見栄と承認欲求で作りあげられたインターネットの世界。

ここでは誰もが『なりたい自分』になれる。

ハイブランドで全身を包み、華やかな日々をSNSに公開していた謎の女・カレン。

そんな彼女が、突然、この世を去った――

死によって炙り出される『彼女の本当の姿』とは…?

◆これまでのあらすじ

突然この世から去った謎の女・カレン。彼女の形見分けを遺族から頼まれた玲香は、彼女の死の真相を探り出す。

カレンの部屋に置き去りにされていた錠剤を見つけた玲香はその内容を恋人・加賀に調べてもらったのだが…。

▶前回:小さな町を牛耳る資産家の御曹司と恋仲に…。2人の関係を許さない御曹司の父親が、女に加えた制裁とは




Chapter.11 真実を知るふたりの男


「がん…え、ちょっと待って」

玲香は加賀からのLINEの内容に混乱した。

彼に渡したカレンの薬の数々―。

胃液抑制剤や消化管運動機能改善剤、悪性腫瘍剤、甲状腺の機能を回復させる内服薬や痛み止めなど様々な種類があったという。

加賀によるとそれらは「消化器系統のがん患者に処方している薬」らしい。

― でも、パーティーに来ていたし、元気そうだったし…。

考えてみれば、コロナ禍で食事会もなく、訃報を聞くまで1年近く彼女とは会っていなかった。

Instagramも亡くなる前の数ヶ月間は彼女の写真は一切なく、ハイブランド自慢の投稿ばかりであった。

もしカレンががんの治療をしていたのであれば、部屋にあった謎のルビーの原石の存在や、アルコールを控えていたことも理解できる。

クロゼットにウィッグも大量にあった。細すぎる脚や腕は本物だったのかもしれないが、過度の加工や厚化粧も、それを隠すためのものだったのか。

玲香は東京へ戻ると、すぐにカレンの部屋で彼女のガラケーを見返した。

彼女ががんを患っていたことを念頭に置くと、何気ない妹とのメールのやり取りでも、それをうっすら裏付ける内容のものがあった。

『明日病院行く』『明奈ちゃん。しばらく帰国できる?』『今日もだるい…』

メールの様子が変わったのは2017年2月ごろ。

カレンが会社を辞め、港区デビューをする少し前だ。


明らかになっていくカレンの真実。彼女のガラケーの履歴をさらに遡ると…


さらに遡ると、広告メールに埋もれ見ることもしなかったアドレス未登録のメールの中に1件、保存マークがついているものがあることに気づく。

受信は2015年。カレンが上京した時期だ。

未登録のアドレスながら、保存されている不自然さ。

相手のアドレスや他の送受信メールは、その1件を除き意図的に削除したのだろうか。

― しかも、このメールアドレス…。

『mitsuishi.s0710@……』と、ミツイシと読める。

sは三石真吾のsなのか。

メールを開くと、

『いつか、またどこかであえたら』

という文面が表示された。

返信の跡はあるが内容は残っていない。

彼女がつい5年前までガラケーを使っていたのは倹約家だからと小夜子さんは証言していたが、実はこのメールの存在があったからなのかもしれない。

「真吾さんとカレンはやっぱり…」

カレンは真吾への想いが断ち切れぬまま、押し付けられた青山の部屋で彼を待つように静かに過ごしていた。だが、病気が発覚して…。

背負うものがいくつもある御曹司と、引き離された元恋人。

残された短い時間で平和的によりを戻せる可能性はないに等しい。

― もし、そんな状態で余命を宣告されたら…。

幸い、許されない恋の結果として手に入れた十分すぎる資産がある。

気持ちを切り替え、遺された人生を悔いなく全うしたい、と自分なら思うだろう。

そんなことを考えながら、カレンのInstagramを眺めていると、あるハッシュタグに目がとまった。

数多くのブランド名が並んだ中に埋もれた#可憐煌房という文字。三石酒造のワインの名だ。

投稿と関係ないのにひっそりと紛れ込ませている…。

玲香はその意図をうっすら察した。




「ごめんなさい。突然呼び出して」

苦言を呈されることは承知の上で、玲香は森を青山の和風ダイニングバーに呼び出した。

カレンについて、これまでに判明したことの答え合わせをしようと思ったのだ。

焼き鳥が売りだが、ラグジュアリーなバーを思わせる雰囲気のそのお店。

カウンターで彼と横並びになり、話に集中できるよう比内地鶏のコースとワインのボトルを注文する。

食事が落ち着いたところで、親のツテを使ってカレンの地元・山梨を調査したことや、形見分けと称してカレンのことを探りまわっていたことをひとつずつ報告した。

「そうか…知ったなら、しょうがないよな」

病気の件を問い詰めると、意外にも彼は優しい反応だった。カレンががんを患っていたことは間違いのないことのようだった。

「交際を申し込んだら言われたんだ。胃がんだと」

その後は腹をくくったのか、意外にもすんなり答えてくれた。

「それって、いつですか」

「3年程前かな…。自分はそれでも一緒にいたかったから、友人として交際が始まって」

以降、森は家族以外で唯一病気を知る者として彼女を支えていた。

積極的にカレンから頼られることはなかったそうだが、森の存在だけでどんなに心強かったであろうか。結果、宣告されていた余命より長く生きたという。

「一時は進行も止まって回復の兆しも見えてね。気持ちの問題だろうけど」

森は赤ワインを愛おしそうに眺めながら語った。

「気持ちの、問題…」

「一種のセラピー的なものかな。彼女さ、若いころは散々苦労してきたし、何もかも吹っ切れてキラキラした生活を送るのは本当に楽しかったみたいだよ」


カレンの死の真相を知り、ついに玲香の感情に変化が…


備長炭で焼き上げられた香ばしくジューシーな比内地鶏の数々。どの部位も希少で個性豊かな味わいに手が止まらない。

闘病していたカレンは、お酒も含め、食べられるものに限りがあっただろう。ワインをたまに口にしていたように、何かのご褒美の機会に食することはあったかもしれないが。

「美味しい…」

希少部位の「そり」を口に入れた途端、心が華やいだ。

玲香は、かつて、カレンの持ち物を身に着け、Instagramにアップした際、沈んでいた心が解放されたことを思い出した。

そして、実感する。

生前のカレンは、にぎやかで綺麗なものに囲まれ、誰よりも幸せだったことを。

愛する人は心の中に、愛を与えてくれる人もそばにいた。

消えるときはひっそり消えても、その間際には煌々と光をともす明かりのように輝いた。

まるで灯滅せんとして光を増す、ろうそくの炎のように。




森は、カレンから病気のことは秘密にしてほしいと頼まれていたため、彼女の死後も沈黙を守るというスタンスでいたそうだ。

おそらく妹・明奈も同様に口止めされていたのだろう。

「そんな…秘密って。生前も知っていれば、もっと心を寄せてあげられたのに」

「それが嫌だったんだ。彼女は、自分が幸せなのはもちろんのこと、周りにも自分が幸せそうに見せたかったんだよ」

気づかいや同情をされたくなかったということか。

キラキラした自分を演じることで、強く心を保っていたのだろう。

「彼女は批判や嫉妬も承知済みだったよ。パトロンを何人も侍らせているとかいうくだらない噂もね。

でもいつも笑っていた。心まで病んでいられないって」

カレンに根拠なき悪意を持つ人間の1人だった玲香。

思い返せば、彼女は何も悪いことはしていない。好きな物を手に入れ、ラグジュアリーなパーティーに参加していただけだ。

美しいものをまとい、人生の最期を全力疾走していたカレン。

ただそれだけなのに、誰が批判する筋合いがあるのか―。

玲香の頬に一筋の涙がつたう。

愚かな自分に対する悔い。そして、彼女がもうこの世にいないことの悲しみと喪失感だ。

自分の劣等感を消化させるため『哀れな末路を迎えた』というストーリーを作りあげ、目の前にある真実さえ見逃していた。あまりにも恥ずかしい。

カレンの人生を暴くつもりが、まさか自身の品位や人間性を思い知ることになるとは…。

「カレンが君を形見分け役に指名した理由、僕はわかったよ」

言葉に詰まる玲香の横で、森はそっとつぶやいた。

「こんなにデリカシーのない人間だって、知っていたのかな…」

森は玲香の自虐の返答に困りながらも、笑みを浮かべた。

「さあね。でも君のその強引さがあったおかげで、僕は彼女の真実を語ることができた。君にカレンのことを誤解したままでいてほしくないからね」

ぽかんと口を開けていると、森は赤ワインを一瞥し、微笑んだ。

「君は、彼女の大切な人と繋がることができるようだし」

玲香ははっとした。

誰でもよかったわけではない。“私”じゃなきゃ、いけなかったのだ。

#可憐煌房という不自然なハッシュタグ投稿の意味もはっきりと理解する。

カレンの形見分けをすること。

厄介な役割だと思っていたのに、今はカレンから指名されたことを誇らしく感じるのはなぜだろう。

玲香はごくりとつばを飲み込んだ。

▶前回:小さな町を牛耳る資産家の御曹司と恋仲に…。2人の関係を許さない御曹司の父親が、女に加えた制裁とは

▶1話目はこちら:画像加工とブランドに彩られた、SNS女王の哀れな最期

▶Next:4月13日 水曜更新予定
次回最終回。玲香が形見分けの役目を指名されたほんとうの理由、それは…