■米国のファーウェイ制裁で窮地迎える韓国経済

9月15日、米商務省が中国の通信機器大手ファーウェイに対する半導体輸出規制を発動した。そのことがSKハイニックスやサムスン電子などの韓国企業と経済に与える影響はかなり大きい。なぜなら、ファーウェイは韓国半導体産業の重要顧客だからだ。日米の技術や資金提供を必要とする韓国企業が米中対立の先鋭化に自力で対応することは容易ではない。

写真=AFP/時事通信フォト
韓国の文在寅大統領は2020年8月15日、ソウルの東大門デザインプラザで行われた75回目の光復節の祝賀会で演説した。 - 写真=AFP/時事通信フォト

年初来、韓国経済にとって半導体産業は造船とともに景気の落ち込みを食い止める役割を果たした。今後、中国向けの半導体輸出が減少すると、韓国経済の下振れ懸念は高まらざるを得ないはずだ。

新型コロナウイルスの感染拡大の影響も重なり、個人消費も厳しい。それに加えて、中国のIT先端分野の産業構造は韓国よりもはるかに重層的だ。各社は米国の圧力を跳ね返そうと自助努力を重ね、韓国企業を追い上げている。

韓国経済の先行き懸念は追加的に高まっている。現状、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が政策面からその懸念を払拭(ふっしょく)することは難しい。それに加えて閣僚への批判の高まりによって文氏の支持率は再び低下し始めた。世論のつなぎ止めを狙って文氏が反日姿勢をこれまで以上に鮮明に示す展開は軽視できない。

■サムスンの設備投資を有効に生かせない状況

9月15日、米国がファーウェイへの半導体輸出規制を発動したことによって、世界の半導体メーカーが一斉に同社への出荷を止めた。端的に、トランプ政権は、ファーウェイの事業継続の命脈を絶とうとしている。ファーウェイの成長は鈍化せざるを得ない。

中国の半導体需要を取り込んできたサムスン電子などの韓国半導体産業にとって、米国の制裁発動の影響は甚大だ。サムスン電子はメモリ半導体生産に加え半導体の受託製造事業を強化した。それによって同社は“中国製造2025”を推進し、高性能のICチップを必要とする中国市場でのシェア拡大を目指した。そのために、同社は5ナノメートルの微細化技術を確立した。

しかし、米国の制裁によってファーウェイへの出荷ができなくなれば、そうした設備投資を有効に生かすことは難しくなる。韓国のサムスン電子やSKハイニックスがファーウェイへの輸出を許可するよう米商務省に申請したのは危機感の表れだ。わが国ではソニーが申請を検討中だ。

■台湾半導体大手TMSCの存在感は格段に高まる

中国を重視したサムスン電子の事業戦略は、台湾のTSMCと対照的だ。世界最大の半導体受託製造業であるTSMCの地域別売上高は、各国・地域の半導体需要の代理変数と考えてよい。内訳をみると、6割が米国、2割が中国、残りがその他だ。中国のかなりの部分がファーウェイによって占められ、近年は中国の割合が上昇した。

TSMCは、9月15日まではファーウェイの半導体需要を徹底的に取り込み、その後は米国の需要獲得を強化する戦略を進めた。その証拠に、米国の制裁強化に対応してTSMCはアリゾナ州での工場建設計画を発表した。

TSMCは最新鋭ステルス戦闘機F35などに搭載される軍用半導体の生産を手掛け、米国にとって手放せない企業だ。それだけに、TSMCは米国の知的財産や技術を有効に活用し、微細化技術に変わる新しい半導体技術の確立なども目指しているだろう。

その状況下、中国の需要を失ったサムスン電子やSKハイニックスが米国の需要獲得を目指すことは難しい。今後、半導体分野でのTSMCの存在感は格段に増すと考える経済の専門家は多い。

■韓国の若年層はさらなる苦境を迎える可能性

米国は本気でファーウェイのIT覇権を潰そうとしている。米商務省がサムスン電子などにファーウェイへの輸出を猶予するとは考えづらい。サムスン電子にとって半導体事業は稼ぎ頭だ。その収益が減れば同社の業績は悪化するだろう。

その場合、韓国経済の屋台骨である輸出にはこれまで以上の下押し圧力がかかる。結果的に、韓国企業全体で業績は悪化し、雇用の削減や賃金カットが進み、若年層を中心に所得・雇用環境は悪化する恐れがある。

冷静に考えると、米中の対立先鋭化に対して韓国はかなり厳しい立場にある。最も重要なことは、韓国が米中双方から必要とされ、秋波を送られる立場を確立できていないことだ。

米国はTSMCを自陣に取り込むことによって、インテルなどがより最先端のICチップ開発に注力できる。また、エヌビディアは英アームをソフトバンクグループから買収し、半導体分野での覇権を強化している。

中国は、米国の技術やソフトウエアに依存していない半導体製造装置などの調達を目指し、半導体自給率を高めようとしている。7月にはSMIC(中芯国際集成電路製造)が中国版ナスダックとよばれる“科創板”に上場した。

SMICは共産党政権からの産業補助金も受け取り、最先端の半導体製造能力の実現に取り組んでいる。ファーウェイは高性能チップ“キリン”の在庫を1000万個程度確保し、独自のスマホOSである“鴻蒙(ホンモン)”を自社製スマホに搭載する準備を進めている。

また、中国のIT先端分野の産業構造は重層的だ。中国にはZTEやオッポ、ビボ、シャオミなどの有力なIT先端企業がある。米国の制裁によって中国のIT先端分野の成長力が一時的に低下したとしても、体制の立て直しと先端技術の習得は時間の問題だろう。

サムスン電子、SKハイニックス、LGなど韓国製造業は中国からより熾烈(しれつ)に追い上げられている。コスト面で韓国は中国にかなわない。米中対立は先鋭化すると考えると、輸出と個人消費を中心に韓国経済はこれまで以上に厳しい状況を迎える可能性がある。

■「政治家の身内が特別扱い」

先行き懸念が高まる中、文大統領が自国経済の苦境をどう打破するか、相応の説得力ある政策を明示できていないことは深刻だ。それに加えて、依然として文政権内部には、国家全体の安定や国民の安心よりも、自己の利得、満足感を優先する心理が目立つ。

世論調査の1つを見ると、文氏への支持率が再度、不支持率を下回った。その要因として、秋美愛(チュ・ミエ)法務部長官の子息が兵役時代に優遇されたとの疑惑が浮上し、若年層の反発を呼んだ。

雇用環境が厳しいことに加えて、政治家の身内が特別扱いされたことは許せないというのが韓国の若者の本音だろう。新型コロナウイルスの感染が続いていることもあり、韓国国内の消費環境はかなり厳しい。

経済政策が相応の効果を発揮するには世論が為政者の言葉を信じなければならない。それができなくなると、政治家は目先の支持のつなぎ止めを目指して、財政支出を断続的に増やさざるを得なくなる。2010年以降の南欧諸国ではそうした政策対応が散見された。

財政支出を続けると、債務問題が深刻化して家計の債務返済負担は高まり、個人消費が追加的に落ち込む。今すぐに大きな混乱に陥るとは思わないが、徐々に文政権の政策運営は韓国経済をより不安定な方向に向かわせているように見える。

■菅政権は技術立国としての立場を築くべきだ

今後の展開を考えた時、文大統領の政策運営は追加的に厳しさを増すだろう。文氏は中国と距離をとるよう米国から圧力をかけられ、習氏の訪韓を提案した中国には何らかの返答を示さなければならない。国内では世論の批判が増えている。反日姿勢と並ぶ重要政策の南北宥和(ゆうわ)も行き詰まった。まさに、文氏は孤立無援の状態だ。

文氏にとって支持率のつなぎ止めなどを目指す方策としては、さらなる反日姿勢の強化くらいしか思い当たらないのではないか。わが国は、韓国の反日感情が苛烈化する展開を念頭に置くべきだ。

菅政権には徹底してデジタル化への対応や教育を強化し、米中から秋波を送られる技術立国としてのわが国の立場を築いてもらいたい。それを足場にわが国は国際世論との関係を強化し、韓国に毅然と冷静に、過去の政府間合意の遵守のみを求めればよい。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)