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進化に余念がなかったメルセデス・ベンツ

クロームメッキの太いバンパーがフロントで輝いていた時代から、メルセデス・ベンツは進化に余念がなかった。綿密に計画を立案し、秀でた結果を残し続けてきた。

【画像】縦目の新世代 メルセデス・ベンツW114/W115型 最新EクラスとEVのEQEも 全101枚

1953年に発売されたW120型の180、通称ポントンは、モノコックボディを採用したブランド初のサルーンとして、戦後の成長を牽引。そのコンセプトは、1970年代まで受け継がれたといっていい。


ネイビー・ブルーのメルセデス・ベンツ250と、ブルー・シルバーの250CE

丸みを帯びたボディは、凸型の3ボックス・シルエット。新しいスイングアクスル・サスペンションでリアアクスルを支え、オーバーヘッド・カム・エンジンを搭載していた。ディーゼルはタクシーとして活躍し、6気筒ガソリンは上級サルーンとして重宝された。

1959年に登場したW110型の通称フィンテールは、ファッショナブルなポントンともいえた。その後のW108型は、V6エンジンやV8エンジンが選べるフィンテールだといっても過言ではなかった。美しいパゴダルーフを背負うSLも、ポントンの延長にあった。

それでも1960年代半ばになると、メルセデス・ベンツの技術者はW120型やW110型の後継を担う、中型サルーンの開発をスタート。生み出されたW114型/W115型には、1980年代後半までの技術的な基礎となる、新しいシャシーが与えられた。

直列6気筒のW114型と直列4気筒のW115型

1968年に発表された4ドアサルーンは、メルセデス・ベンツの新世代だと主張された。大きな驚きをもたらす内容はなかったものの、主力モデルに据えられていることは明らかだった。

選ばれたエンジンは、W114型では直列6気筒。W115型には、主に直列4気筒が搭載された。3.0L直列5気筒ディーゼルが、その例外を作ったが。


メルセデス・ベンツ240D(W115型/1973〜1976年/英国仕様)

メルセデス・ベンツのトランクリッドに貼られる数字が、少し混乱した時期でもあった。同じ230でありながら、直列4気筒は230.4、直列6気筒は230.6を名乗っている。

果たして、W114型とW115型は、8年間に合計180万台以上が生産された。これには、約6万7000台が売れた2ドアクーペのCとCEも含まれる。数1000台に登った、ロングホイールベース版のリムジンも。

市場の特性に合わせて、細かな調整も加えられた。例えばクーペの250では、現地の排出ガス規制に対応させながら充分な動力性能を与えるため、排気量の大きい280用エンジンが北米仕様には積まれていた。

当時を振り返ると、市場に合わせた仕様は31種類にも達したようだ。ディーゼルエンジンも多岐に渡ったが、最も多く作られたのは220Dで34万5000台。ギリシアでは240Dがタクシーとして活躍し、466万km以上という驚きの走行距離を刻んだ例もある。

シンプルで無駄のないボディラインに、ボッシュ社製の縦に長いヘッドライトが見た目の特徴。ひと回り大きいW108型やW109型とも雰囲気は近く、見間違えたとしても不思議ではないだろう。

自然で安定した操縦性を生んだ新シャシー

この縦目のスタイリングを手掛けたのが、カーデザイナーのポール・ブラック氏。先代のW110型より全長は短かったが、車内は広く、車重は僅かに増えていた。事故の衝撃を吸収するクラッシャブルゾーンやステアリングコラムを備え、安全性も向上していた。

W114型/W115型に当初設定されたエンジンは、55psを発揮する200Dの4気筒ディーゼルから、131psを発揮する250の直列6気筒ガソリンまでという6種類。シングル・オーバーヘッド・カムで燃費効率に優れ、高回転域まで滑らかに吹け上がった。


メルセデス・ベンツ280CE(W114型/1972〜1976年/英国仕様)

1972年には、ボッシュ社製の燃料インジェクションを獲得した、ツインカム6気筒の280Eが登場。最高速度200km/h以上を誇る、小柄なベンツが選べるようになった。欧州の景色の一部になっていた、タクシーの220Dは132km/hで差は小さくなかった。

トランスミッションは先代からの進化版といえる、コラムシフトかフロアシフトを選べた4速マニュアルか4速オートマティック。ATはトルクコンバーター式ではなく、流体カップリング式だった。

シャシーの目玉といえたのが、新設計のセミトレーリングアーム式サスペンション。フロントには、アンチダイブ設計のウイッシュボーン式が採用されていた。

アンチロールバーも組まれ、路面からの入力によるキャンバー角の変化を抑えつつ、自然で安定した操縦性を獲得。サーボアシスト付きの四輪ディスクブレーキで、機敏なコーナリングを支えた。

ホイールは14インチが標準サイズ。ただし、ラジアルタイヤはオプションだった。

高い価格は長持ちする技術への正当な対価

小回りの良さと荷室容量の大きさは、タクシードライバーを喜ばせた。1976年に次世代のW123型が登場すると、W114型/W115型の存続を求めて、多くのドライバーがドイツ・シュツットガルトの工場へ押しかけたという。

もっとも、220Dの英国価格は2388ポンド。1969年当時の英国では高額過ぎ、選べるタクシードライバーは殆どいなかった。1970年代半ばまでには、ガソリンエンジン版がロンドンの目抜き通りで乗客を拾っていたが。


手前からネイビー・ブルーのメルセデス・ベンツ250と、ブルー・シルバーの250CE、レッドの240D、シルバーの280CE、ブルーの230.4

実際、W114型/W115型はエントリーグレードでもかなり高かった。4気筒ガソリンの220ですら、英国ではジャガーXJ6と同等の予算が求められた。190km/h以上出るローバー3500 Sは1200ポンドも安く、そのお釣りでフォード・コルチナも買えた。

加えて、薄く色の付いたティンテッド・ガラスやラジオ、タコメーター、シートベルトは追加費用のオプション。ライバルモデルの多くは、標準装備だったにも関わらず。

それでも、メルセデス・ベンツの品質へ厚い信頼をおいていたユーザーには、イニシャルコストの高さは当然のこととして受け止められていた。同時期のモデルより2倍も長持ちする技術への、正当な対価といえた。

今回、英国編集部が集めたW114型/W115型も、そんな耐久性を現在に知らしめる5台。8年間というモデルライフに生み出された多彩なバリエーションの、一部を構成してきたクルマだ。

この続きは後編にて。