、強制されるものがなくて自由なんですが、それが困る自由ではないんです。今回も朝日のシーンはありまして、作品を象徴するシーンであり、現場でチームみんなでこだわったものになりました。実は朝日が昇らなくて、2回海へ行ったんですよ(笑)。
ーー後編のあらすじにも「あなたと話したい」 というキーワードがありますが、本作を通して「他者と関わること」や「演じること」について改めて考えたことはありましたか?
岸井:この作品に限らずですが、私は台本を読むとき、自分一人で深く掘り下げて考えてしまうことが多いんです。自分の中では「この絶望はクリアした」「これで大丈夫」と思って現場に行くのですが、いざほかの役者さんと対峙して“話す”と、いとも簡単にその絶望につまずいてしまう自分に気づくことがあって。どうやっても一人じゃ生きられない世界なんですよね。だから、他者と関わっていないと、勘違いしたまま生きていけちゃうなと痛感しました。今回の現場は、感じているのは私自身だし、喋っているのも私自身という感覚が強すぎて、「演じるってどういうことなんだろう?」という原点に回帰するような不思議な体験でもありました。
ーー『お別れホスピタル』はエンターテインメントの枠を超え、特別なシリーズになっていると感じます。
岸井:叶うことなら今後も続けたい作品であり、特別な一作になっています。そして、私が出演しているからということを抜きにして、もっと広い意味で、多くの方に観ていただきたいと思っています。死はどんな人にも訪れるものであり、誰にとっても自分ごととなる物語です。好きなジャンル、いつも観るジャンルなど、好みは皆さんあると思うのですが、こんなに誰にとっても当事者になりうる作品はないと感じています。登場人物はご高齢の方々が多いですが、病を患う可能性は誰にでもあります。生きているということは、必ず平等に誰にとっても死もあるということ。私自身、本作を通して、死を認めることができたというか、死を知ることで、より今を生きることができるようになったと感じています。もちろん、生と死について“正解”があるわけではないし、本作も何かを押し付けるような作品ではありません。でも、必ず今を考えるきっかけになる作品だと思います。
(文=石井達也)
