老後資金ゼロでも「息子は東大卒だからなんとかしてくれる」…年金14万円・65歳元タクシー運転手、久しぶりに帰省してきた〈月収97万円・35歳息子〉の開口一番に凍りついたワケ【FPが解説】
「子供には最高の教育を受けさせたい」その一心で、自身の老後資金を削ってまで高額な塾代や学費を捻出する親世代は少なくありません。そこには、「手塩にかけて育てれば、将来きっと自分たちを助けてくれるはず」という、無意識の期待が隠れていることもあります。本記事では、FP事務所MoneySmith代表の吉野裕一氏が、勝也さん(仮名)の事例とともにインフレ・年金減額時代における「教育費」と「老後資金」の正しいバランスを考えます。※個人の特定を避けるため、事例の一部を改変しています。
夜も走り続け、コツコツ貯めた教育費
勝也さんは、若いころから個人タクシーの運転手をしていました。毎月の収入にはばらつきがありましたが、夜間の乗務も積極的にこなし、コツコツと貯蓄を重ねてきました。家族構成は、妻(仮名/63歳)と、一人息子の直哉さん(仮名/35歳)の3人家族。直哉さんは物静かで真面目な性格、頭がよく、小学生のころから常に学年一位の成績を維持していました。
「この子には可能性がある。大学まで行かせてやりたい」
勝也さんは、学資保険に加え、生活費を切り詰めて余ったお金はすべて教育費として銀行預金に回しました。小学生時代から学習塾に通わせ、高校、大学と、教育にかかる出費は惜しみなく出しました。そこには、子どもの可能性を伸ばしてやりたいという純粋な親心もありますが、同時に、手塩にかけて育てれば、将来は自分たちのことも大切にしてもらえるだろうという、淡い期待もあったといいます。
その期待に応えるかのように、直哉さんは、順調に進学。見事、現役で東京大学に合格し、無事に卒業しました。その後は、IT関連企業に就職して順調にキャリアを重ね、28歳で結婚。現在の月収は97万円程度(賞与別)。2児の父となり、都内で暮らしています。傍から見れば、勝也さんの子育ては大成功したようにみえました。
年金生活が始まり、心許ない老後
転機が訪れたのは、勝也さんが年金の受給開始年齢である65歳を迎えたときでした。若いころ、工場で勤めていた会社員経験から、老齢基礎年金にわずかながら老齢厚生年金が上乗せされていますが、実際に振り込まれた年金額は2ヵ月分で約28万円。月額にするとわずか14万円程度です。
「個人タクシーだし、体が動くうちは70歳過ぎまで働けばいい」
当初はそう考えていた勝也さんですが、長年のドライバー生活による運動不足と不規則な生活がたたり、60代に入ってからは病気がちに。結局、年金受給を機に廃業せざるを得ませんでした。
現在、妻がパートに出て月5万円ほどの収入を得ていますが、夫婦合わせても月収は19万円弱。現役時代に教育費にお金をかけすぎたため、手元の老後資金は心許ない状態です。「立派に育てたんだ。少しは息子からの援助があるかもしれない」勝也さんの胸には、そんな期待がくすぶっていました。
エリート街道を歩む自慢の息子からの、冷徹な「NO」
そして迎えた正月。年末から帰省していた直哉さん一家と、おせち料理を囲んでいたときのことです。孫二人にお年玉を渡し、その喜ぶ顔に目を細めていた勝也さんでしたが、その日まだ会話を交わしていなかった直哉さんと二人きりになった際、本音が口をついて出ました。
「父さんも引退して年金暮らしだろ。正直なところ、豪華なおせちやお年玉を用意するのも一苦労でな……」
遠回しに窮状を訴えた勝也さんに対し、直哉さんの返答はあまりにも素っ気ないものでした。
「お父さんさ、もっと自分の人生設計はちゃんとしておかないと。うちもいまは、子どもたちの習い事でお金がかかるし、いろいろと物入りなんだ。我が家も厳しいからね」
勝也さんはなにも返せず、ただ黙り込むしかありませんでした。
期待しないと思っても、期待してしまう我が子
「子どもの世話になりたくない」という親世代の声はよく聞きます。しかし、勝也さんのように高額な教育費を優先するあまり、「老後資金の準備」が後回しになっているご家庭は少なくありません。
ここで重要になるのが、「お金の価値」に対する理解です。日本では長らく、学校などでお金に関する教育がされてきませんでした。そのため、多くの人が「お金の額面(名目)」と「実際に買える物の量(実質)」の違いを意識できていません。
額面は同じでも、物価が上昇(インフレ)すれば、同じ100万円で買えるモノやサービスの量は減ってしまいます。つまり、お金の価値が目減りするのです。日本では長期間、物価も賃金も上がらないデフレが続いていたため、現金のまま銀行に置いておいても大きな問題はありませんでした。さらに、高度成長期時代を経験した世代は、働いていれば収入が増えていくという認識が根強く、インフレを意識しづらい背景があります。しかし、時代は変わりました。
物価は上昇し、公的年金には「マクロ経済スライド」という仕組みが導入されています。これは、現役世代の人口減少や平均余命の伸びに合わせて、年金の給付水準を自動的に調整する仕組みです。物価が上がっても、年金受給額はそれと同じようには増えません。つまり、年金だけで生活を維持することは、構造的に難しくなっているのです。
かつてのように「預金と保険」だけで資産形成ができる時代は終わりました。直哉さんの言葉は冷たく響いたかもしれませんが、「自分の人生設計は自分で守る」という指摘自体は、いまの時代、的を射ているといわざるを得ません。
幸い、現在はNISAやiDeCoといった、国が用意した税制優遇制度が充実しています。若いうちからこうした制度を活用し、インフレに負けない資産作りを行うこと。そして、教育費と老後資金のバランスを見極めること。子どもへの最大のプレゼントは、教育費をかけすぎることではなく、親自身が経済的に自立し、笑顔で老後を過ごす姿をみせることなのかもしれません。
吉野 裕一
FP事務所MoneySmith
代表

