圧倒的な速さと、ダイナミックな逆転劇――。第9戦・オーストリアGPでレッドブル・ホンダが初優勝を遂げた背景には、5つの要因があった。それらを詳細に解説していこう。


オレンジ色のフェルスタッペン応援団の前を駆け抜けるレッドブル・ホンダ

 ひとつ目は、レース戦略だ。

 予選ではフェラーリに0.436秒の後れを取ったレッドブル・ホンダだったが、決勝ではフェラーリを上回る速さを手に入れる”魔法”を使った。それは、第1スティントで我慢してライバルよりも後にタイヤ交換を行ない、第2スティントでライバルよりもタイヤがフレッシュな状態を生み出すという戦略だ。

 これによって、マックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)は首位シャルル・ルクレール(フェラーリ)より9周、2位バルテリ・ボッタス(メルセデスAMG)より10周新しいタイヤ――約0.3秒速いタイヤを履くことに成功した。つまり、車体の差を0.3秒取り戻したことになる。

 これは、レッドブル・ホンダがよく敢行する戦略で、オーストリアGPではピタリとハマった。それがとりわけ、レース後半に驚異的な速さを見せることができた要因だった。

 ふたつ目は、運。

 ピットストップを遅らせる戦略を採りたいレッドブル・ホンダにとって、ライバルが先にピットインしてくれなければ、それは成り立たない。4〜5周のタイヤ差では、あまり意味がないからだ。

 レッドブル・リンクはタイヤの保ちがよく、ソフトタイヤでもレースの半分を走り切ることができる。本来なら、この戦略を採るメリットは小さいはずだった。

 ところが今回の場合は、高温と高地の空気の薄さによってパワーユニットの冷却不足に苦しむボッタスが21周目にピットイン。これを見て、首位ルクレールもボッタスの前を確保すべく、翌周にピットインしてくれた。期せずして上位2台が早めにピットインしてくれたことが、レッドブル・ホンダにとっては幸運だった。

 しかし、残るルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)はフェルスタッペンと同様の戦略を採っており、そのままでは彼を抜くのは難しそうだった。だが、ハミルトンがフロントウイングのフラップ調整機構にダメージを負い、ノーズごと交換するためにピットストップ。これによって8秒をロスし、後方に下がってくれたことも大きな幸運だった。

 ハミルトンは、フラップ角度を調整せずにハードタイヤで走れば1周あたり0.5秒は遅くなるという試算で、残り40周で背負うタイムロスと天秤にかけてノーズ交換を決断したと言う。どちらに転んでもハミルトンを攻略できたかもしれないが、コース上で争うことなく彼の前に出られたことは、さらに幸運だったと言える。

 3つ目は、車体性能の向上だ。

 レッドブル・ホンダは、前戦フランスGPにノーズ下整流フィン、ミラー、リアウイング翼端板、ディフューザーなどの空力アップデートを投入した。だが、これらは想定どおりに機能したとはいえ、ドライバーが訴える全体的なグリップ不足は改善できなかった。

 しかし、オーストリアGPには1セットだけ新型フロントウイングが間に合い、これを装着したフェルスタッペンのマシンは大幅にフィーリングが向上した。

 翼端付近の形状がなだらかになり、今季導入された新規定によって苦労していたRB15の後方の気流が改善。課題だった中高速コーナーでの空力性能が向上した。「フェラーリ勢にミスがなければ表彰台も難しい」としていた事前予想がいい意味で裏切られることになったのは、このアップグレードによる車体性能の底上げが大きかった。

「全体的なパフォーマンスが前回よりも格段にいい。正直言って、ここはかなり厳しいと思っていたし、それほど期待していなかった。だけど、アップデートでパフォーマンスが向上した」(フェルスタッペン)

 これによって、中高速コーナーが多く「苦手」なはずのレッドブル・リンクが、「マッチしている」サーキットへと変貌を遂げたのだ。

 4つ目は、フェルスタッペンの驚異的なドライビングだ。

 第1スティントでは、前述のようにライバルたちよりも長くタイヤを保たせて引っ張った。実は、フェルスタッペンは1周目に大きなフラットスポットを作り、通常以上に慎重にタイヤを労わらなければならなかった。だが、フェルスタッペンはそれをしっかりとやり切った。

 しかも、スタートで出遅れて2位から8位まで後退し、ピエール・ガスリー(レッドブル・ホンダ)、キミ・ライコネン(アルファロメオ・レーシング)、ランド・ノリス(マクラーレン)を抜いてポジションを上げながらだ。その追い抜きもすべて一発で仕留めていったことが、パワーユニットに優しく、熱によるパワー低下を避けることができた。

「吸気温度が高くなってくると、パワーを落とさざるを得ないと言うか、(安全機構で)自動的に落ちる部分も出てきます。あれだけ前走車にくっついて走ると、タイヤもブレーキも厳しい。

 他のクルマはトレイン(数珠つなぎの渋滞)のなか、ずっとくっついて走っていたので厳しかった。だが、マックスは前のクルマについてもすぐにパスして順位を上げていったので、問題になりませんでした」(ホンダ・田辺豊治テクニカルディレクター)

 そして第2スティントでは、セバスチャン・ベッテル(フェラーリ)、ボッタス、そしてルクレールを思い切りよく抜いて、首位まで浮上してみせた。ルクレールとの接触が審議対象となったが、コーナーのエイペックスまでに抜いていたと判断され、フェルスタッペンの優勝が確定した。

「(ルクレールとの)2回目のバトルでは、少しブレーキングを遅らせてコーナーに入っていったんだ。コーナーの中から出口にかけてのエリアで僕らは軽く接触したけど、あれは純粋なレースだったと思う。

 どういう流れであのコーナーを迎えるかにもよるけど、もし彼がターン3に向けてドアを完全に閉めてきたら、僕はターン3からターン4へ向けて(立ち上がり重視で)彼を抜こうとしただろうね。前のクルマがどうディフェンスするかによって、オーバーテイクを仕掛けるポイントは違ってくるんだ」(フェルスタッペン)

 目の覚めるような見事なドライビングで、母国オランダから詰めかけたオレンジ色のフェルスタッペン応援団を大いに沸かせた。

 そして、5つ目が、パワーユニット。

 純粋なパフォーマンスで言えば、ホンダはフェラーリやメルセデスAMGはおろか、予選でスペシャルモードを使った際のルノーにも後れを取っている。しかし、その差は以前のように大きなものではない。そして、スペシャルモードが使えない決勝では、フェラーリとの差もさらに縮まっている。

 それに加えて、レッドブルの地元であるオーストリアGPでは、ホンダはギリギリまで攻めたパワーユニット運用でチームの期待に応えてみせた。

 ストレートでフェラーリやメルセデスAMGを次々と仕留めていった背景には、10周フレッシュなタイヤのグリップのみならず、ホンダが加勢したパワーもあった。トップでチェッカーフラッグを受けたフェルスタッペンは、「今日はストレートでいいパワーがあった。あのパワーがあったからこそ、オーバーテイクできたんだ」とホンダに感謝の言葉を述べた。

 車体、パワーユニット、ドライバー、レース戦略、そして運……。オーストリアGPでの劇的な勝利は、あらゆる要素が揃って初めて実現できたものだ。これほどまでにパーフェクトなレース週末は、そうそうあるものではない。

 しかし、逆に言えば、今後もこれだけの完璧な週末を築き上げることができれば、オーストリアGPと同じようにライバルを圧倒する速さを発揮できるということでもある。その確率を上げるためにも、車体も、パワーユニットも、チームも、ドライバーも、すべてがさらなる向上を目指さなければならない。

 この優勝はあくまでも通過点であり、レッドブル・ホンダが目指すのは、もっと高い頂点だ。彼らはようやく、その一歩目を踏み出したに過ぎない。この先、さらなる感動が我々を待っているはずだ。