「秩序」と「束縛」から解き放たれた「予備校」という空間【予備校盛衰史】

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売れ行き好調につき増刷が決定した教育・受験ジャーナリストの小林哲夫さんによる『予備校盛衰史』

本書は1970~90年代を「予備校文化」の黄金時代として描き、推薦・AO入試優勢の現代が見失った「学問への入口」として予備校を捉え直します。

今回は「既成の秩序に縛られない」予備校の文化について語った一節を特別公開します。

書影

予備校文化とは何か(第六章)

ハスミ先生の鼓舞

 一九八七年六月、蓮實重彦氏(当時、東京大教授)が河合塾千種校(名古屋市)で講演し、予備校についてこんな評価をくだしている。

そうしたものが作り上げている日本の文化の貧弱さと、河合塾のような予備校が、日本の中で作り上げている文化の不気味なアナーキスムと、どちらが重要か? 僕は、やはり予備校のように、既成の秩序に登録されていないものが作り上げていく文化のほうが、面白いし活力にとんでいるという気がしています。

(『映画からの解放』河合ブックレット 一九八八年)

 すこし補足しよう。蓮實氏は講演の冒頭で、ある「売れっ子作家」は日本の文化状況をまったくわかっていないと批判する。この作家が新聞や論壇誌などで重視されていることを「日本の文化の貧弱」と評した上で、予備校の「不気味なアナーキスム」をおもしろいと評価したのである。

「売れっ子作家」とは芥川賞作家の丸谷才一氏をさす。この前年、河合塾は国語の模擬試験で丸谷氏のエッセイを読ませ、「この主張に対してどう考えるかを八百字以内で書きなさい」という問題を出した。この出題について丸谷氏は怒り心頭だった。論壇誌で「河合塾の出題に抗議する」という論文を発表する。河合塾国語科がエッセイを要約しての設問に「基本的な読解力の不足」、解答例に「悪文」、解説には「乱暴な理屈」と厳しく批判した(『中央公論』一九八七年六月号)。これに対して蓮實氏は講演で丸谷氏を揶揄して、河合塾の肩をもったわけだ。模試の出題が論壇を巻き込んでしまう。予備校の存在感はなかなかのものだった。

 蓮實氏の語りをもう少し続ける。「いまだ充分に分析されつくしていない「予備校文化」というものが、二一世紀あるいは二二世紀の人々にとって、一九七〇年代八〇年代の日本を分析する場合に、どうしても考えておかなければならない、あるいは何かの形で機械にインプットしておかないと、その時代の文化の相貌が把捉しがたくなる要素の一つとして出てきているように思うのです」(同前)

 一九八〇年代、のちの東京大総長が、予備校文化抜きに日本を分析できないと言わんばかりに評価している。予備校文化の舞台、予備校を「既成の秩序に登録されていない」と位置づけている。蓮實氏特有のまわりくどい言い方だが、予備校は六・三・三・四制に組み込まれていない、文部省(当時)がそれとして認可するような教育機関ではないということを意味している。

 元・東進ハイスクール講師の樋口裕一氏も予備校について似たような定義をしていた。

「国家主導の教育状況にあって、唯一、そのような国家による束縛をはね除け、国民が自ら自分の能力を高めることを目的にして行く「学校」なのだ」(『予備校はなぜおもしろい』日本エディタースクール出版部 一九九七年)

 予備校は「登録されていない」にもかかわらず、駅前にどかんとでかいビルを建て、強烈な存在感を放っていたのは紛れもない歴史的事実である。それは、日本の教育体制の「秩序」と「束縛」から解き放たれた空間であった。

 一九七〇年代から九〇年代の受験生のなかにこんな物言いをする人がいる。「予備校文化は自分の人生に大きな影響を与えた。○○予備校の○○先生の授業を受けたのが忘れられない」「高校よりもおもしろい。それが予備校文化だった」。予備校のことは何十年経っても思い出し、ノスタルジーに浸ってしまう。筆者もその一人であり、高校までに体験したことのない授業から、学問の一端に触れることができ感銘を受けたものである。悲しいかな、大学へ進んでからも予備校講師以上のインパクトがある教員にあまり出会わなかった。リアルタイムでは気付かなかったが、これが予備校文化なのかと受け止めたのは、社会人になってからである。

 二〇二〇年代、総合型選抜、学校推薦型選抜を利用した受験生にとってはピンと来ないだろうが、予備校文化は大学受験の世界では確実な地位を占め、たいそうな存在感を持っていたのである。

『予備校盛衰史』では、予備校「文化」に関するさらなる分析をはじめとして、

第一章 いま予備校はどうなっているか
第二章 草創期の興亡――明治から戦中期まで
第三章 拡大期の群雄割拠――戦後から最盛期まで
第四章 爛熟期の寡占・淘汰・発展――八〇年代から現代まで
第五章 予備校のアイデンティティ――その効用とトラブル
第六章 予備校文化とは何か――束縛をはね除けた不気味なアナーキスム
第七章 「文化」を創り出す人びと――駿台フォーラム・文教研・ベ平連
第八章 未来の予備校――少子化に向けたサバイバル


という構成で、「学問への入り口」として予備校を捉え直していきます。

小林 哲夫(こばやし・てつお)
教育・受験ジャーナリスト。1960年生まれ。『大学ランキング』編集長。著書に『神童は大人になってどうなったのか』(朝日文庫)、『改訂版 東大合格高校盛衰史』『京大合格高校盛衰史』(ともに光文社新書)、『ニッポンの大学』(講談社現代新書)、『中学・高校・大学 最新学校マップ』(河出書房新社)、『「旧制第一中学」の面目:全国47高校を秘蔵データで読む』(NHK出版新書)、『高校紛争 1969-1970』(中公新書)など。
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