蓮佛美沙子は“妻役”がうまい 『ばけばけ』『天外者』『ひらやすみ』などで示す存在感
映画やドラマというものは、優れた演技者がひとりいれば成立するものではない。さまざまな個性を持った俳優たちが、ひとつの作品のもとに集まり、共闘する。その結果として、「名作」は誕生するものだ。
参考:蓮佛美沙子「愛情深さやユーモアのバランスが本当に大好き」 『ばけばけ』出演の喜びを語る
放送中の朝ドラ『ばけばけ』(NHK総合)は、いずれ「名作」として語られる作品だろう。いや、現時点ですでに「傑作」だと確信している視聴者は少なくないのではないか。私もそのひとりだ。ヒロイン・松野トキを演じる髙石あかりを中心に、本作にはたしかな力を持ったユニークな演技者たちが揃っている。ここではそのうちのひとりである、蓮佛美沙子の存在にフォーカスしてみたい。
小泉八雲とその妻・セツをモデルにした物語を描く本作は、その舞台を島根の松江から熊本へ。トキと夫のヘブン(トミー・バストウ)の日常は安定してきたかに思えたが、ここでトキと私たちの心をざわつかせた事態が発生。ヘブンが他の国でも滞在記を書くべく、単身でのフィリピン行きを決めてしまったのだ。
このような新たなドラマの展開を支えているのが、蓮佛の存在。彼女が演じるランは、ヘブンの同僚であるロバート(ジョー・トレメイン)の妻だ。聡明で謙虚な人物で、それでいて「怪談」を「階段」と勘違いしてしまうようなところもある。英語もできる彼女は、トキの憧れの対象だ。そんな彼女の存在が、トキとヘブンの間に溝を作ってしまったのだった。
ランとロバートのやり取りは英語であり、彼女はヘブンとも英語で言葉を交わすことができる。蓮佛の英語によるセリフ回しは流麗だ。言葉の強度と発音の美しさで、ランとロバートたちとの関係性を示してみせる。トキは英語ができないから、孤独感を抱かずにはいられないだろう。広い世界に出て行こうとするヘブンに対して、「自分が引き止めるわけにはいかない」と思ってしまってもしかたがない。
それにランはヘブンに対し、もしも夫が自分の元を離れていくことになったならば、「旦那の生きたい道を、選んでほしいと思います」と伝えた。トキを残してフィリピンに行くのを迷う彼の背中を、ランは押したのだ。それも本心とは裏腹に。
このシーンで蓮佛はランという人間のコアをのぞかせ、彼女がどういう覚悟を持ってこれまで歩んできたのか、その人生を垣間見せた。明治の社会が求めていた“妻像”を蓮佛は立ち上げ、これによってトキのキャラクターは、そしてトキとヘブンの関係は、より特別なものとして際立つこととなった。ふたりがいまどんな関係にあるのかはご存知のとおり。そう、蓮佛美沙子は第22週「アタラシ、ノ、ジンセイ。」の立役者なのだ。
■『天外者』ではあの三浦春馬の妻役を好演した蓮佛美沙子 そんな演技者である彼女は、今年で俳優生活20周年を迎えた。市川崑監督の『犬神家の一族』(2006年)でデビューを果たし、大林宣彦監督の『転校生 -さよなら あなた-』(2007年)で初主演(奇しくもどちらも巨匠によるセルフリメイク作だ)。以降、数多くの「名作」の誕生に貢献してきた。
初主演作で学生役を演じていただけに、いまだにあの印象が強く残っている。けれどもあれから20年ほどが経ち、いまでは『ばけばけ』のランのように、誰かの妻を演じることが多くなった。『天外者』(2020年)ではあの五代友厚(三浦春馬)の妻を好演し、俳優の斎藤工が“齊藤工”の名義で手がけたホラー映画『スイート・マイホーム』(2023年)でも主人公(窪田正孝)の妻を演じていた。直近の作品でいえば、「傑作」との呼び声も高い『ひらやすみ』(2025年/NHK総合)もそうだ。蓮佛が演じる野口サキと夫のヒデキ(吉村界人)の何気ないやり取りは、このふたりの関係性と状態を端的に示し、短いシーンながらも作品に奥行きと深さをもたらしていた。
こうして振り返ってみると、蓮佛が立ち上げてきた“妻像”は多種多様。そしていずれもが、誰かの添え物のような役割に収まることなく、彼女の演じる存在こそがドラマを生み出している(何者かの添え物のようなキャラクターが存在するのは、演じ手ではなく作り手の問題だと念のため付記しておきたい)。
松田龍平が主演を務める『連続ドラマW 鵜頭川村事件』(2022年/WOWOW)はその最たるものだ。とある村を舞台に、蓮佛が演じる岩森仁美が失踪。夫の岩森明(松田龍平)は彼女を捜す中、この村の暗部に足を踏み入れていくこととなる。まさに、蓮佛がドラマの中心に立っているわけだ。しかも蓮佛は仁美だけでなく、彼女の双子の妹である矢萩有美も一人二役で演じ抜いている。
作品によっては配信で視聴可能だから、ぜひこの機会に触れてみてほしい。そして3月10日からはじまる舞台『ジン・ロック・ライム』で蓮佛が担うのも、ここまで記してきたものの系譜に連なる役どころらしい。これは是が非でも行かねばならない。(文=折田侑駿)
