浦和競馬・小久保智調教師の「不正疑惑」…自分の馬を勝たせた「裏技」とは

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「公正」を掲げる公営競技には厳守すべきルールが存在する。だがいま、圧倒的な実績を誇るドンの「掟破り」疑惑に競馬場が揺れている。

競馬新聞の記者が気づいた異変

さいたま市緑区の野田トレーニングセンター(以下、野田トレセン)は、周囲を住宅や田畑が囲む競走馬の調教施設である。ここでは浦和競馬で活躍するサラブレッドたちが、1周1050メートルの周回コースで、追い切り(レース前の仕上げの調教)などのトレーニングに臨んでいる。

周回コースの第2コーナーと第3コーナーを結ぶ直線を見下ろすように「調教スタンド」と呼ばれる建物がある。その2階にトラックマン(競馬新聞の記者)が陣取り、ストップウォッチを片手に各馬の追い切り時計(走行タイム)を計測していた。

あるとき1人のトラックマンの頭に、違和感とともに1頭のサラブレッドの名前が浮かんだ。そこでトラックマンは、調教師に尋ねたという。

「アマネラクーン、追い切ってないんですか」

問いかけに対する調教師の答えは次のようなものだった。

「あれは『バカっぽ』だから、外で追い切りしているんだ」

「バカっぽ」は癖のある馬を指す隠語であり、「外で……」はこの馬に適した別の施設で調教していることを意味した。そして、このとき調教師はトラックマンに向かって、人差し指を1本、唇の前に立てたという。このことは秘密だ―言外にそんなメッセージをほのめかしたのである。

調査した調教師たちが手に入れた書類

この調教師は、浦和競馬所属の小久保智氏(54歳)。3月20日の浦和競馬で通算2200勝を達成したばかりのカリスマ調教師である。

「浦和競馬は、船橋、大井、川崎の各競馬場で構成される南関東4競馬場(以下、南関競馬)の1つです。2200勝したのは、南関競馬の調教師では小久保先生が初めて。こうした実績を信頼し、著名な馬主も小久保厩舎に愛馬を託している。なかでも活躍したのが『TUBE』の前田亘輝さんがオーナーのノブワイルドで、重賞レース5勝を含む通算13勝を挙げました」(スポーツ紙記者)

南関競馬で確固たる地位を築いた「ドン」とも呼べる小久保氏が、不正な調教を匂わせたのが冒頭の場面である。

「競馬新聞に載る追い切り時計はいい加減なもので、トラックマンが調教師から適当なタイムを聞いて掲載する悪習がある。ただ、このときのトラックマンとの会話は、うわさとして調教師たちの間でも徐々に広がった。問題意識をもった調教師たちが独自に調査に乗りだし、ある書類を手に入れたことで、うわさは、根拠のある疑惑に変わっていきました」(浦和競馬関係者)

埼玉県知事にも疑惑の調査を求めた

この書類は、競走馬を輸送する専門業者(以下、A輸送社)が、小久保氏の関係会社に輸送代金の支払いを求めた請求書である。この請求書がなぜ、不正な調教が行われたことを疑う根拠になり得るのか。小久保氏の追及に加わっている調教師が語る。

「浦和競馬では基本的に、レースの10日前までに、馬体検査を終えた競走馬を、野田トレセン内の厩舎に入厩させるルールになっている。その後、浦和競馬場(さいたま市南区)でのレースを終えるまでは、外部の牧場などに移動させることはできない。これは禁止薬物の投与などを防ぎ、競走馬の管理を徹底するためです。ところが請求書には、小久保先生の管理する馬が、レース直前に外部の施設に輸送されたことを示す記載があった」

調教師たちは請求書を入手後、小久保氏に浮上した不正調教疑惑の告発に着手。浦和競馬を運営する、埼玉県浦和競馬組合の管理者である埼玉県知事のほか、地方競馬全国協会などに、疑惑の調査を求める通知書を送ったのだ。

本誌も関係者から、4枚の請求書を手に入れた。そこには、小久保氏が管理する競走馬の馬名、輸送日、輸送区間などが明記されていた。この記録をレースの出走日と照らし合わせると、小久保氏管理の競走馬は、確かに「10日前入厩」のルールに反していたことが読みとれるのだ。

冒頭のアマネラクーン号の場合、'23年2月16日のレースに出走しているが、その6日前の2月10日に、野田トレセンとSTファーム小見川(千葉県香取市。以下、小見川牧場)という牧場の間を往復したことがわかる。

効果的なトレーニングのための輸送

残り3枚の請求書のうち、2枚が同年4月と6月にアマネラクーン号を輸送したときのもの(下画像は4月の輸送時の請求書)で、1枚が同年4月に、クニノキラメキ号という別の競走馬を輸送したときのものだった。

輸送日は、いずれもレースの出走日から4〜6日前。また、輸送区間はどのケースも同じで、一日のうちに野田トレセンと小見川牧場を往復したことになっていた。

「小見川牧場には、坂路と呼ばれる直線の追い切りコースがあります。アマネラクーンは、悪癖が出て、野田トレセンの周回コースを走ってくれない時期があった。そのため、レース前になっても効果的な調教ができなかったのですが、直線コースの小見川牧場であれば必要なトレーニングができた」(前出の調教師)

また、坂路での追い切りは、レース結果にもプラスの効果をもたらしたと考えられる。請求書にあった輸送日直後の3つのレースで、アマネラクーン号はいずれも1着を獲得しているのだ。その賞金は合計で1650万円に上っている(クニノキラメキ号は6着)。

「心肺能力を高め、筋肉に強い刺激を与える坂路で調教した馬が強いことは明らか。だからこそ、小久保先生の疑惑が事実であれば、競馬の公正さが傷つく。そうなれば、ファンも離れていってしまう」(前出とは別の調教師)

【後編を読む】「カリスマ調教師」に浮かんだ「疑惑」の全貌…直撃取材への反応は

「週刊現代」2026年4月13日号より

取材・文:宮下直之(みやした・なおゆき)/'79年生まれ。ローカル紙や複数の週刊誌の記者を経て'21年より現職。情報提供はnaoyukimiyashita@pm.meまで

【つづきを読む】地方競馬の「カリスマ調教師」に浮かんだ「疑惑」の全貌…直撃取材への反応は