【独占取材】「立憲は消えた」原口一博が語る“公明合流”への反発と、新党結成10日間の舞台裏
衆院の冒頭解散を睨み、1月16日、立憲は突如として公明党と新党・中道改革連合(以下、中道)を結成する。大義なき野合に猛反発した原口氏は、2年前に立ち上げた政治団体・ゆうこく連合の政党化に奔走する。だが、立憲に離党届を出した20日、ゆうこくに合流が見込まれた議員は中道に入党。衆院解散前日の22日には、チームみらいに合流を呼びかけるも不発。 ところが24日にかつての盟友・河村たかし前衆院議員と電撃的に合流を果たし、新党「減税日本・ゆうこく連合」の結成に漕ぎ着けた。翌25日、熱気冷めやらぬ原口氏が、2月3日発売の週刊SPA!インタビューに応じた。政界を知り尽くすジャーナリスト・上杉隆氏が核心に迫る。
原口 「尖閣諸島開拓の日」記念式典に出席した石垣島から帰ってきたら、立憲民主党はなくなっていた……。新党結成を問う両院議員総会に参加できないまま、野田佳彦代表への一任が決る。愚かなことをやったものです。党名に「立憲」と掲げながら、民主主義の根幹である手続きを無視した挙げ句、新党入りした立憲の議員は、議席を与えてくれた民意を裏切ったのです。
――中道の比例名簿1位は公明党出身議員が独占し、当選を約束されたも同然です。一方、元立憲の議員は1〜2万票といわれる創価学会票を味方に、小選挙区を戦うことになるが、学会の内部文書には「比例区は中道 小選挙区は原則として中道の候補」と記されていた。
原口 元立憲の議員は、比例区での当選も復活もほぼムリでしょう。選挙の当選を目当てに新党に参加したのに、絶望の選挙戦になる。かつての立憲支持層はすでに大きく離れており、中道は壊滅的敗北を喫する可能性さえある。野田代表は民主党政権の首相だった’12年にも同じ過ちを犯し、自民党に政権を明け渡した。今回も、野田代表は立憲を“売党”して、公明党に譲り渡したに等しい。
――政局のキーパーソンである高市早苗首相を始め、野田佳彦、斉藤鉄夫(中道共同代表)、そして原口一博、河村たかし(減税日本・ゆうこく連合共同代表)は、いずれも’94年に結党した新進党のメンバー。当時と比べて、公明党のスタンスに変化は?
原口 まったく違う。最大の変化は安全保障。当時、公明党は平和の党で、護憲政党だったのに、今回の新党結成では、立憲の掲げる「安保法制の違憲部分廃止」を取り上げた格好です。原発政策も稼働容認に踏み込んでいる。昔なら絶対反対していたのに、そうしなくなった。当時も今も僕は保守で右だけど、急速に右傾化した公明党に追い越されました(苦笑)。
◆党派性ゼロ・人柄重視。他党議員との意外な接点
――原口さんは、自民党から国政に立候補するも落選。新生党を経て、新進党議員として国政入りし、民主党や国民民主党、立憲、そして、減税日本・ゆうこく連合と8つの政党を渡り歩いたからか、党派性を感じさせません。
原口 ’16年に指定難病の骨形成不全症であると公表すると、当時、潰瘍性大腸炎を患っていた安倍晋三首相が「政治家として難病を告白するのは難しい決断ですが、多くの人たちを勇気づけられます」と、野党の一議員の僕にメッセージを送ってくれたんです。感激しましたよ。ただ、難病を抱えての選挙戦は最悪で、敵陣営が「難病で世話をされている原口が、国会議員になっても人の世話なんてできない」と笑うんです。それを聞いた野田聖子さん(自民党衆院議員)が怒って、「一博、負けるんじゃないよ!」「その陣営に応援に呼ばれたけど、一博に謝らなければ行かない、って言ったから」って。ありがたいですね。ちょっと荒っぽいけど(笑)。自民党に限らず、僕は人柄で付き合うし、党派で動いたりしません。
