妻を抱こうとした、でもできなかった…ある日「妊娠しちゃった」と告げられて それでも「僕が彼女を裏切った」と56歳男性が悔やむ理由
【前後編の後編/前編を読む】天使のような母をブチギレさせた「DV父」の僕への一言 再婚に反対したときも怖かった…「もとはこういう人だったんだ」
河村友満さん(56歳・仮名=以下同)は、高校受験に失敗したとき、父から「できそこない」と罵られた。“天使のように優しい”母はその言葉に激怒し、両親は離婚。やがて姉は就職で遠方へ移り、友満さんが20歳のとき、母から再婚の意思を告げられた。友満さんを諭すその迫力は、彼の知る母とは別人のようで「怖かった」という。かねてより自分は同性が好きかもしれないと考えていた友満さんは、母の再婚相手に恋に似た感情を抱いてしまう。揺れる気持ちを封じこめるように、彼は就職した航空関連企業での仕事に没頭していった。

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社会人になってから仕事は楽しかったが、相変わらず自分自身については中途半端でモヤモヤした気持ちを抱えていた。30歳前後で結婚していく同期を横目で見つつ、彼はまったくその気になれない。上司や先輩たちとはうまくいっていたので、「独身主義なのか」と冗談交じりに聞かれるたび、「飛行機が恋人で」と笑って答えていた。
「なんだか虚しかったですが、本音を打ち明けられる人はいなかった。それでも何回か、同性の恋人が見つかるようなバーなどに行ったこともあるんですよ。でもそういうところでは誰もが欲望を隠さないからギラギラしてる。それが苦手で、すぐに行かなくなりました。自分が何を求めているのかわからなかった」
結婚した先輩の家に遊びに行き、かわいい赤ちゃんを目にしたとき、「こういうのもいいな」と思った。自分が女性と関係をもてるかどうかは考えていなかった。
「うっかりその先輩に『いいですねえ。幸せってこういうことなんでしょうね』と言ったら、独身主義の僕が結婚したがっているという噂が広がって、いろいろ紹介されるはめになっちゃって」
強い拒絶をするのが苦手な友満さんは、勧められるままに見合いのような出会いを繰り返した。そして35歳のとき、5歳年下の真澄さんと電撃結婚となった。彼女は職場の先輩の友だちの妹である。
「自立した素敵な女性でした。どことなく雰囲気が姉に似てて、さっぱりしたタイプ。つきあうことになって映画や美術展などに一緒に行ったんですが、独創的な考え方がおもしろかった。この人と一緒に暮らしたら気持ちのいい生活ができそうだなと思いました」
また母の再婚相手を目にして…
つきあって半年ほどたって、「結婚してもらえますか」と言ったら、彼女は非常に軽く「いいよ」と言ったので、友満さんは噴き出してしまったという。
「こっちがまじめに言ってるのにさあと言うと、彼女も笑いながら『結婚なんてタイミングだもの。そんなに深刻にならなくてもいいでしょ』と。変わった人だけど、だからこそいいなと思った。そのとき、彼女が手を繋いで歩こうと言い出して手を握ったんです。思ったより嫌じゃなかった。もちろん僕の性的な面については、何も話せなかった」
周りに祝福されての結婚式だった。母も再婚相手と来てくれた。その再婚相手を見たとき、また彼の胸がざわついたが、彼は自分の気持ちに重い蓋をした。唯一、姉だけが「いいの?」と囁いた。
「姉は知っていたんでしょうね、僕の心の奥底を。僕は姉の真意を無視して、わざと『ちょっと変わってるけど、いい子だよ』と普通を装って言いました。自分、ちょっと無理してるなと気づいてはいた。だけどもう引き返せなかった」
友満さんの“告白”
新婚旅行は、真澄さんの仕事の都合で延期し、お互いに仕事優先の日々が始まった。平日の夕食は各自勝手にする、週末はふたりでのんびりしつつ、家事を一気にこなす。そんなゆるやかな約束をした。
「1年たったとき、妻から言われました。『どうする? 私たち』と。隠してはおけなかったから、僕は、実は今まで女性を愛したことはないけど真澄のことは大好き。そこに性欲が伴うはずだと思っていたが、どうやらそうではなかったようで自分でも戸惑っている。ただ、同性が恋愛対象なのかどうかはわからないと正直に言いました。その1年の生活を経て、僕は彼女をとても信頼していたし頼りにもしていた。だから僕自身のどうしようもない気持ち、そして騙すつもりなんてまるきりなかったことをわかってもらえるんじゃないかと思ったんです」
真澄さんはクスッと笑った。なんだかそんな気もしなくはなかったと。「私も友ちゃんが大好き。だけど私、子どもがほしいのよ」とも言った。
「そのとき、真澄がどこかへ行ってしまう可能性もあるんだと、僕は初めて気づいたんですよ。愚かですよね、そんなことに気づいていなかったなんて。だから慌てて言ったんです。誰かと子どもを作ってもいい。その子を僕と一緒に育てようよ。いや、きみがどうしても離婚したいというならそうする。きみの言うことを全部聞く。だから遠いところへは行かないでって。わけのわからないことを言って、ちょっとパニックになりました」
真澄さんは泣き出した友満さんの背中をゆっくりと撫でてくれた。あとから彼女は「あなたはおかあさんとおねえさんに捨てられたような気持ちを抱いているんじゃない?」と指摘したという。彼自身、その指摘に驚き、もしかしたらそうかもしれないと感じた。だから真澄さんに去られるのを極端に恐れたのだろう。
「真澄は『離婚はしない。浮気もするつもりはないよ、たぶん。でもわからない。ごめんね』って。正直すぎますよね。その後、僕もがんばって妻を抱こうとしました。でもできなかった。真澄は無理しちゃダメ、友ちゃんが壊れるからと言ってくれた」
「ごめん、妊娠しちゃった」
2年後、真澄さんは「ごめん、妊娠しちゃった」と白状した。ふたりで育てようと友満さんは説得したが、真澄さんは「子どもの父親である彼が一緒に子育てすることを望んでいる」と言った。真澄さんの相手と友満さんは、3人で会っている。そこで交わされた大人の会話を、友満さんは今も覚えている。誰も激してはいなかった。
「結婚しているのをわかっていながらつきあったのは申し訳ないと彼が言いました。いや、僕が真澄を幸せにできなかったのが悪いと、僕も言った。私は幸せだったよと真澄が言う。『友ちゃんと子どもを育てるのも楽しいだろうと思った。でもごめん、今のところ、私の生活に、愛する人とのセックスは不可欠なの』って。正直さがありがたかった。彼に、ふたりを頼みますと言いました。彼は『よかったら、いつでも来てください。友人として歓迎するから』と言ってくれた。母の再婚相手にちょっと似た男だったから、近づかないほうがいいと思った。真澄に迷惑をかけるだけですからね」
子との交流 「僕も友ちゃんって呼んでいい?」
友満さんと真澄さんは、そうやってきれいに離婚した。彼が38歳のときだった。その後は、ときどき真澄さんと連絡をとった。ふたりの間に生まれた息子と真澄さんと、3人で何度か会ったことがある。
「おかあさんの古いお友だちと紹介されました。彼が10歳くらいのときだったかなあ。真澄は夫が忙しくて遊んでくれないから、あなた、代わりに遊んでよって連絡してきたんです。3人で遊園地に行った。あれは楽しかった。一緒に食事をしたりアイスを食べたり、もちろんジェットコースターに乗ったり。真澄は苦手なんですよ、ああいう乗り物が。僕にとっては甥っ子みたいな感覚だった。彼女の息子は『僕も友ちゃんって呼んでいい?』って。すごく人懐こい子で、いかにも真澄の子らしかった」
その後も数回会ったが、彼が中学に入ったタイミングで真澄さんから離婚したことを告げられた。「なんだかわからないけど、私たち、愛情が薄れちゃったんだ」と真澄さんはケロッとしていた。息子には正直に、これからは家族だけど、お父さんとお母さんは夫婦ではないと伝えた。息子は「ふうん」と言ったそうだ。
「まあ、でもしょっちゅう元夫と会っているし、息子はのびのびしているように見えるから心配しないでと真澄は言っていました。ただ、息子の逃げ場になってやってほしいとも言われた。いつでもと答えました。もう僕は家族をもてないし、恋人すらできないだろうと思っていたから」
仕事をしながら年に数回、真澄さんとその息子に会うのが楽しみだった。まれに姉が連絡をくれた。姉はほとんど海外で仕事をしながら生活している。
「2度結婚していずれも離婚していますが、姉はアグレッシブな人だからまったくめげてない。つい先日も『3度目の結婚しちゃうかも』とメールを寄越したくらいです。でもおそらく姉だけは、いつも僕の心の底を心配してくれているような気がします」
3年前、彼はガンが発見され、手術と治療を受けた。早期だったので今はほとんど影響なく仕事に復帰しているが50代半ばになって初めて「死」を意識した。病気のことは真澄さんには隠していた。彼にはどうしても「自分の裏切りで、妻を不幸にした」という思いが消えないのだという。
ただ、病気をしてから少しだけ考えが変わった。自分の曖昧模糊とした性的志向をもう少し探ってみたいと思うようになった。
「このまま自分を見つけられずに死んでもいいのかと自問したら、やはりもう少しだけ自分のことを知りたいと思ったんです。もともと僕の意志がはっきりしなかったから真澄に迷惑をかけた。それを悔いて、もう静かにひとりで生きていこうと思っていたけど、本当にこのままでいいのかという思いがあって。真澄にも言われたんですよ。『愛する人を探してみてもいいのかもよ』と。曖昧な欲望すらもっていないかもしれないけど、誰かと一緒に年をとるのも悪くないかもしれない。それが好きな同性なら幸せだろうとは思う」
あれが恋するということか
性自認ははっきりしているのに、自身の恋愛感情の対象や欲望そのものがはっきりしないのだと友満さんは繰り返し言った。もしかしたら誰にも恋愛感情を持たないタイプなのかもしれない。自分が避けてきたそういう面を、これからは少しずつ探ってみたいようだ。
母や真澄さんの再婚相手に抱いたときめきに似た一瞬の思いはいったい何なのだろう。あれが恋するということかと、彼は今も思い出すことがあるそうだ。繊細で複雑な心の動きを、相当な精度で覚えていることに驚かされる。この感性の鋭さと豊かさが、生きる上で彼を不器用にさせたのかもしれない。
どんなに探ってもわからないものかもしれないけどと言いつつ、「人間、自分に期待することをあきらめてはいけないような気もして」と少し微笑んだ。
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端から見れば「サレ夫」の友満さんではあるが、心の内では葛藤や自責の念を抱いていたようだ。最後に残した前向きな言葉を胸に、彼は残りの人生をどう歩んでいくのだろう。【記事前編】では、彼を育んだ家庭環境を中心に紹介している。
亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。
デイリー新潮編集部
