“日本サッカーの父”クラマー氏が死去…2度の欧州制覇など輝かしい実績
バイエルンのカール・ハインツ・ルンメニゲCEO(最高経営責任者)は「クラマー氏は(監督を務めた後も)長年に渡り、無給でクラブに携わってくれた。私にとって彼は父親のようであり、友人でもあった。バイエルンの元監督、特別な人物としてご冥福をお祈りする」とコメントしている。
現役引退後の1960年に日本代表のコーチとして招へいされると、基礎的な部分から熱心に指導を行い、チームの強化に成功。4年後の東京オリンピックではベスト8に入り、“日本サッカーの父”として尊敬集めた。
その後はエジプト代表、アメリカ代表などで監督としての経験を積み、1975年に就任したバイエルンではUEFAチャンピオンズカップ(現・UEFAチャンピオンズリーグ)で2連覇を達成。ドイツ国内外でも名声を手にし、2005年に第1回日本サッカー殿堂入り。2011年にはドイツサッカー連盟(DFB)からDFB名誉賞を受けていた。
