「吉村家」創業者・吉村実さん

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豚骨・鶏ガラベースの豚骨醤油スープと、中太麺、大判海苔にほうれん草のトッピングが特徴の、いわゆる“家系ラーメン”の発祥が、横浜で店を構える「吉村家」。不況も関係なく、多い日は1日1500杯ものラーメンを今も提供し続けている、言わずと知れた全国屈指の人気店だ。「家系ラーメン」は一つのジャンルとなり横浜を飛び出し全国的に広まり、全国で2000軒もあると言われているほか、現在ローソンで販売する吉村家のカップ麺も品薄になるほどの反響だという。そんな「吉村家」を一代で築き上げた創業者の吉村実氏に独占インタビューを実施。40年以上、時代とともに変化を続けながらも、味を守り愛され続ける秘訣を聞いた。

【写真】これが正しい家系の姿、吉村家のラーメン

■スープの舌触り、鶏油の風味…細部の“質”にこだわり続けてきた40数年

吉村家の朝は早い。取材に伺ったのは朝の6時台。スープの寸胴にはりつき、こまめにスープの状態を見ている男がいた。毎日1トン以上の豚・鶏ガラを使って仕込む重労働を、御年70代に突入した今も、創業者の吉村氏自ら行っている。まずは吉村家の人気の秘密を、カウンターから取材をさせてもらった。

――今でも毎朝、自ら仕込み場に立っているんですね。

【吉村実】基本的にはいつも朝は1人でやるよ。

――吉村家のラーメンはきれいですよね。スープにざらつきがないですし、豚骨の臭みもなくて、鶏油の色も張り方も美しいですよね。吉村さん自ら仕込んでいるからですね。

【吉村実】そこに気づいてくれたのはうれしいね!長い間やってきたけれど、そこをわかって取材で言葉にしたのはお前さんが初めてだよ(笑)。スープの質や舌触りには一番こだわり続けてきたから。スープがすっきりしているのはこまめにすくっているからだよ。それは隠しどころにしている部分だったんだけどな。あえて言うことでもないからね。家系にも魂はあるんだよ。

――吉村さんにとってはわざわざ言うことでもなく、「当たり前」のことなんですね。

【吉村実】こだわってきたことに関しては、本当に小さなことかもしれない。でも、そのちょっとのこだわりを続けることで「吉村家」に行こうと選んでくれるお客さんがいる。その違いがわかる人がいるから、ずっと続けてこられたのよ。でも、味に関しては「若者が多いとき」、「サラリーマンくらいの層が多いとき」と客層によって微妙に変えているんだよ。

――新杉田にお店を構えていた頃は、朝5時からの営業でしたよね。「変わらない味」だけど気づかれないように変えている…それを続けることが難しいことだと思います。

【吉村実】それでも「吉村家にいけばおいしいラーメンが食べられる」って思ってもらえているのは、ずっと俺が作っているからかな。俺が毎朝(深夜の)2時半から仕込んで、「俺がうまいと思うラーメンを出す」ということが、ブレていないからなんじゃないかな。味付けが変わっても、お母さんが作った料理から「おふくろの味」がするのと同じだと思うよ。

■ラーメン界に物申す!家系のおいしさを多くの人に知ってもらいたい

「吉村家」は、2019年12月3日よりローソンでカップ麺とカップスープの販売をスタート。ローソン担当者によると「当初の予想の3倍近い売れ行き」とのことで、生産が追いつかず、一時的に品薄になるくらいの反響があったという。この発売背景には今のラーメン界への吉村氏の想いがあった。

――ローソンさんのお話では、カップ麺が予想の3倍売れているとのことです。なぜカップ麺を開発したのでしょうか?

【吉村実さん】あ、そう!そんなに売れているとは嬉しいね。「おいしいものを届けたい」という気持ちが大きいかな。今、家系をうたうラーメンのお店が全国に2000店舗以上あるらしいんだけど、そのおいしさが全国の人にちゃんと届いているかというと微妙なところなんだよね。

――そう思うきっかけがあったのでしょうか?

【吉村実】昔にも、カップ麺を出したことがあるんだけど、九州だとあまり売れなかったんだよ。それって正しい家系ラーメンが九州になくて、おいしさを理解してもらえてなかったからなのかなって思うんだよね。

――形だけ吉村家(家系)に似せるラーメンも増えている印象ですね。そういったものが広まっていることを憂う気持ちもあったのではないでしょうか?

【吉村実】あたりまえだろ!じゃないとカップ麺は作らないよ。今回のカップ麺も、儲けは考えてなくてね。今まで出した商品も、福島の復興支援に寄付したりしている。でも、それ言うとカッコよすぎるから、言ってないのよ。

――それは、書かないほうが良いですか?

【吉村実】いや、書いたほうが良いね(笑)

■家系が全国に広まった理由は「うまいラーメンを伝えたい」弟子との魂のぶつかり合い

早朝から吉村氏に会いに多くの人が店を訪れる。取材日は、4月から九州にラーメン店をオープンする予定の内田陽介氏が厨房に立っていた。家系はラーメンの一つのジャンルとして日本中に広まったが、実は吉村氏が弟子として認めている「直系」といわれる店舗は実に数店舗のみ。内田氏は吉村氏からラーメン作りを学び、九州初の吉村家直系として「内田家」を4月6日からオープン。家系が広まった理由について吉村氏に聞いてみた。

――過去に送り出したお弟子さんはうん百人。“メシの種”であるラーメン作りの秘伝を惜しみなく教えていますよね。それゆえ広まったと考えますが、どうして弟子をとるのでしょうか。基準は?

【吉村実】「情熱」だよ。やりたいって人はいっぱいいる、教わりたいって言ってくれる人はたくさんいる。でも商売はやっぱり軍資金がないといけない。1000万円足りないなら、「本気」なら貸してやってる。今まで貸したぶんはみんなしっかり返してくれているよ。

――現在もご自身で教えているんですね。

【吉村実】当たり前だろう、俺にはラーメン作りの魂があるからね。KADOKAWAだって出版で1番張ってるんだったら出版社として、編集者としての魂があるだろ?大事な“魂”の部分を伝えなかったら、そこをなくしちまったらおしまいだよ。

――博多に直系の「内田家」ができるのも、先ほどの「家系のおいしさを正しく届けたい」との気持ちからですか?

【吉村実】それもあるね。だからって、どこのラーメン屋とでもコラボするわけじゃない。俺の中でラーメン屋は缶詰のスープは使わない、生のスープ作ってナンボだろって考えがあるんだけど、内田さんは通じるものがあった。弟子を取るときも、ビジネスするときも、俺が大事にしているのは人であり、仁義だから。魂で通じるものを感じたんだよね。

――吉村家の家訓にもありますが「味は世なり 人を世を愛でる心が味を醸す」―吉村さんは愛や情、仁義を重んじている。商売も大事だけど、「人として」という部分を一番大事にされているんですね。

【吉村実】あんたも暑苦しい奴だな(笑)。でもその通り。ラーメン屋で当たっているやつはみんな奥さんがしっかり支えている。結婚しているやつしか俺は弟子にとらないんだ。「覚悟」が違うからね。

■貫き続けた「苦しい楽しさ」、成功を支えたのは“当たり前“の積み重ね

――しかし、今も自ら毎日仕込みをされているということに大変驚きました。一つのことを40年以上続ける精神力、すごいですね。

【吉村実】精神力はないよ。もはや楽しみなだけ。逆に給料をもらっているときはつらかったね。今は月8万の年金と、1回2000円の飲み代があればそれでいい。儲けはすべて従業員とお客さんに還元できれば。続けることで好きになれて、楽しくなれた。だから続けてこられたって思うな。

――とはいえ、ラーメン店の仕事は大変ですし、楽しみの中にも苦しさはあるじゃないですか?どうしたら強い意思を持ち続けることができるのでしょうか。

【吉村実】いや、全然厳しくなんてない。ただ「楽しいこと」「当たり前のこと」をやっているだけだ。ラーメン屋だからうまいラーメンを作るための努力は当たり前だよ。でもよ、「売れよう」と思っていたときは苦しかったかもしれない。投資会社が吉村家を買いたいって交渉に来たときに、何度も「売っちゃおうかな」って思ったよ。

――モーレツ社長として知られる吉村さんでもくじけそうになったことがあるんですね!

【吉村実】あるよ。やっぱり手塩にかけた人間が独立して辞めちゃうのはつらかったな。裏切られるようなことも何回もあった。家系を名乗るほかの店のラーメンを見て悔しい思いをしたことも何度もあるよ。

――それでもくじけずに成功できたのはなぜなのでしょう?

【吉村実】自分では成功しただなんて思ったことは一度もないけどね。でも、あえて言うなら、神様なんていないと思っているから、ずっと当たり前の努力はし続けてきたんだよね。あと大事なのは、魂で通じ合える人と仕事をすること。例え違うジャンルだとしても、魂同士でぶつかると必ず何かが生まれる。心が通じ合えた人との仕事は絶対にいいものになるから。

――ラーメン屋が60億円かけてビルを建てるのは十分すぎる成功だと思いますが! では、吉村さんは今は何と闘っているのでしょうか?ライバルはラーメンでない何かかと思いましたが…?

【吉村実】「自分」だな。今年は自分の中で勝負をしている。まだ、あと2つ3つのビルはできると思っている。そうは言っても、従業員は全然足りないし、自分の中では勝っているつもりはほとんどないから、今年もその先もずっと勝負し続けなきゃなと思うね。俺は、宝くじ買うと100万くらい当たっちまうんだよ。だから、まだまだ運を使わないようにしなきゃな(笑)。