新防衛大臣として初の記者会見に臨む岸信夫氏(9月17日、写真:AP/アフロ)


 筆者は改造直前に、防衛大臣の資格を問うた。

(「新内閣の防衛大臣にはどんな人物がふさわしいか」https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/62081)。

 中曽根康弘氏が将来の首相候補は防衛大臣経験者がふさわしいと述べたことにも言及した。

 そこで、今回の組閣で新たに任命された防衛大臣がその職責にふさわしいか否かを答える義務があろう。

 資質としては、かつて防衛大臣を務めた小池百合子都知事や石破茂元幹事長などの言行を一つの基準として取り上げた。

 今回の組閣で防衛大臣に就任したのは、自己顕示のパフォーマンスをせず知名度もさほど高くなかった岸信夫氏である。

 しかし、この人事には、予想される波乱含みの国際社会に向き合う菅義偉新首相の思いが凝縮されているようだ。

 菅氏が自民党総裁に選ばれた夕刻に早くも二階俊博幹事長の「続投」が報じられた。

 二階派が中心となる形で菅氏の総裁選優位をつくっていった経緯から、続投は十分考えられていた。

 二階氏の親中姿勢はよく知られており、続投に欣喜雀躍して「快哉」と叫んだのは中国であったに違いない。

 菅氏は総裁選に出馬の意思を固めた直後の産経新聞の単独インタビューで憲法改正に関しては必要だというのが多くの国民の声であるから「環境整備をしていきたい」と答えた。

 これに対し、中国の習近平主席の国賓来日については新型コロナウイルス対策を最優先でやっているので「日程調整のプロセスに入ることは慎重にと思っている」と述べ、中止もありうるという含みを持たせていたので、中国には二階氏の幹事長再任が天恵に思えても不思議ではなかったであろう。

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親台派の実弟登場

 しかし、菅首相が強かさをみせたのは防衛大臣に安倍晋三前首相の実弟ではあるが台湾と大いに関係してきた岸氏を登用したことである。

 岸氏は住友商事に就職し商社マンとして世界を飛び回り、国際社会の実情を熟知して政治の世界に入っている。

 安倍晋三氏が政界に入るのに賛成しなかったというのは、実務に実直で政治家としてのパフォーマンスに欠けることを知っていたからではなかろうか。

 岸氏のオフィシャルサイトには次のような文章がある。

農業・食料問題や貿易、途上国支援、外交・防衛など1期目の幅広い議員活動を支えたのは、商社勤務の経験でした。食料の安定供給確保のために、世界中を駆けめぐり汗を流した21年間。地平線まで続く小麦畑に沈む太陽や、急勾配の棚田に映る月。激変する相場と戦いながらの商談、アフリカの奥地で援助物資の輸送を完了したときの相手の笑顔。メコンデルタで現地の若者と交わした国づくり談義。正直にまっすぐに、誠を尽くしてきたこと、すべてが自分の「今」、そして「これから」に生きています

 一旦政治の世界に飛び込むと、商社マンであったことが有効に機能したことが分かる。

 兄は首相として地球儀外交をやったが、弟は商社マンとして地球を歩き回り世界の国々のあり様をじっくり観察していたのだ。

 岸家・安倍家の血筋にありながら商社で20余年も仕事をするというのは政治家への野心が見られなかったからであろう。

 しかし、一旦政界に入ると、農水関係や外交・安全保障関係に重きを置き、防衛大臣政務官や外務副大臣として政務を経験し、自民党では国会対策委員会筆頭副委員長をやり、また外務委員長や安全保障委員長なども歴任している。

 何といっても異色なのは台湾との関係が深いことである。

冷や水を浴びせられた中国

 首相指名後の組閣で注目されていたのが、縦割り行政の弊害から普通でないことが横行している、コロナ対策でデジタルの遅れが明確になったと強調していたことから、行政・規制改革担当とデジタル推進担当であった。

 行革・規制改革担当大臣には国民受けするパフォーマンスで、首相を狙う河野太郎防衛大臣を横滑りさせ、デジタル庁新設を目指す大臣には自民党きってのデジタル通として知られた平井卓也氏を充てた。

 まさしく任務遂行型の人事配置である。

 そして、河野氏の後任に岸信夫氏をもってきた妙味は、官房長官として長年高級官僚の人事を見渡してきたと同時に、政治家の人となりもみてきた力量発揮という以外にない。

 前首相が果たせなかった憲法改正や国賓来日問題の核心にも関わるポストの大臣に実弟を据えたことは、菅首相なりに思考を巡らした一念注入の人事ではなかったか。

 日米、日中、米中、香港情勢、尖閣諸島への中国艦船の侵入など、日本が直面する内外情勢を十分に見定めた上、ある意味で政権運営の重点を暗示したのが防衛大臣ではないだろうか。

 岸氏紹介で朝日新聞は、大手総合商社に約20年間勤め、主要穀物の輸入とエネルギーの海外依存を目の当たりにし国際関係の重要性を学んだとしているが、産経新聞は外務副大臣や衆院安全保障委員長などを歴任し、篤実な人柄と血筋から将来の首相候補との声もあるが、初入閣を機に飛躍できるかとしている。

 留保付きではあるが「首相候補の声」があるとしたのだ。

 産経紙の評価通り、篤実な人柄で自己顕示欲がないことから、氏についての報道はこれまでのマスコミではあまり見られなかった。

 しかし、政治家になって以降の岸氏は着実に国民の審判を受けており、今回の防衛大臣任命も異なことではなさそうだ。

 ただ、この人事で飛び上がるほど驚いたのは中国に違いない。

 靖国神社には慰霊で何回も参拝しているし、中国が自国の一部と称する台湾を国会議員の親台団体である「日華議員懇談会」の幹事長として訪問し、蔡英文総統にも総統就任前と後に面会もしているからである。

 今回の組閣では新味がない、安倍亜流などの批評が多く見られたが、そもそも安倍政権を8年近くも支えた張本人で、安倍政権の成果を継承すると公言していたわけで、批判は当たらない。

 そうした中で、目玉にしたい行政改革では河野氏の力量を見込んで横滑りさせたわけで、縦割り行政の弊害除去という具体的な成果が問われている。

 同時にデジタル庁の新設で21世紀の新しい社会環境に適応する日本を創り出すことを明示した。当然のことながら、既得権益に敏感な各省庁の反対が予想される。

 そこで、首相自ら各省庁の事務次官を一堂に集め、縦割りの弊害除去への突貫工事を明言し、競争させるようにした。

 人事権を持つ後任の官房長官とタイアップしていることは言うまでもない。

台湾はシーレーン維持の生命線

 日本の安全(特にエネルギー輸送)が台湾の存在に絡み合っていることは、南シナ海をシーレーンにしている地政学上から言うまでもない。

 ひとたび台湾が価値観を異にする共産中国に併呑された暁には、台湾海峡はおろかバシー海峡さえも安全なシーレーンではなくなるに違いない。

 それ以上に、日本の領土である尖閣諸島の維持が困難となり、東シナ海、そして沖縄さえもが中国の勢力圏に組み込まれかねない。

 台湾が普遍的価値観を共有し続けることは日本の安全に直結しており、いかに重要であるかが分かる。

 その台湾に通じた岸氏が防衛大臣に任命された意味は大きい。政官界の人事を見てきた菅新首相のヒット、いやホームランである。

 岸防衛大臣は16日の就任会見で、「今月11日に発表された(安倍)総理大臣の談話や菅総理大臣の指示を踏まえ、憲法の範囲内で国際法を順守し、専守防衛の考えのもとで厳しい安全保障環境において、平和と安全を守り抜く方策を検討していきたいと思います」と述べた。

 この中の総理談話では「迎撃能力を向上させるだけで本当に国民の命と平和な暮らしを守り抜くことができるのか。そういった問題意識の下、抑止力を強化するため、ミサイル阻止に関する安全保障政策の新たな方針を検討してまいりました。今年末までに、あるべき方策を示し、わが国を取り巻く厳しい安全保障環境に対応していくことといたします」とまで述べた。

 去りゆく首相が退任を前に約束したのだ。

 日本人的抑制表現から口外はしないが永遠の難敵が中国であることに変わりはない。そこに親台の岸氏が任命されたのには、大きな政治的意味が内包されており、想定外の何かが展開されるかもしれないとみるのは穿ちすぎであろうか。

世界が歓迎しない人物を礼砲で迎える矛盾

 ともあれ、コロナは落ち着きつつあるが、史上かつてないほど落ち込んだ経済の再生は容易ではない。

 そうした中で、習近平主席の国賓来日をどうして歓迎する気になれるだろうか。

 戦略に長けた中国は日本を梃子に突破口を開きたいと画策しているであろうが、その前に世界が中国の態度変革を求めていることを悟ってもらわなければならない。

 中国が国際法や約束を守らないことは南シナ海の領有権否定判決を「紙屑」と言ったことや、対米約束に対するペンス副大統領の演説、さらには香港への一国二制度適用の否定、一帯一路での契約相手国の撤退などから明らかである。

 豪州では資金をばらまいて共産主義の浸透工作を行ってきた実態が暴露されている。

 このように世界中が注視している中で、人権や約束・法を無視する人物を国賓として迎える阿呆、尖閣や沖縄を占領する意思を持つ元首を喜んで受け入れる能天気、世界の国々(人々)を人類運命共同体と称して奴隷にしようと画策している人物に敬意を表する愚昧な日本(人)となっていいはずがない。

 防衛省・自衛隊は国家防衛の正面に立つ一方で、国賓を礼砲で迎える友情・友好の正面にも立つ。

 日本の同盟国や友好国は自由、民主、人権、法の支配、さらには国家主権を至高とする価値観を共有している。

 その価値観を弊履のごとく踏みにじる中国の日本接近は、過去の例から見ても真の友情ではなく、日米間に楔を打ち込もうとする陰謀でしかない。

 そうした諸々を見越したうえで、安倍首相(当時)は習近平をあえて国賓として迎える決心した。

 前首相が訪中して国賓として招待したのは、コロナは言うに及ばず、香港問題もさほど深刻でなかったときであった。

 前首相は習主席および李克強首相との首脳会談で語った心境を「国賓としてお招きするということは、両国が地域の平和と安定に責任を持っている、また責任を持つべきだという認識を共有する機会とするわけですから、われわれも努力をしますが、中国側にもその努力をしていただきたい」と述べている(聞き手:田久保忠衛・櫻井よしこ「安倍晋三首相 中国への決意」、『正論』令和2年2月号所収)。

 この時点では、日本の近隣国の中国が価値観を共有する国となり、世界の共存共栄に寄与する国家になってもらいたいという強い願望を首相が抱き、その任を果たせるのは地球儀外交をやってきた「自分」ならできるという自負から、竜馬や海舟の心境にあったかもしれない。

 前首相には中国が約束を守る国に一歩でも近づいてほしい、さもなければ米中衝突の破局しかない、世界が見放す中で日本が手を差し伸べる意味を中国に分からせたいという意識が強く感じられる。

 首脳会談の重みを知り尽くした首相が中国首脳に念押ししたい、それも国賓、天皇拝謁という至高で最後の切り札を使って「約束実行を迫る」というのであろう。

 その後、新型コロナウイルスが発生し、世界が未曽有の混乱と恐怖に打ちのめさせられた。

 常識と理性と責任ある国家であるならば、危険性をいち早く内外に公表し、予防と撲滅に世界の英知を結集させるべきであるが、中国は全く世界が受け入れられない方向に走った。

 しかも、WHO(世界保健機関)をも取り込み、自国の覇権戦略のために好条件を創り出し、あまつさえ発生源の転嫁さえ図っている。

 ここに至って、安倍前首相の「約束実行を迫る」という期待は微塵に打ち砕かれ、米国の難詰通りの国家でしかないことを国際社会に見せつけたた。

 前提条件がすっかり変わってしまったのだ。

 菅新首相が総裁選への出馬を決めたときの「日程調整は慎重に」という含意は、「白紙に戻す」という意味にとるしかあるまい。

 防衛副大臣に自民党外交部会長として国賓訪日中止を求める決議案をまとめた中山泰秀衆議院議員が就任したことも、新内閣における平仄の一致であろう。

おわりに

 国賓となれば、言うまでもなく天皇との会見が設定され、また返礼としての天皇訪中が持ち上がってくる。

 しかし、中国は平成天皇の中国訪問を天安門事件後の状況改善に政治的に利用したことを明らかにしている。

 陛下(現上皇)もそのことを感じ取られ、訪中から何年もたったある時、側近に「私の中国訪問はよかったのだろうか」と胸中を吐露されている。

 いままた、その轍を踏んではならない。

 共産主義思想で固めた中国の意思は鉄よりも固い。自己責任を認めて運命共同体を心から願っているのではないことも判明した。

 そうした諸々を受けての菅氏の閣僚任命であろう。よもや日本の中から「国賓来日」などを言い出すものはないであろうが、あれば令和の「不忠第一号」である。

 1年後には総裁選と総選挙を迎える首相は、非常に限られた時間の中で成果を出さなければならない立場に置かれている。

 この短い期間、途中で解散を意図すれば数か月で改革への堅実性、経済の回復を国民に示さなければ、国民の信は得られない。国賓云々が言の葉に上がる余裕などはない。

筆者:森 清勇