看護師と性風俗店の二足のわらじで「月収100万円弱」虐待を経験した30歳女性が働く理由
◆父の暴力で手首の骨折したことも…
穏やかな語り口が印象に残る女性だ。凄絶な過去とは結びつかないほどおっとりと話す。
ゆまさんが高校受験をする少し前の一場面だ。下に2人いる妹は年が離れており、自らが盾になることで両親の諍いを止めようとした。もともと激昂すると手が付けられない父親と、その父親によく似た気性の母親。「私が中学校入学くらいから、徐々に険悪になった」という両親の関係性は、当時すでにお互いにパートナーがいるほど冷え切っていた。ゆまさんは母親から「交際している男性がいる」と告げられ、「どうリアクションをすればいいのかわからなかった」と苦笑いをする。
「父は自分も不倫をしていたのに、なぜか母にパートナーがいることが許せず、その日は暴力をふるいました。結果として警察沙汰に発展し、父が警察で一時保護されている間に、母と私たち姉妹は夜逃げ同然で家をでたんです」
◆夜逃げ後の過酷な生活
その日から女性4人での暮らしが始まった。男性の暴力に怯えなくて済む生活。しかし、それは必ずしも穏やかなものではなかった。
「両親は親権をめぐって2年近く調停で争ったと記憶しています。父がいた頃から、『同級生よりも物を買ってもらえるスピードが遅いなぁ』とは感じていましたが、母と私たち姉妹だけの暮らしになると、電気ガス水道が頻繁に止まる生活になってしまいました。
そればかりか、親権を勝ち取った母は、家に帰らないこともしばしばあったんです。たまに帰宅したかと思えば殴る、蹴る……タバコの吸殻を投げつけられたりもしました。もともと怒ると手が出るタイプの人で、小さいとき、宿題をやらないなどの理由で外に締め出されたりもしていました」
ライフラインを止められてしまうほど荒れた生活ぶりともなれば、当然食事もまともにはありつけない。
「高校時代は、朝ご飯と夜ご飯が出てくれば『ラッキー』という感覚でした。冷蔵庫に食材があれば、私が妹たちの分まで作るのですが、そんな日ばかりでもなく……。高校は私立に進学して片親世帯に適用される奨学金をもらいながら通っていました。お昼はお弁当でしたが、当然そんな状態なので、事情を知ってくれている友人のお母さんが余分に作ってくれたりして、ありがたかったですね」
◆児相への相談と施設の記憶
家庭環境に不安を抱えている生徒がいる――その噂はすぐに保護者たちの知るところとなった。結局、保護者を介した友人からの紹介で、ゆまさんは児童相談所に相談に行くことになった。
「当時はわからなかったのですが、面談の対応をしてくれたのは社会福祉士の方だと思います。家庭の状況などを詳しく聞かせてほしいということで、丁寧にヒヤリングをしてくれました。その後、家庭にも来てくれて、母と面談をしていたと思います」
当然、母親は烈火のごとく怒った。
「面談が終わってスタッフさんが帰宅したあと、『なぜチクったんだ』と言って殴られました。母からすれば、私は裏切り者だったのでしょう。その後も数回、スタッフさんが来てくれて、話し合いをしていたように記憶していますが、いわゆる“改善の余地なし”ということで介入する事態になりました」
