車なしでは生きられない…地方生活20年で限界を感じた73歳夫婦が選んだ「やはり東京」という結論
高齢期に入ると、医療アクセスや交通手段の確保が生活の質を左右します。国土交通省『令和5年度 高齢社会に関する意識調査(高齢期の住み替えについて)』では、住み替えを検討する理由として「生活利便性の確保」「医療・介護への不安」が上位に挙げられています。また総務省統計でも、地方部ほど自動車依存度が高く、高齢者の移動手段の確保が課題とされています。地方での暮らしが長くなるほど、身体機能の変化と生活インフラのギャップが顕在化していきます。
地方での暮らし「車があるから大丈夫」と思っていたが…
「老後はのんびり暮らしたいね」
20年前、当時53歳だった小山さん夫妻(仮名)は、東京郊外の戸建てを売却し、夫の出身県に近い地方都市へ移住しました。駅から車で15分ほどの住宅地に中古戸建を購入。庭付きで、価格は都内の半分以下でした。
「車さえあれば生活はできる。そう思っていました」
実際、60代のうちまで不自由はさほどありませんでした。スーパー、病院、ホームセンター、すべて車で10〜20分圏内。地域コミュニティにも溶け込み、畑や地域行事を楽しむ生活を送っていました。
変化が出始めたのは70歳を過ぎてからです。夫の膝痛、妻の白内障、夜間運転の不安--身体機能の低下が重なります。
「夜は見えにくい。雨の日は怖い」
運転範囲は徐々に昼間だけになり、やがて妻は運転をやめました。夫も長距離を避けるようになります。
地方では高齢者の移動の多くが自家用車に依存しています。国土交通省の地域交通に関する調査でも、地方部の高齢者の主な移動手段は自動車が多数を占め、公共交通は限定的とされています。
「車が使えなくなると、生活が一気に縮む」
小山さんはそう実感しました。
最も深刻だったのは医療アクセスでした。総合病院は車で40分。専門科はさらに遠い市にしかありません。
「通院の日は朝から予定を空ける必要がありました」
夫婦どちらかが受診すると、もう一人が運転と付き添いを担います。体調が悪い日に長距離運転をする負担は想像以上でした。
国土交通省の高齢者の住環境調査でも、医療機関への距離は高齢期の住み替え理由の主要因とされています。
「もうここでは暮らしていけない」東京への帰還を決めたワケ
73歳になった頃、夫は「いつまで運転できるかな」と口にするようになりました。地方では免許返納後の生活維持が難しいため決断は容易ではありませんが、認知機能検査や事故不安から高齢の返納者は増えています。小山さん夫妻も「返納したら生活できないが、続けるのも不安」という板挟みの状態にありました。
その迷いを現実の問題として突きつけたのが、夫の軽い転倒でした。骨折は免れたものの運転を控える期間が生じ、買い物は宅配、通院はタクシーに頼る生活になります。
費用はかさみ、移動の自由も失われる中で、妻は「車がなければ生活が成立しない」「ここでは老後を最後まで過ごせない」とはっきり感じるようになりました。
夫妻は将来を具体的に検討しました。免許返納後の移動手段、通院距離、将来の介護、日常の買い物環境--いずれも現在の住環境では不安が残ります。
検討を重ねた末に出た結論は都市部への住み替えでした。息子夫婦が近くにいるわけではありませんが、公共交通と医療アクセスを優先すると、最終的に「東京へ戻る」という選択になったのです。
現在、夫妻は都内近郊の駅徒歩圏のマンションで暮らしています。車は手放しましたが、スーパーや内科、薬局、銀行が徒歩圏にそろい、電車で大病院にも通えます。地方では外出は運転が前提でしたが、いまは歩くか公共交通で完結するため、外出そのものの心理的負担が消えました。この違いは高齢期の生活にとって決定的でした。
小山さんは「地方生活は幸せでした」と振り返ります。自然や近所付き合いなど得たものは多く、後悔はないといいます。ただし「70代以降は生活の条件が変わる」という実感が、今回の住み替えの核心でした。
高齢期の住まいは現在の快適さだけでなく、将来の機能低下を前提に考える必要があります。運転ができなくなった場合、通院頻度が増えた場合、買い物能力が低下した場合--こうした変化を想定していない住環境は、ある時点で急に維持困難になります。
小山さん夫妻が20年の地方生活を経て都市へ戻った選択は、そうした変化に合わせて住まいを更新した結果だったといえるでしょう。
