「年収の壁引き上げ」も「異次元の少子化対策」も失敗だった…国民会議の最重要資料「翁カーブ」が暴いた日本の格差
「食料品の消費税ゼロ」や「給付付き税額控除」を議論する超党派の社会保障国民会議。そこで提起された「翁カーブ」をご存知だろうか。日本総合研究所シニアフェローの翁百合氏が2023年に発表したレポートに掲載されたグラフで、国民会議が始まったタイミングで議論の出発点として新聞でも取り上げられた。
資料には、与野党の“政策の失敗”という不都合な真実が刻まれている。票目当てのポピュリズム政治の危うさが浮き彫りになっているのだ。
年収300万〜400万円の水準にかけて負担率が上昇
今話し合われている「給付付き税額控除」は、就職氷河期世代の非正規雇用者や、短時間の仕事をかき集めて糊口をしのぐギグワーカーなど、雇用のセーフティネットからこぼれ落ちた現役世代への支援策だ。
給付付き税額控除を高い精度で実現しようとすると、国民の所得や一部資産の把握が必要になり、そのシステム構築だけで何年もかかる。そこで、物価高対応を急げとばかりに、「税額控除」は後回しにして、「給付」一本に絞ったシンプルな制度をひとまずスタートさせる方向で議論が収斂しつつある。その最初の議論の入り口として関係者に共有されたのが翁カーブだった。
しかし、「ただの参考文献の一つ」として通り過ぎるにはもったいない内容が含まれている。注目すべきは所得階層ごとの負担率だ。階層ごとに税と社会保険料の合計から児童手当など給付を引き、年収で割って算出する。
OECD(経済協力機構)平均では、所得階層が低い方から高い方に向かってなめらかな曲線で負担率が上がっていく。それに対して、日本では年収300万〜400万円の水準にかけて負担率がぐっと上昇し、それより上は、あまり上がらずフラットになる。
生活保護受給基準を少し上回った階層でOECD平均との間にギャップができている。子育て中の共働き世帯で比べると日本は子育て中の親に対する負担軽減策が手薄で、とくに低所得の人が厳しい負担を強いられている。
貧乏人に厳しく、金持ちに優しい、アンフェアな構図
また、平均年収を2、3割超えたあたりでOECD平均の曲線と逆転し、日本の高所得者層は負担が軽くなっていることも見逃せない(後者については後編記事で触れる)。
OECD平均の曲線と翁カーブ(日本の現状)の間には、大きな「スキ間」が存在するのだ。
総じて貧乏人に厳しく、金持ちに優しい、アンフェアな構図になっている。これに新聞が騒がないのが不思議だが、この構図が放置されてきたこと自体がスキャンダルであって、’23年に翁氏が公表したリポートに、「負担と給付の公正性は担保されているか」と厳しいタイトルを付けたのもむべなるかなである。
実は、自民党の政権中枢がこの不都合な真実に光を当てたのは最近のことだ。’25年10月の党総裁選で林芳正氏(当時は官房長官、現・総務相)が、「日本版ユニバーサルクレジット」なる政策を掲げ、その政策の提案理由として使ったのが翁カーブだった。
「ユニバーサルクレジット」は、英国版の給付付き税額控除である。あえて分かりづらい横文字の言葉をつかったのは、自民党きっての政策通を任じる林氏をして、民主党色が強い「給付付き――」の語を掲げるのはプライドが許さなかったのかもしれない。
ただ、ポイントは、安倍・菅・岸田政権で要職を担ってきた林氏が、「日本は厚く低中所得者対策をやっていると、私も思っていたのですが」と前置きつつ、そうではない日本の現状を認めていたことだ(YouTube「林芳正チャンネル」’25年9月27日公開)。
その後に発足した高市政権では、国民会議下の有識者会議の初会合(3月24日)で、事務局が翁氏と同様の試算(いわば「政府版の翁カーブ」)を出し、政府として翁氏の指摘を認めている。この点について財務省官僚も「税を扱う財務省・総務省、年金・健康保険料を扱う厚労省の間で縦割りになっていた」と語る。
岸田政権や国民民主党の政策を検証すると…
本来なら霞が関を見渡して総合調整をするのが政治であり、官邸の役割だ。各省の政策の間で「合成の誤謬」が起きていたのだとすれば、翁カーブのスキ間は、「政策の失敗」の証拠といえる。
’00年以降の年金保険料の引き上げ(’17年度まで)など現役世代が引き受ける社会保険料負担が高められてきた一方、経済弱者のリスクに目配りができていなかった。そこにコロナ後のインフレが直撃した。アベノミクス以来の経済政策の失敗ではないか。
アベノミクスの後継を任じる高市内閣だけの話ではない。3月24日の有識者会議で翁氏は、基礎データをアップデートした「新・翁カーブ」を公表しているが、ここでは最近の政策を加味している。
重要な政策変更は2つあり、1つは’24年10月から岸田文雄政権が「次元の異なる少子化対策」と称して実施した児童手当の大幅な拡充、もう1つは、国民民主党・玉木雄一郎氏の「手取りを増やす」の主張を織り込んだ「所得税の課税最低限の引き上げ(年収の壁引き上げ)」だ。
ただ、これらを加味しても翁カーブのスキ間は、ほとんど縮小していない。岸田氏、玉木氏の対策はいずれも焦点のぼやけたバラマキ色が濃く、本当に支援するべき人々に手を差し伸べる政策にはならず、現役応援の帰結として、出生率の反転にもつながらなかった。
選挙目当てのわかりやすいキャンペーンだったが、いずれも「もったいないお金の使い方になった」という意味では共通していたと言わざるをえない。
翁カーブが指摘した失策の反省を踏まえれば、的外れのバラマキはもう許されない。論点潰しで打ち出した高市首相の食料品消費税ゼロが、イラン戦争で拍車のかかった物価高の局面でも本当に有効なのか、あらためて吟味する必要もある。
後編記事『「貧乏人に厳しく、金持ちに優しい」日本の税と社会保障制度…改革急ぐ「財政再建派」を高市ブレーンが牽制する理由』へ続く。
【つづきを読む】「貧乏人に厳しく、金持ちに優しい」日本の税と社会保障制度…改革急ぐ「財政再建派」を高市ブレーンが牽制する理由
