「親の金をアテにしているのか」…通帳と証券口座を一覧にして〈資産5,000万円の内訳〉を明かした70代年金夫婦。“子どものため”のはずが、長女の「まさかの行動」に深まる後悔【FPが解説】
「認知症になる前に、子どもたちへ資産状況を共有しておこう」――そんな思いから、老後資金の詳細を初めて明かした70代夫婦。しかし、その日を境に、長女からの"少しだけ助けてほしい"が増えていきました。悪意があったわけではありません。ただ、“親に資産がある”と知ったことで、親子のお金の距離感は少しずつ変わり始めていたのです。“善意の共有”が思わぬ波紋を呼んだ背景について、FPの三原由紀氏が解説します。
資産5,000万円・74歳夫婦が「資産状況を子どもに伝える決意」をした理由
「もし自分たちに何かあったとき、子どもたちが困らないようにしておきたかったんです」
神奈川県在住の佐藤さん夫妻(仮名)は、そう振り返ります。夫の博さんは74歳。地方銀行に勤め上げ、65歳で完全リタイアしました。妻の和子さんは72歳。長年、家計を支えながら節約を続けてきました。
夫婦の年金収入は月約28万円。派手な生活はしていませんが、退職金や長年の積立もあり、金融資産は約5,000万円。加えて、住宅ローンのない持ち家があります。
「贅沢をしなかっただけですよ」
和子さんは、そう笑います。そんな夫婦が気になり始めたのが“認知症リスク”でした。最近は、テレビやネットで「親の資産状況は、前もって子どもに共有しておくべき」という話を見かける機会も増えていました。
子どもは2人。長男の健一さん(49歳)は大手メーカー勤務で、住宅ローンや子どもの教育費を抱えながらも堅実に家計を管理しています。一方、長女の由美さん(46歳)はパート勤務。夫は単身赴任中で、高校生と大学生の子どもを育てており、世帯年収は約800万円ですが、生活に余裕があるとは言えません。
それぞれ家計の事情があるとはいえ、夫婦は「子どもには平等に資産を分けたい」と考えていました。そうした考えを含めて「元気なうちに伝えておいたほうがいい」と、子どもに資産状況を伝えることを決めたのです。
しかし、それが夫婦に思わぬ波紋を呼び起こすことになります。
「子どもが困らないために」「将来もめないために」と詳しく説明したが…
博さんは、連休に子どもたちを自宅に呼び、通帳や証券口座の一覧を見せながら説明し始めました。
「〇〇銀行にはだいたい900万円。△△銀行と□□銀行には500万円ぐらい。定期と普通がある。あとは、証券会社だな。ここに残りのほとんどを入れている。それと、この家。――うちの資産はこんな感じだ」
長女の由美さんが「すごい。お父さんたちに“老後の不安”はないね!」と、笑顔を見せた一方、長男の健一さんは少し表情を曇らせました。
「……全部、俺たちに言う必要ある?」
健一さんは、直感的に何かを感じ取っていたのかもしれません。しかし、博さんは答えます。
「何かあったときに、お金の在りかがわからないと、お前たちに迷惑をかけるかもしれないから。それに、兄妹なんだから、平等にしておかないと後でもめるだろ」
その場では穏やかに終わりました。しかし、3週間後、由美さんから1本の電話がかかってきたのです。
娘の行動に膨らむ違和感「親の金をアテにしているのか?」
「大学の後期学費や部活の遠征費が重なって、ちょっと厳しくて……少しだけ助けてもらえない?」
最初は数万円でした。「どうせ最後は子どもに残すお金だから」そんな思いもあり、夫妻は援助をしたといいます。しかしその後も、「住宅ローンのボーナス払いがきつい」「夫が戻るまで生活費が苦しくて」 と相談は続き、援助額は徐々に増えていきました。
そんな娘に、博さんは言いようのない違和感を覚えるようになったといいます。
夫妻の住む家は、由美さんが暮らすマンションから2駅ほど。パート先からの帰路途中でもあり、仕事帰りに立ち寄って、一緒に夕飯を食べることも少なくありませんでした。
「お母さん、これ持って帰っていい?」
余ったおかずを持ち帰ったり、一緒にスーパーへ行けば、和子さんが自然に娘の分まで会計したりすることもありました。また、由美さんは以前から、「この家なら少し手を入れれば、二世帯でも住めそうだよね」と口にすることもありました。
繰り返される娘の“お願い”をきっかけに、何とも思っていなかった過去の言動さえ気になるようになっていきました。
「娘に悪気はないと思う。でも、“親の資産を前提に生活を考えている”ように感じてしまったんです」
「平等」のつもりが…老後資金の共有で起きる“境界線の変化”
近年、認知症対策や相続トラブル防止の観点から、子どもへの資産状況の共有を勧める声が増えています。
実際、慶應義塾大学経済研究所が2024年3月に実施した「老後の資産管理に関する意識調査」によると、認知症への不安を抱く高齢者は64%にのぼります。一方で、子どもに財産の状況を伝えている人は約35%にとどまっており、「必要だとは思いつつも、なかなか踏み出せていない」という実態が浮かび上がります。
また、いざ伝えるとなったとき、問題になりやすいのが「どこまで共有するか」です。佐藤さん夫妻のように、「兄妹だから平等に」と考える親世代は多くいます。
しかし、子どもたちの生活状況や親との距離感は、それぞれ異なります。そして、物理的・心理的に「親と近い距離にいる子ども」ほど、資産額を知ったときに、それを"身近なセーフティネット"として意識してしまうこともあるようです。由美さんも、こうしたケースに当てはまったのかもしれません。
「困ったときは頼れる」「どうせ将来もらうお金なら」という気持ちは、悪意から生まれるわけではありません。ただ、資産の全体像が見えてしまうことで、無意識のうちにそうした発想が生まれやすくなる――これは、個人の問題というより、人が「お金の存在を知ったときに起きやすい心理」として理解しておく必要があります。
もちろん、家族で支え合うこと自体は悪いことではありません。ただ、親子だからこそお金の境界線が曖昧になりやすい――その難しさが、老後になって表面化することは珍しくないのです。
老後資金は「見せ方」が重要…“平等”より“公平な距離感”を
佐藤さん夫妻のケースは、決して特殊な例ではありません。老後資金に関する相談の場でも、「子どもに資産状況を話したら、何となく関係が変わってしまった」という声は少なくなく、「どこまで伝えるべきだったのか」という後悔とともに語る人もいます。
口座情報や連絡先の共有は大切です。ただ、残高や資産総額まで細かく伝えたことで、親子のお金の距離感が変わってしまうケースもあります。
では、具体的にどうすればよいのでしょうか。
口座の共有は「何が・どこにあるか」まで
まず、「何が・どこにあるか」の共有にとどめることを検討してください。銀行や証券会社の口座、生命保険、不動産の名義など、いざというときに家族が困らない情報を整理しておくことは大切です。エンディングノートに在りかや緊急連絡先をまとめておくだけでも、備えとしては十分です。
援助のルールを決めておく
また、援助を求められた場合は「貸すのか、渡すのか」「上限はいくらか」を夫婦間で事前に決めておくことが重要です。その場の流れで答えてしまうと、断りにくい状況が続いてしまいます。「気持ちはあるけれど、今は難しい」と答えられる準備をしておくこと自体が、老後資金を守ることにつながります。
佐藤さん夫妻も、今ではこう振り返ります。
「お金を預けている金融機関と“平等に残したい”という事実だけを、伝えておけばよかったのかもしれません。結果的に、娘に援助を繰り返したことで、“平等”と考えていた意味も薄れてしまいました。娘には、改めて、『これ以上、今の時点でお金を渡すつもりはない』と伝えるつもりです」
老後資金は、"残すためのお金"である前に、"自分たちが安心して生きるためのお金"です。だからこそ、「平等」にこだわるより、それぞれの親子関係に応じた"公平な距離感"を選ぶことが、結果として家族全員を守ることにもなるのです。
三原 由紀
プレ定年専門FP®
