「四月物語」松たか子

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【写真】初々しさと葛藤と…「大学新入生の映画」で光った俳優たち

「学生」と「大人」の狭間で

 3月に別れ、4月に出会う。日本各地から届いた入学式のニュース。高校生までの初々しさもまぶしいが、社会人となる少し手前、大学の新入生にはまた異なる緊張感がうかがえる。自分自身について深く考える時期でもあるせいか、日本映画には大学の新入生を軸に据えた作品が意外と多い。映画解説者の稲森浩介氏が、この時期に観たい5本をセレクトした。

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孤独だけど自由

〇「四月物語」(1998年)

 大学進学で上京した人は、あの頃の感情がよみがえってくるに違いない。

 卯月(松たか子)が、北海道・旭川から列車に乗り上京するところから始まる。駅で見送るのは、松本幸四郎(現・白鸚)、藤間紀子、市川染五郎(現・幸四郎)、松本紀保だ。松の家族総出演という演出が楽しい。

「四月物語」松たか子

 松は1996年の「ロングバケーション」(フジテレビ)を皮切りに、ドラマ出演が続いていた頃だが、映画は初主演だった。

 上京して郊外のアパートに着くと、卯月は畳の上に寝そべって、孤独だけど自由である事を実感する。やがて、桜吹雪の中を引っ越し荷物が到着した。作業する業者の間で、右往左往する卯月の姿が新鮮だ。

 翌日は入学式。その後にクラスで自己紹介があり、ちょっと緊張する光景が描かれる。学食は、最初はたいてい1人だ。その時、話しかけられた風変わりな同級生に誘われて、なぜか釣りサークルに入ってしまう。いくつかの出会いを重ね、新しい生活に少しずつ慣れていく卯月。

 やがて、卯月は自転車を買って街を巡る。映画館、書店と新しい世界への小さな冒険旅行のよう。実は書店には会いたい人が働いていたのだ。

 岩井俊二監督は、自分が仙台から上京してきた時の、誰も自分を知らないという自由な感覚を表現してみたかったという(【日本映画専門チャンネル】岩井俊二映画祭presentsマイリトル映画祭YouTubeチャンネル)。

 甘くてもいい、ノスタルジックに酔いしれてもいい。あの頃の思い出に浸ってほしい。

1987年の大学生たち

〇「横道世之介」(2013年)

「国宝」の吉田修一による原作を映画化。高良健吾と吉高由里子は、2人の出世作「蛇にピアス」(2008年)以来5年ぶりの共演だった。

1987年4月、横道世之介(高良健吾)は新宿駅に降り立つ。長崎から上京してきた世之助は法政大学の新入生で、初めての東京生活が始まろうとしていた。

入学式で知り合った倉持(池松壮亮)は、いつの間にか同級生の女子と付き合っている要領のいいやつだ。2人はサークル勧誘でついサンバ同好会に入ってしまう。クラスの加藤(綾野剛)と計画したダブルデートに「ごきげんよう」と現れたのは、社長令嬢の祥子(吉高由里子)だった。やがて2人は付き合うようになる。

合コン、アルバイト、夏合宿、同棲と誰もが経験するキャンパスライフが描写されていく。80年代も今もそれほど変わらないなあと観ていると、舞台は10数年後に転じる。そこでは、倉持は同級生と結婚していて中学生の娘がいるのだ。夫婦は「そういえば、世之助ってどうしてるかな」と懐かしむ。

その後も学生時代に世之助と交錯した人たちが、彼を思い出す描写が挿入される。やがて、観るものは世之助のその後を知る。人が良い世之助の笑顔が浮かび、余韻を残す巧みな構成だ。

 どこかポイントがずれているが、人を疑わず誠実な祥子を演じた吉高は、本作で毎日映画コンクールの助演女優賞を受賞。翌年、NHK連続テレビ小説「花子とアン」のヒロインに抜擢された。

 大学時代に触れあった人を思い出し、感慨に浸る。そんな時があってもいいかもしれない。

美大生たちの青春

〇「ハチミツとクローバー」(2006年)

“全員片想い”のフレーズが有名になった、美大に通う5人の若者たちの群像劇。羽海野チカの人気漫画が原作で、アニメやドラマ化もされた。

 桜が散り始める季節。花本(堺雅人)研究室の親睦会に参加した竹本(櫻井翔)は、花本のいとこの娘・はぐみ(蒼井優)に出会い、一瞬にして恋してしまう。はぐみは油絵科の新入生で、天才少女と噂されていた。

 研究室には、年上の女性を追いかける真山(加瀬亮)、その真山を好きな山田(関めぐみ)、破天荒な8年生森田(伊勢谷友介)がいた。この5人それぞれの想いと創作への情熱が描かれていく。

 森田の木彫作品は高額な値段がつくほどの評価だが、本人はその才能を持て余している。演じる伊勢谷は東京芸大美術学部出身で、まさに美大生の等身大を演じているようだ。

 しかし、なんと言っても注目ははぐみを演じる蒼井だろう。今にもポキリと折れそうな心を持った天才少女を、繊細に演じている。セリフは少ないが、人を不安そうに見詰める表情や絵筆をもった途端に作品にのめり込む姿。才能を持った人間とはこういうものかと感じさせてくれる。

 蒼井は、はぐみに似ているところはと聞かれて「言葉が少ないところですかね。はぐも私も感覚で生きてるな、と思います」と答えている(「Cinematpics online」2006年7月6日)。

 美大生ってやはり個性的で、自由に溢れているんだなと感じる「青春映画」だ。

傷つく学生たちの場所

〇「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」(2023年)

 キャンパスは、恋愛やサークルなど魅力に溢れている場所だ。しかし他人との付き合い方が分からなかったり、ちょっとした言葉で傷つく人にとっては居場所を見つけるのが難しい。この映画はそんな人たちが集まるサークルを描いている。

 京都の大学に進学した七森(細田佳央太)は、男らしさや女らしさという考えが苦手で、恋愛というものが分からなかった。入学式の日に知り合った麦戸(駒井蓮)と意見が合い、ぬいぐるみサークル・通称「ぬいサー」に入部する。そこはぬいぐるみに話しかける場所だった。

「ぬいサー」の部室には600体のぬいぐるみが置いてあり、世界の悲劇や矛盾を泣きながら話しかけたり、自身の弱さを語る先輩たちがいる。

 恋愛感情が理解できない七森は、もう1人の新入生・白城(新谷ゆづみ)に交際を申し込んでみる。しかし同じベッドに寝ても何もしない七森は、別れを告げられる。そして麦戸は、あることが原因で不登校になり、家で一人ぬいぐるみを抱きしめていた。そんな麦戸を救いだそうと七森は……。

 麦戸を演じた駒井は当時、慶應大学文学部在籍中のリアル大学生だった。サークルには仕事が忙しくて入れなかったらしいが、「本当は落語研究会や映画研究会に入ってみたかったです」と語っている。本人は楽しい大学生活を送ったようだ(「朝日新聞 Thinkキャンパス」2023年5月9日)。

 この作品には、多くの共感が寄せられたという。思いがけない言葉で傷ついてしまう、そんな人もいるかもしれないと思いを巡らせるだけで、やさしくなれるかもしれない。

新入生の犯罪

〇「真夜中乙女戦争」(2022年)

 奨学金やアルバイトの賃金で大学時代を過ごした人も多いだろう。この映画の主人公は厳しい生活を抜け出そうとして、思わぬ犯罪に関わる新入生だ。

 一年生の“私”(永瀬廉)は、深夜の過酷なアルバイトで何とか大学生活を送っていた。入学式は出ていないし、学長の名前は知らないし、校歌も歌えないような学生だ。そしてつまらない授業は時間の無駄だと教師に詰め寄りコーヒーを投げつけられる、そんな日々だった。

 しかし「まだ4月だ。ここで人生を完全にあきらめたくない」と、ある同好会へ入部する。そこでクールで理知的な“先輩”(池田エライザ)と出会った。

 そしてもう1人、“黒服”(柄本佑)と知り合う。“私”の鬱屈を知った“黒服”は自分のアジトに誘う。そこには、“私”と同じように社会に反発を持った人間が集まり、東京を破壊する計画を進めていた。

“私”を何かと気にかける“先輩”の池田が魅力的だ。特にバーで歌う、ジャズのスタンダードナンバー「Misty」には聞き惚れてしまう。2人の心が通じ合う瞬間だ。

 池田は、「高校生デビュー」(2011年)が映画初出演だった。その後も多くの作品に出演し、昨年6月には「リライト」で主役の小説家を演じる。音楽活動も2022年にファーストアルバムをリリースし、ミュージシャンとしても注目されている。

 ラストに“私”は、命の危険が迫る“先輩”を助けようと奔走する。そこに未来の希望がかすかに見えた気がした。

稲森浩介(いなもり・こうすけ)
映画解説者。出版社勤務時代は映画雑誌などを編集

デイリー新潮編集部