(※写真はイメージです/PIXTA)

写真拡大

日本人の平均貯蓄額は約1,900万円です。なかには、「うちはそんなにない……」と落ち込む人もいるかもしれません。 総務省の統計(2023年)によると、2人以上世帯の平均貯蓄額は1,904万円。中央値でも1,107万円です。しかし、この数字には退職金を受け取った高齢者層も含まれています。40代に限れば平均は800万円台まで下がりますし、20代〜30代では貯蓄ゼロ世帯も3割近く存在します。とはいえ、「年収が高ければ貯金も多いはず」というのは幻想にすぎないことも。実は、いわゆる「パワーカップル」であっても、貯金がゼロに近いというケースは決して珍しくないのです。

湾岸タワマンに潜む、貯蓄ゼロのリアル

都内の湾岸エリアに聳え立つタワーマンション。8年前に買ったこのマイホームで暮らすケンヂさんとミサキさん夫婦(仮名)は、周囲からみれば成功者かもしれません。

41歳のケンヂさんは大手メーカーの管理職として多忙な日々を送り、年収は900万円。40歳の妻ミサキさんはIT系の中小企業で広報職を務め、年収750万円です。世帯年収は合わせて1,550万円。私立小学校に通う6歳の長男と、私立幼稚園に通う3歳の長女を、休日は車でレジャーに出かけ、人気の習い事をさせています。仕事も家庭も順調そのものにみえます。

しかし、その実態は「貯蓄ほぼゼロ」。毎月の支払いは常にギリギリで、夫のボーナスで赤字を埋め合わせる自転車操業状態でした。彼らは決してギャンブル好きでも、怪しい投資に手を出しているわけでもありません。

なぜ、これほどの収入が毎月蒸発してしまうのか。その理由は、ライフスタイルにありました。

お金は「時間」を買うために使う

夫妻は多忙を極めています。ケンヂさんもミサキさんも、責任あるポジションにいるため、平日は残業続きです。そこで彼らが採用したのが、「お金で時間を買う」という解決策でした。

「疲れているから」と頻繁に利用するタクシー。「移動中にメールチェックもしやすいから、仕事の効率も上がる」とケンヂさん。

「料理・洗濯をする時間がないから」と頼む家事代行サービス。「スーパーに行って食材を揃えて苦手な料理をする時間があったら、その時間を子どもと接する時間にあてたい」とミサキさん。これに関しては「ミサキさんは一切家事しないのね」と義母にチクリといわれると、胸がさざめくことも。ですが、「無添加で栄養バランスが取れたものを食べさせているし、いまの生活は夫と話し合って決めた暮らし方なので、言いたい人には言わせておこう精神で黙っています」とブレない軸を感じます。

最新家電と便利なサービスも駆使しています。ドラム式洗濯機はもちろん、ロボット掃除機、便利家電をフル導入。仕事着はすべてクリーニングの集配サービスを利用し、家事の手間を極限まで減らしているのです。

週末には「平日の埋め合わせを」と、子どもたちを連れてレジャー施設へ行き、プレミアムパスで並ぶ時間を短縮する。――そんな日々を送っています。

これらは一つひとつみれば、非常に合理的です。現代において「時間」は最も貴重な資源であり、激務をこなす彼らにとって、これらは単なる贅沢ではなく、生活を維持するための必要経費ともいえるでしょう。しかし、問題はこの必要経費が積み重なり、巨大な固定費となって家計を食いつぶしていることでした。彼らは、年収1,650万円を稼ぎながら子どもたちを育てるために、膨大なコストをかけて生活を維持しています。いわば、「高収入を維持するためのランニングコスト」が高すぎる状態なのです。

合理化の果てにある「自転車操業」

「時間を買う」生活スタイルは、一度始めると抜け出すのが困難です。快適さを知ってしまうと、電車や自炊の労力に戻ることは「生活の質を下げる」ことと同義になり、強い抵抗感が生まれます。その結果、収入が増えても、それに比例して「忙しさ」が増し、その忙しさを埋めるためにさらに「時間を買う」出費が増えるというイタチごっこに陥ります。

ケンヂさんとミサキさんの家計は、まさしくこの状態でした。「稼ぐために働く、働くために時間を買う、時間を買うためにお金が消える」というサイクルで回転しているため、手元には資産として残るお金がない。これが、高収入なのに貯蓄ゼロという現象の正体です。

「妻に退職金がない」という事実

「いまの時間を最大化する」という生き方は、現在を乗り切るためには有効ですが、未来に目を向けたとき、一つの懸念点が浮かび上がります。それは、妻であるミサキさんの退職金です。

夫のケンヂさんは大手企業勤務であり、定年後にはそれなりの退職金が見込めます。しかし、ミサキさんが勤めるのは中小規模のIT企業であり、退職金制度がありません。もちろん、二人はその事実を知っています。しかし、目の前の忙しさと資金繰りに追われ、「老後のことはそのうち考えよう」と先送りにしてしまっていました。

いまや退職金がない企業というのはそう珍しくありませんが、その場合、本来であれば、より一層老後の準備は早めにすべきでしょう。しかし、現状は日々の時間を買うコストが優先されています。

いまは二人でバリバリ稼いでいるため、この問題は表面化しません。しかし、どちらかが働けなくなったり、定年を迎えて収入がダウンしたりすると、破綻してしまいます。子どもが手を離れれば負担も軽減しますが、手元の蓄えがなさすぎて、万一のときには生活レベルを劇的に下げざるを得ないという厳しい現実が待っているでしょう。

「時間を買う」生活を否定せず、予算化する

では、ケンヂさんとミサキさんはどうすればよいのでしょうか。「明日からタクシーもデリバリーもやめて、すべて自分たちでやる」というのは現実的ではありません。それでは彼らの生活も仕事もパンクしてしまいます。

大切なのは、「時間を買うこと」を否定するのではなく、それに予算を設けることです。これまでは無制限にお金で解決してきました。これを、「生活を効率化するための予算は月10万円まで」といったようにルール化するのです。予算が決まれば、「今日は本当にタクシーが必要か?」「今日は簡単な自炊で済ませられないか?」と、コスパを考えるようになります。

「時は金なり」という言葉どおり、現代においてお金で時間を買うことは、賢い生存戦略の一つです。そのおかげで仕事に集中できたり、家族との笑顔の時間が増えたりするならば、それは素晴らしい投資です。

しかし、その投資が「未来の自分たち」を犠牲にしているとしたら、本末転倒ではないでしょうか。特に、退職金などの保証が薄い働き方をしている場合、現役時代の収入の一部は、未来の自分への仕送りです。「いまの忙しさを解決するお金」と「将来の安心を作るお金」このバランスを意識することこそが、高収入世帯が真の豊かさを手に入れるための第一歩となるはずです。