かわいいものっていいですよね。犬や猫、はたまたアイドルを見ることは楽しい…。

実は2012年、「“かわいい”と感じると細部に集中し、注意力が向上する」という研究結果が発表されて話題になっていたんです。これはつまり、かわいいが仕事にも生かせるということなのか? 発表から6年、さらなる「かわいいの効果」が期待できるかもしれない…!

ということで、かわいい研究の第一人者・大阪大学大学院の入戸野宏教授にお話をうかがいました。

「かわいい」は見た目やカタチで定義できるものではない


【入戸野宏(にっとの・ひろし)】大阪大学大学院人間科学研究科教授、国際心理生理学機構 (IOP)事務局長。専門分野は実験心理学、心理生理学、感性科学。2012年9月、オープンアクセスの科学誌『PLOS ONE』に掲載された論文「The Power of Kawaii(かわいいの力)」が話題に

編集部・N:
カルチャーとしてではなく、「かわいい」感情そのものを研究されているってすごくめずらしいですね。きっかけは何だったのでしょうか?

入戸野教授:
ある女子学生から、卒論のテーマについて相談されたことがきっかけです。「私はかわいいものが好きなんですけど、“かわいい”について何か研究できませんか?」と。

調べてみると、関連する研究はほとんどなく、そもそも「かわいい」って何だかよくわからない部分もありました。それで「やってみようか」となったわけです。

編集部・N:
研究で定義されている「かわいい」とはどのようなものなんですか?

入戸野教授:
「かわいいもの」とか「かわいい人」とかいうと、ものや人が「かわいい」という性質を持っているように思えますよね。

でも「かわいい」というのは、相手との関係性によって脳の中でつくられる感情なんです。見た目やカタチで「こういうものがかわいい」と定義できるものではないんですよ。

編集部・N:
なんと…。見た目のかわいさには定義はないんですか!?

入戸野教授:
70年以上も前に、動物行動学者が「ベビースキーマ」という概念を提唱しました。大きな頭、広いおでこ、丸みのある体型などが「かわいい」と感じられると述べています。

確かにそうなのですが、同じものでも「かわいい」と思う人も思わない人もいますよね。「かわいい」は感情だから、人によって差が出るんです。

編集部・N:
確かに、爬虫類やおじさんに「かわいい」と言う女子もいますもんね。

入戸野教授:
「かわいい」というのは、相手を自分の仲間とみなして「近づいて関わってみたい」と思う気持ちのことです。

よく言われるような「守りたい、育てたい」という気持ちとは直接結びついていないんですよ。

休憩中に1分30秒眺める…「かわいい」で仕事の効率をアップさせる方法

編集部・N:
論文では「“かわいい”と感じると細部に集中し、注意力が向上する」と結論づけられています。このときの脳や心ってどんな状態なんですか?

入戸野教授:
かわいいものや人を見ると脳の中には「もっと見たい、ずっと見ていたい」という、細かい部分に集中する心理状態が生まれます。それはしばらく続き、別の課題や作業をするときにも持ち越されます

だから、「かわいい」と感じることは細部に注目する状態をつくり出す、つまり「集中力を高める要因になっている」と言えるのです。



入戸野教授:
海外の研究では、かわいい写真を見ると、報酬系とよばれる神経回路に含まれる側坐核(そくざかく)の活動が高まることが分かっています。

側坐核はドーパミン(意欲や学習などに関わる神経伝達物質)によって刺激される脳部位で、さまざまな快感情と関連
しています。

編集部・N:
では、かわいいものを身近に置くと仕事のパフォーマンスが上がると。

たとえば、オフィスにかわいいグッズを置いておけば、効率アップにつながりますかね?

入戸野教授:
いや、ずっと見ているのは逆効果ですよ。気が散るだけです(笑)。

編集部・N:
え!

入戸野教授:
大事なのは接触時間です。休憩中に短い時間だけ、動画や写真を見るのがベスト。グッズも仕事中に目に入るところには置かない。「かわいいに溺れない」ことが大事なんです。

最近では、かわいい動物の動画が世界中で人気ですが、「見ることで気分はよくなるが、ハマりすぎると仕事モードに戻れない弊害もある」という海外の研究があります。

私たちの研究では、かわいいものを見せる時間は1分〜1分半という長さでした。

編集部・N:
そんなに短くても効果があるんですね!?

入戸野教授:
それ以上だとダラダラして、逆効果だと思います。切り替えを早くしないと、仕事から逃避することになるんです。

「かわいい」と思える部分を探せば、苦手な上司とも距離が縮まる?



編集部・N:
ところで、苦手な上司でも「かわいい」というか、チャーミングな部分を発見すれば、苦手意識はなくなりますか?

苦手な上司をかわいく思えるようなコツ
があれば教えてほしいんですが…

入戸野教授:
工夫すればできると思いますよ。「かわいい」って対象の性質で決まるものではなく、見る側がどういうふうに見るかによって決まるからです。

コツはその人と関わるなかで、とにかく「かわいい」というポジティブな側面を探そうとすること。難しいなら、その人の顔を思い浮かべながら「かわいい、かわいい」と心のなかで何度かつぶやいてみる

そうすると、「苦手だ」「憎らしい」と思っていた人の意外な一面が、ふっとひらめくことがあります。

編集部・N:
最初は苦手でも意外な一面を発見すると急に親近感がわく、あの感じですね。

心理学的には何と呼ばれているんですか?

入戸野教授:
再評価」と言います。苦手と思っている対象について、別の角度から冷静に見直すことで、反射的に引き起こされてしまう不快感情を低減できるのです。

強面のおじさんにお茶目な一面があったりすると、途端に「かわいい」って言われるでしょ? このようなギャップも「再評価」のきっかけになります。

編集部・N:
意外性やギャップを積極的に発見しよう、という気持ちが大事なんですね!

「かわいい」はいつでもプラスの感情。笑顔になりやすいのも特徴

編集部・N:
最近は、かわいいという感情とほかのポジティブな感情との違いも研究されているそうですね。

入戸野教授:
ほかのポジティブな感情、たとえば「リラックス」や「ワクワク感」に比べて、「かわいい」は笑顔になりやすいことが分かりました。

また、「かわいい」はいつでもプラスの感情です。おいしそうな食べ物の写真は、満腹になったら魅力度が下がりますが、赤ちゃんやペットの写真はいつでもかわいいですよね。

さらに、かわいい」には、覚醒が上がりすぎないという特徴もあります。

編集部・N:
覚醒?

入戸野教授:
興奮状態のことです。女子高生が「きゃーかわいい」とハイテンションで言っているイメージがありますが、実際、「かわいい」に接してもそんなに興奮しないんです。

多くの人は、赤ちゃん、子犬、子猫などの写真を見ると楽しくて笑顔になりますが、興奮の程度は低いままであることが、これまでの研究で一貫して示されています。

興奮しすぎると仕事に集中できませんが、適度に目が覚めて前向きな気分になれるのが、「かわいい」のいいところです。

編集部・N:
興奮するというより、穏やかな喜びという感じなんですね。納得。

今日はありがとうございました!

普段、何気なく口にしている「かわいい」が、仕事のパフォーマンスや人間関係にこんなにも影響するなんて驚きでした。

さっそく、仕事中にも「かわいい」を取り入れて、パフォーマンスアップに役立ててみよう! ただし、没頭しないようにご注意を…。

〈取材・文=新R25編集部/イラスト=中根正章〉

Cognitive Psychophysiology Laboratory
http://cplnet.jp