「今回の事態は、もはや自然災害の一種のようなものだと思って耐え忍んでいます。感情のもつれだけに、いつまで続くかわかりません。正直なところ、改善されるのをただ待つばかりです」

【写真】韓国の書店入り口正面に置かれる嫌韓本紹介本

 そう語るのは、売り上げが7割も減少したという、日本行きパッケージツアーを扱うソウル市内の旅行代理店の男性従業員だ。

 日本政府が韓国向けの輸出管理の強化を打ち出したのは、7月1日。すでに3カ月あまりが経過しても関係が好転する兆しすら見えないが、韓国国内の不買運動の現場も同じようだ。「週刊文春デジタル」では現地取材を敢行し、その実態に迫った。

日本人女性「暴行」現場では

 まず取材班が向かったのは、今年8月に日本人観光客の女性が韓国人男性に髪を掴まれる暴行事件の現場となった弘大入口駅周辺の繁華街。訪れた夕暮れ時には、メインストリートで大道芸が行われ、若者や観光客で溢れかえっていた。


観光客でにぎわう弘大入口駅前 ©文藝春秋

 そんな賑わいをよそに、カタカナで「ラーメン」と看板を掲げた店に入ると、お客が少ない。30代の男性店員に声を掛けると、言葉を選びながらこう打ち明ける。

「売り上げはこれまでの半分。特に学生の売り上げが落ちた。ラーメンは若者に人気があるだけに業績に響きます」

 表通りには、丸亀製麺など日本生まれのチェーン店も連なっているが、店員に声を掛けても警戒感からか言葉を濁される。取材に応じてくれた数少ないお店の一つ、個人経営の日本式のうどん屋でも客は見当たらない。テレビに映る「反・文在寅」デモの映像が、閑散とした店内に響いていた。

「売り上げは30%くらい落ちています。いま中国人観光客は増えていますが、焼け石に水という状態です」(40代の女性店員)

 さらに厳しい状況にあったのが、冒頭で紹介した旅行業界だ。旅行代理店の若い男性スタッフが「店外で、写真撮影なし」という条件で、インタビューに応じた。

「7月の時点では、売り上げが前年比30〜35%のダウンでしたが、8月、9月はもっとひどくて昨年比70〜75%減。目も当てられません。うちは日本行きのパッケージツアーが主力商品なので、開店休業状態です。でも、これでもマシな方で、同業者では昨年比90%減の壊滅的なところもあります」

 どうしてそこまで急激な落ち込みになったのか。その見解を尋ねると、男性は遠くを見るような目で続けた。

「うちの日本行きのパッケージツアーの客層は40代以上で、ちょうど歴史問題に関心がある層。韓日関係がその顧客層を直撃しているのです。日本の代わりに観光先として選ばれるのは、フィリピン、台湾、ウラジオストク(ロシア)。本来なら香港も挙がるところですが、デモの影響でいまは日本と同じくらい避けられています」(同前)

 韓国では、福島原発事故の放射能問題が、実態とかけ離れた形で盛んに報じられている。この旅行代理店にも、風評被害は押し寄せていた。

「東日本大震災の直後よりはマシですが、いまでも放射能問題を心配するお客さんが一部いますね。不安があったとしても、私たちにできるのは確かなデータに基づいてお話しすることだけ。それでも納得してもらえない人は確かにいますが、それは仕方ないですよ」(同前)

「私たちの商売は平和なときが一番ビジネスをしやすい」とため息をつく男性。繰り返される反日政策で業績の回復の兆しがみえない現状に、男性は声のトーンを抑えて、どこか諦めたように記者を見つめた。

止められたアサヒのビールサーバー

 不買運動の集会で、バケツに流して捨てるパフォーマンスでやり玉に挙げられたのが、韓国でも人気のあるビールやスポーツ飲料など日本企業の飲料品だった。

 不買運動当初は、店頭から消えたと報じられたが、今回、ソウル市内を歩きながらいくつかのコンビニに立ち寄ってみると、アサヒ、エビスなどのビールや、ポカリスエットなど清涼飲料水が目に入ってくる。排除されているわけではなさそうだ。コンビニの冷蔵庫には、ポカリの500mlと1.5Lが揃うなど充実の品揃えだった。

 ただ、売り上げが伴っているわけではない。市内のターミナル駅である龍山駅近くのコンビニを訪ねると、店外にビール専用の冷蔵庫が置かれ、アサヒ、キリン、サッポロ、エビスと日本製品がずらりと並んでいた。売り上げについて女性店員に聞くと、気だるげに語った。

「日本のビールを並べてはいますが、売れても1日1本くらいですかね。前に比べたら? もちろん売れていませんよ」

 同駅近くにある、カウンターとテーブル席が一つの小さなビアバーを覗くと、開店準備中の女性店主が掃除をしながら対応してくれた。

「アサヒビールが以前は売れていたんですが、お客さんが飲みたがらないんですよ。サントリーの角ハイボールなんて、このところ一番人気のメニューだったのに、7月からは全く売れない。それでも最近は本当にひどかったころよりは良くなったんですが……」

 店先には「アサヒビール」の突き出し看板、客席からよく見える壁には「角ハイボール」を勧めるポスターも。店内に入れてもらうと、奥にはアサヒビールの生ビールを注ぐサーバーがあった。

「お客さんが飲まないので、アサヒのサーバーは止まっています。1週間に1杯や2杯では、タンクの生ビールがダメになっちゃいますから。いまは韓国のビール(Max)の生だけ出してます」

 日本酒も扱っていると語る女性は、冷蔵庫に入った「月桂冠」の瓶を持ちだして語った。

「昔はこれもよく出たんだけどねぇ。秋になると温かい酒が売れるから、売れてくれるといいんだけど……。日本との関係が良くなればいいと思いますよ。円満に。それは上の人がやることですけどね」

 品揃えとして日本製品が置かれてはいても、わざわざ選ばれない。同じジャンルの韓国製品があるなら、そちらを選ぶ――という実態があるようだ。

 その傾向は、ソウル市郊外にあるヤマハのバイク販売店でも聞かれた。男性店員が打ち明ける。

日韓関係の影響は多少ありますね。売り上げは5%くらいの減少でしょうか。先月はヤマハのニューモデルが発売になったので、売り上げ増を期待していたのですが、むしろ下がってしまった。それでも、日系の自動車ディーラーの中には売り上げが9割減ったという店もあるといいますから……。やはり自動車の場合は、日本車じゃなくても、ヒュンダイはじめ国産車という選択肢がある。でも、バイクはヤマハと同じ水準で国産バイクがないから、まだ売れています」

ユニクロは意外にも……

 不買運動の当初から目の敵にされていたユニクロは、意外にも復活の兆しをみせていた。

 ソウル中心部から電車で20分ほどの永登浦地区にある、駅からほど近い店舗。広い店内には秋冬モノのコートやセーターが並び、試着を繰り返す若い女性が鏡の前でポーズを取っていた。

 売り上げについて店員に確認してみると、「本部に聞いてください、私たちからは何も言えません」。本部から指示があるのか、どの店員に聞いても「私からは何も言えません」の一点張りだった。

 ただ、店内は、平日の日中にもかかわらず、20代、30代を中心に老若男女が行き交うにぎやかな状態。子連れの夫婦が歩き、レジの前に会計を待つ人が並ぶ様子は、日本と変わらない光景だった。ソウル駐在のジャーナリストは解説する。

「ユニクロは、韓国で駅前などの一等地に多くの店舗を展開していて、すでに韓国人の生活に浸透しています。さらに同じレベルのファション性や機能性を持った商品を扱う韓国企業も見当たらないため、一時は盛り上がりを見せていた不買運動も、いまは底を打ったようです。在庫を豊富にもっている大型のお店以外は、いまや品薄な状態が続いているほど。日韓関係が悪化した後にリニューアルして、売り上げが伸びたという店舗もあったようです」

ベストセラーランキングには「日韓本」がズラリ

 取材班が最後に訪れたのは、大規模なデモの会場となる光化門広場近くにある、韓国有数の大型書店だ。ここでは、日韓関係にまつわる書籍は、“人気商品”となっていた。

 ベストセラーがランキング順に並ぶ棚を見ると、国際部門のトップ10のうち、日本に関係する本が4冊を占めた。国民的な関心を裏付けた格好だ。

 2冊ランクイン(3位、9位)したのが、ソウルの世宗大学教授を務める保坂祐二氏の著作。東アジアの近代史を専門とする保坂氏は、2003年に韓国に帰化。韓国人では知らない人がいないとも言われる現地の有名人で、竹島問題や慰安婦問題などでも“韓国寄り”ともいえる発言を繰り返している学者だ。さらに、日本で大学教員経験のある韓国人学者が書いた日本批判本が10位に入っていた。
 
 そして、国際部門で1位だったのは、徴用工問題など歴史認識問題を取り上げ、韓国の「通説」を真っ向から批判した話題作『反日種族主義』だった。

 韓国の人々は、どのような気持ちでこの本を購入しているのか。『反日種族主義』を手に取っていた男子大学生(20)に話を聞いた。

「高校までは『日本は悪いことをしてきた』と習ってきましたが、この本は全く違って興味深い。新聞などで話題になっていることも知っています。大学に入って研究の世界に触れ、高校まで習ってきたものとは違う学説があると知りました。この本のすべてに同意できるわけではありませんが、学会の成果として出している研究ですから、通説と違うからといって拒絶する必要はないと思います」

 さらに男子大学生は、混み合う店先でこう話した。

「韓日ともに両国関係を政治的に利用しすぎです。韓国が政権支持層へのアピールのために国際条約を無視して、あの徴用工判決を引っ張り出したのも問題。日本が歴史の領域だった話を経済の分野に持ち込んでしまったのも問題です。これでは収拾がつきませんよ」

 想像以上に根深く、不買運動が続いていた韓国。街を歩いて気付くのは、韓国の人々が日本について語るときの周りの目を気にする視線、日本についての意見を口にすることさえ憚られる独特の空気感だった。

 この20歳の男子大学生が言うように、堂々と正論が言い合える日韓関係が築かれる日が待ち遠しい。

(「週刊文春デジタル」編集部/週刊文春デジタル)