「日本が警戒すべき相手だということは分かっている」三笘同僚のオランダ代表GKが語るW杯「純粋に楽しみだし、早くピッチに立ちたい」【現地発】
だが、実際に取材の場で目の当たりにした23歳は、少し違っていた。質問に丁寧に耳を傾けながらも、時折「ガハハ」と大きな声で笑う。落ち着きの中に、明るさと人懐っこさがある。
振り返ると、ブライトン加入1年目の2023-24シーズンは、出場時にミスも少なくなかった。それでも経験を重ねるごとに成長し、24-25シーズンからファビアン・ヒュルツェラー監督が就任すると、不動のレギュラーに定着する。
直近2シーズンは正守護神として、世界最高峰のプレミアリーグでブライトンのゴールを守り続けた。今ではバイエルン・ミュンヘンやバルセロナ、リバプールが強い興味を示す存在へと、大きく評価を高めている。
そのフェルブルッヘンが、オランダ代表のナンバーワンとしてワールドカップに向かう。そしてグループステージ初戦の相手は、我らが日本代表である。
彼にとって、ワールドカップの最初の記憶は、2010年南アフリカ大会だ。
「当時、僕は8歳だった。決勝で負けた時は本当にショックだったけど、それでもあのオランダ代表を誇りに思っていた」
スペインとの決勝。延長戦の末に敗れ、オランダはまたしても世界一に届かなかった。アリエン・ロッベンが決定機を逃し、最後はスペインに屈した一戦。その光景は、フェルブルッヘンの記憶にも深く刻まれている。
「8歳だったから、試合の細かいところまでは覚えていない。ただ、カシージャスとの1対1になったロッベンの場面と、その後にスペインが決めたゴールは今でも記憶に残っている。でも、あの代表チームをとても誇りに思っているんだ。
ブラジルを倒して決勝まで進んだ。負けた瞬間は本当に悔しかったけど、後から振り返れば、それがどれほど難しいことだったか分かる。あのチームは誇るべき存在だと思う」
オランダにとって、ワールドカップは特別な大会であり続けてきた。1974年、78年、そして2010年。決勝に進みながら、いまだ頂点には届いていない。
たとえば、74年W杯に出場したヨハン・クライフの時代を、23歳のフェルブルッヘンはもちろん直接知らない。それでも、その記憶は国の中に生きている。
「僕はその時代を直接、知っているわけじゃない。でも、子どもの頃から何度も話を聞いてきたし、映像も見てきた。父もよくクライフや当時の代表のことを話してくれた。だから、あのチームがオランダサッカーにとってどれほど大きな存在なのかは理解しているつもりだ。
オランダは小さな国だけど、サッカーでは長い歴史を築いてきた。その伝統を背負ってワールドカップを戦えることは、とても誇らしいことだと思う」
少年時代の彼が憧れたのは、同じオランダの名GKエドウィン・ファン・デル・サールだった。
「子どもの頃から、エドウィン・ファン・デル・サールのようなゴールキーパーになりたいと思っていた。でも、ただ真似をしたかったわけじゃない。自分なりのやり方で、そのレベルに近づきたいと思っていたんだ。
彼は今でも僕にとって大きな手本だ。オランダ代表やクラブで成し遂げたこと、そして到達したレベルは本当に特別だった。子どもながらに『自分もいつか、あの場所まで行けるだろうか』と考えていたし、とにかく挑戦してみたいと思っていた」
