<井村屋×iiba>独創的なサービスを生み出す 女性リーダー像:読んで分かる「カンブリア宮殿」

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3月19日(木)に放送した「カンブリア宮殿」のテーマは、「新たなリーダー像<井村屋×iiba>」。

【動画】独創的なサービスを生み出す 新たなリーダー像とは?



アンミラ復活で大行列〜井村屋の新たな仕掛け続々



2026年2月、東京・南青山に、アメリカ発祥のレストラン「アンナミラーズ」が復活を遂げ、行列ができていた。かつて20店舗以上展開していたが次第に減少。2022年に高輪店が再開発で撤退すると、国内から店がなくなっていた。

看板メニューはアメリカの家庭の味を再現したホームメイドパイ。リンゴがゴロゴロ入ったアップル(880円)やクリームたっぷりのマロン(935円)などが楽しめる。


そのファンは来店客だけではない。例えば同店の女性スタッフ・郄橋涼子は10代の頃から27年間、アンナミラーズで働いていたという。

「(復活して)うれしいです。昔いた従業員も何百人といますが、大喜びしている」(郄橋)

そんな熱い思いで戻ってきた店員が5人もいるという。

「アンナミラーズ復活」の仕掛け人が「私はモノをつくる技術がありませんから」と言って行列の整理に立つ井村屋会長・中島伸子(73)。「アンナミラーズ」を展開してきたのは「あずきバー」や肉まんで有名な創業130年の老舗、井村屋だ。

51年前、アルバイトから入った中島は、2019年に井村屋グループ初の女性トップに就任。徹底的にファンを大切にする戦略で好業績をたたき出してきた。


ファンの声と丁寧に向き合うのが中島のポリシー。ファンから「硬さ」をいじられてきた「あずきバー」について「刀鍛冶のように製造している」とお茶目な投稿をし、ついには「刃物のまち」岐阜・関市とコラボまで。ファンを喜ばせるために、「あずきバー」そっくりのキャンドルまでつくった。

そんな戦略を担うのが井村屋のSNSチーム。見せてくれたのは、最近コラボした人気ゲーム『龍が如く 極3/龍が如く3外伝Dark Ties』。キャラクターが体力を回復するアイテムに「あずきバー」を登場させた。すると「あずきバー」の刀のような硬さを武器と考えるファンからは「なんで回復アイテムなんだ」といじるリアクションが返ってきた。

そんなやりとりからは新商品も生まれている。「すまん」は肉まんファンからの「具がない、ガワだけをつくって欲しい」という投稿に応え、商品化したという。

「お客さんに喜んでもらうのが一番、大切だと思うので」(SNSチーム・末松和佳)


そんな井村屋の商品開発部で活躍するのは多くの女性たち。自分たちも楽しみながらファンと対話する商品づくりが井村屋流なのだ。

2月下旬、井村屋の本社がある三重・津市に中島の思いが詰まった複合スイーツ店「イムラヤ スイーツ マルシェ ラッセリア」がオープンした。井村屋が育ててきた3つのブランド「菓子舗井村屋」「アンナミラーズ」「ラ・メゾン・ジュヴォー」が一堂に会した店だ。東京などにはあるが近隣になかった店を集め、地元のファンへ恩返しをするという。

その入り口には、中島がどの店でも大切にしてきたという客の声を集めるノートが置かれている。

「お客様からいただく、貴重な意見、これをもっと大事にせなあかんと。今どの店舗でも、やっています。非常に大事にしているんです」(中島)

人生を大きく変えた列車事故〜アルバイトから井村屋のトップに



1972年11月、教師を目指していた中島は、20歳の時に北陸トンネル列車火災事故に遭う。死者30人、負傷者714人の大きな惨事となった車内に中島がいた。

「私の前に5歳、3歳、2カ月の男の子とお母さんがボックス席で乗っていました。急にガーンと大きい音がして列車が止まり、火が1〜2メートルにまで来ていた。そのお母さんは5歳の子の手を私に握らせて、『長男だけでも助けて』と、パシッと頬を叩かれました。それで5歳の子を抱えて誰かが割った窓から飛び降りたのですが、トンネルは全長14キロぐらいあるし真っ暗で、飛び降りてすぐ意識不明になりました。3日間、生死をさまよい、なんで目が覚めたかというと、父と母が泣いていて、それが自分の頬に冷たい感覚になって。母は『親より先に死んではいけない』と、ずっと名前を呼んでいたそうです」(中島)

中島は意識が回復した後、親子4人が亡くなったことを知る。学校の先生になることを断念せざるを得ず、失意のなか家に閉じこもっていると、中島の父親から手紙が届いた。

「『辛い(つらい)』という字に横に1本足すと『幸せ』になる。『その1本を見つけていくのが君のこれからだ』と。それが自分の道を開くし、亡くなった4人への恩返しにもなる、と書いてありました」

そんな体験を乗り越え、23歳の時、求人が出ていた井村屋の福井営業所にアルバイトとして入社。その頃、結婚もするが、「ずっと働かせてくれ」というのが結婚の条件だった。

「一緒に乗っていた3人の子どもは将来もあるのに亡くなった。その分まで仕事をして、社会の中で恩返しをしていきたいと」(中島)

1978年、中島は25歳でアルバイトから正社員となり、必死で仕事に取り組んだ。そして50歳の時には最も売り上げの大きい首都圏を任される関東支店長にまで昇進する。

しかし強者の営業マンたちからは、「実力不足」「細かいことばかり言って東京の営業が分かっていない」という批判が。中島は部下たちからどうすれば信頼してもらえるのか悩み抜き、辞表を書いたこともあったという。

それでも仕事を頑張り抜いた中島。後に子どもたちからは、「一生懸命働いて生き生きしているお母さんが好き。僕らでできることは僕らでして、あまり余計な心配をかけないように不満は言わなかった」と言われたという。

子育て世代のお役立ちマップ〜穴場スポットからレア体験まで



鬼の口の滑り台がある東京・足立区の「舎人いきいき公園」。


カチカチ山のウサギとタヌキもダイナミックな遊具となって子どもたちを出迎えてくれる。

こんな穴場的な公園を見つけ出せるのが、今人気のサービス「iiba(いいば)」。マップ上に子どもと行くと楽しい公園や施設が掲載されている子育て世代向けのお出かけアプリだ。

「iiba」のヘビーユーザーだという親子がやってきたのは東京・荒川区の「カフェ子鉄(こてつ)」。店内にプラレールがそびえ立つ電車好きの子ども(子鉄)向けのカフェだ。

「iiba」に掲載されているお出かけスポットは全国で10万件以上。授乳室やオムツ台があるかなども調べることができる。

ちなみに「電車好きの子どもの食事スポット」で探すと東京・千代田区の「マクドナルド」秋葉原駅前店も出てきた。窓の外の目の前を山手線や新幹線などさまざまな車両が通過していくのだ。

さらに、普通は知ることができない「子連れに優しすぎる神的ラーメン屋さん」という情報まで。東京・新宿区のその「喜多方ラーメン坂内」新宿パークタワー店を訪ねてみると、確かに子ども連れの客が大勢いた。子ども用メニューから接客まで、とにかく子ども連れを歓迎してくれる店なのだ。

4年前の2022年に「iiba」を立ち上げたスタートアップは、社名も「いい場所を探せる」という意味のiiba。オフィスに子ども用スペースがあり、スタッフの子どもたちが遊んでいる。

「今産休に入っているメンバーも来てここで遊んだり、うちの子も夏休みとかに来てゲームしたり。いつでも子どもが来ていいんです」と言うのは、子育て真っ只中で「iiba」を生み出したiiba代表・逢澤奈菜(31)。創業わずか4年で口コミ数10万件を超える人気アプリを生み出した注目の起業家だ。


「iiba」の最大の特徴はユーザー同士がマップをつくり上げていく仕組みにある。

「投稿してピンを立てるのはママさんたち。『ここ良かった』とユーザーが思わなければ立ちません。投稿してもらうのも、全ての情報を調べて書く必要はありません。気軽に投稿してもらったら情報はiiba側が入れていきます」(逢澤)

投稿されたスポットの細かい情報をiiba側がAIなどを駆使して補足することで、情報の精度を上げているという。

「5年後に売上高150億円と事業計画に書いている。もっと上を狙っています」(逢澤)

「iiba」には魅力的なスポットがどんどん掲載されていく仕組みもある。

東京・池袋の「サンシャイン水族館」にやってきた親子のお目当ては、飼育員しか入れない巨大水槽の上からのプレミアムエサやり体験だ。

普段体験できない世界に夢中になっている子どもたちの様子を熱心に撮影する母親は、旅行系インフルエンサーのぐりぐらママさん。「『iiba』上に私のおすすめスポットをピンして自分のマップを公開しています」と言う。

iibaは全国400人の「おでかけインフルエンサー」と提携、子どもの楽しめるスポットを「iiba」で発信してもらっている。提携するインフルエンサーの総フォロワー数は560万人を超えている。


子育て世代に発信力を持つiibaには企業も目をつけている。

逢澤が訪ねたのは東京・品川区の「モスフードサービス」本社。今、「モスバーガー」では子連れに優しい店を増やす「こどモスプロジェクト」を展開している。

「こどモス」の店舗には絵本が置いてあったり、食べやすくハンバーガーを半分に切ってくれたりするサービスも。実施している店舗を「iiba」のマップ上で発信してもらっている。

子連れユーザーをがっちりつかむiibaには企業も熱い視線を送っている。

「取り組みの可能性が広がると思っています。これからが楽しみです」(「モスフードサービス」松浦来実さん)

「子育てのインフラになることをミッションに掲げていて、困った時に『iiba』を頼ればなんとか助けてくれる、と。子育て世代に必要なことは全部やるという気持ちでいます」(逢澤)

画期的アプリを生み出した〜大学時代の闘病と子育て



仕事が終わった逢澤は二人の子どもを育てる母親の顔に。子どもの相手もしながら家事をてきぱきとこなす。

逢沢が「iiba」の開発を思い立ったのは5年前。2人目の子どもが生まれた頃だ。子どもとの外出に便利な情報を集めたアプリというアイデアに、子どもを寝かしつけた後、ひとり取り組んだ。子育てアプリを待ち望む声が開発を支えたという。

「SNSを立ち上げて、どういうカテゴリーが欲しいか、何で困っているかなどのアンケートをとった。ユーザーがアプリ開発を支えてくれた感じです」(逢澤)


逢澤を突き動かす理由があった。それが大学生の時に突然襲われたギラン・バレー症候群。2カ月の間、集中治療室で生死をさまよった。

「死にたくないと思って、今からの人生は『やり残したな』と思うことを少しでも減らしたい。『やり切った』と思って死にたいというのが私の人生観にあります」(逢澤)

そして見舞いに来てくれる家族の存在に、「病気がもし治るのであれば、自分も子どもを産んで『家族を持ちたい』と思ったという。

逢澤は22歳で結婚。だが、いざ子どもができると、「赤ちゃんと家で二人きりで過ごして泣き声だけ聞いている時、『仕事もどうなるんだろう』と、社会から取り残されている感じがした」という。

「赤ちゃんを連れて外に出るのは勇気がいることですが、出ないと自分がダメになりそうでした。子どもと街に出て泣き喚いている時に授乳室を探すのは大変なので、あらかじめ家で調べて行きたいのですが、調べても情報が見つからない。『じゃあつくろうかな』と、アプリをつくり始めました」(逢澤)

企業や自治体から引っ張りだこ〜子育てアプリの可能性



大阪・守口市にあるトヨタの販売店「ネッツトヨタ大阪」守口店。制服を着た子どもたちが夢中になっているのはエンジニアのお仕事体験だ。


守口市が企業と組んで開催している公民連携イベントだが、参加者は「iiba」から応募した。iibaが守口市と連携し、その情報発信などをサポートしている。

「子育て世帯に情報提供することが難しかったです。子育て情報は紙の冊子を渡すという行政発信でしたが、手に取ってもらえないと情報発信できない。手元のスマホに情報が届くのはメリットだと思います」(守口市企画課・元永直宏さん)

今、iibaが自治体から引っ張りだことなっている。

「2025年だけで52ぐらいの自治体と連携したり、話をしたり。しょっちゅう自治体を回っています」(逢澤)

逢澤がこの日やってきたのは東京の豊島区役所。iibaと豊島区が発信したい子育て情報を連携させようというミーティングだ。

「自治体にはいい施策や手当、支援がたくさんありますが、それが届かないことが課題。ラストワンマイルが重要で、インフルエンサーはそこをつなげてくれます」(逢澤)

多くの子育て家庭とつながっているiibaが行政に注目されているのだ。

「地域の皆さんの声や活動を発信できると魅力を伝えられるのかなと。ぜひ連携していろいろやっていけたらと思います」(豊島区地域区民ひろば課長・小倉桂さん)

※価格は放送時の金額です。

〜村上龍の編集後記〜
二人とも20歳のときに、逢澤さんは重症のギラン・バレー症候群に、中島さんはトンネル事故に遭った。生死をさ迷う事態だった。煙と炎がまん延するトンネルで、「この子といっしょに逃げて」と母親から頼まれたが、果たせなかった。重症のギラン・バレー症候群は、自力では呼吸ができず、2カ月間ICUにいた。そんな中で、「母親になりたい」と思った。欲しかったサービスを作りはじめ、それが会社になった。中島さんは「夜間で勉強するので」と、経理のアルバイトからはじめた。二人とも、不思議な運命を背負っている。

<出演者略歴>
中島伸子(なかじま・のぶこ)1952年、新潟県生まれ。豊岡女子短期大学教育学部卒業。1978年、福井県の井村屋のアルバイトから正社員に。2019年、社長就任。現在は会長。
逢澤奈菜(あいざわ・なな)1994年、京都生まれ。2016年、同志社女子大学卒業後、リクルートなどを経て、2022年、iiba設立。

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