「救助する必要ある?」閉山中の富士山で遭難事故、“自己責任論”噴出…入山禁止や救助の有料化は可能か
冬季閉山中の富士山で、登山者の遭難事故が相次いでいる。
4月下旬には、アメリカ人の男女2人が滑落して救助された。5月に入ると、中国籍の男性が滑落し、自力で下山した後に緊急搬送された。
事故が起きるたび、SNSでは「自己責任だ」「救助する必要あるのか」といった厳しい声も噴出する。
では、閉山中の富士山を登ること自体は「違法」なのか。なぜ事故が繰り返されるのか。山岳事故に詳しい溝手康史弁護士に聞いた。
●閉山中=全面禁止ではない
──開山前の富士山で遭難事故が相次いでいます。「閉山中」に登ること自体は法的に問題ないのでしょうか。
富士山の開山期間は、7月10日(吉田ルートは7月1日)から9月10日ごろまでですが、これはガイドラインによるもので、法的な拘束力はありません。
ただし、富士山の登山道は「県道」に指定されています。閉山期間中は、道路法に基づいて通行禁止になっており、こちらには罰則があります。
つまり、閉山期間中に「登山道を通る」のは違法です。
一方で、登山道以外の場所については、閉山中であっても法的に禁止されているわけではありません。
──実際には、閉山中にも多くの人が登っています。
現状では、登れてしまうんです。
その要因として大きいのは、5合目まで有料道路でアクセスできることです。冬場は積雪のために有料道路が規制されることもありますが、それでも途中まで車で行けてしまう。
「閉山」と言いながら、有料道路は通年営業している。閉山期間中でも富士山は登りやすくなっています。この矛盾は大きいと思います。
もし富士山が1合目からしか登れないとすれば、ほとんどの人は登ろうとは思わないでしょう。事故はかなり減るはずです。
●「入山禁止」は法的に難しい
──「閉山中は入山禁止にすべきだ」という声もあります。
全面的な入山禁止は、法的にはかなり難しいです。
8合目以上は主に神社の私有地です。土地所有者は私有地を自由に使うことができます。公有地を立ち入り禁止にしたとしても、民事上の話で、刑罰はありません。
自治体が国に要望したとしても、夏期以外の富士山を立ち入り禁止にする新たな法律を作ることは難しいと思います。
──では、どういう対策が必要なのでしょうか。
私は、「閉山中」というより、「積雪期」が問題で、積雪期は熟練者以外が登るべきではないと考えています。
「閉山後」でも9月中はほとんど雪がなく、比較的簡単に登れます。しかし、雪が積もる10月以降は、事実上、熟練者向けの山になります。
本来は、雪のある時期に未経験者が簡単に入れない仕組みにすべきですが、法律で熟練者かどうかを判別するのは無理です。
●「熟練者以外が登りにくい仕組み」を
──「熟練者」とは、どう判断するのでしょうか。
行政がそれを判断するのは無理だと思います。
現在のガイドラインでは、閉山中は「万全な準備をしない登山者の登山は禁止する」とされています。
以前は「熟練者以外は登れない」という表現がありましたが、「誰が熟練者を判断するのか」という批判があり、現在の表現になりました。
ただ、「万全な準備」という言葉もかなり曖昧です。
──では、どうすればいいのでしょうか。
規制を強めるより、「熟練者以外が登りにくいシステム」を作るべきだと思います。たとえば、有料道路を閉鎖すれば、雪のある時期に1合目から登る人は、ほぼ熟練者だけになります。
なお、外国では「事故防止」を理由に全面的な入山禁止にするケースは、ほとんどなく、多くの国で環境保護のために規制をしています。環境保護のために登山者数の制限や許可制にしています。
入山者数を制限すれば、結果的に事故も減る。
富士山のような山では、1日の入山者数を数百人程度にするのが、世界の環境保護の一般的な考え方だと思います。
今すぐにそれをするのは無理なので、今後、30年くらいかけて、富士山の入山者数を少しずつ減らしていくことが現実的だと思います。
●「自己責任」と「救助有料化」は別問題
──「自己責任」なら、救助費用も自己負担にすべきだという声があります。
登山の自己責任と救助費用の有料化は別の問題です。登山が自己責任である点は万国共通ですが、救助費用の有料化をする国もあれば、しない国もあります。
スイスでは、全土で救急車と救急ヘリは有料ですが(民間保険で賄われています)、救急車は有料でも、公的な山岳救助活動は無料の国があります。
日本では、山や川、海、街中を問わず、埼玉県の防災ヘリを除き、公的な救助活動は無料です。
──山岳事故だけ有料化することはできないのでしょうか。
簡単ではありません。
救助ヘリには、警察ヘリ、都道府県の防災ヘリ、消防ヘリなどがあります。山と山麓、川の地域区分が困難であり、自然災害と山岳事故の区別も困難な場合があります。
地震、火山噴火、落石、雪崩、山の崩壊などによる事故は、山岳事故であると同時に自然災害の性格があり、これらのうち規模の大きな事故が自然災害に分類される傾向があります。登山、登山者、山岳事故、山岳救助活動を法律で定義することが難しいのです。
結局、山岳救助活動を有料化するのであれば、山、川、海、街中を問わず「全部有料」にすることになりそうです。その場合でも、警察活動の有料化は、かなり難しいと思います。
●「自分のレベルに合った登山を」
──登山者が注意すべき点は。
「自分の力に見合った登山をする」。これに尽きます。
力量を超えた登山をすれば事故が起きやすい。特に富士山は、夏でも登山経験の少ない人が多く登り、転倒や滑落事故が絶えません。
しかも富士山は、5合目まで車で行けて、登山道も整備され、山小屋には医療設備もある。パトロールも頻繁です。
そうした環境が「簡単に登れる山」という勘違いを生んでいる面もあります。
特に外国人は、外国人向けのガイドブックで富士山は「hiking」として紹介されており、欧米では、短パンとTシャツが「hiking」の一般的なスタイルです。富士山登山が欧米の「hiking」とは異なる点が理解されにくいのです。
富士山では、観光客を含めた初心者が多く登っていますが、高度や気象などの点で危険性があり、それを経験のない人に「事故を起こさないよう自己責任で」と呼びかけても危険性を理解できないと思います。
だからこそ、危険性のある山は、それにふさわしくない登山者がアクセスしにくくすること、許可制など登山の手続きを煩雑にすること、入山者数を制限するなどの知恵を使うことが、現実的な事故防止策だと思われます。
【取材協力弁護士】
溝手 康史(みぞて・やすふみ)弁護士
弁護士。日本山岳サーチ・アンド・レスキュー研究機構、国立登山研修所専門調査委員会、日本山岳文化学会、日本ヒマラヤ協会等に所属。著書に、「登山者のための法律入門」(山と渓谷社)等。アクタシ峰(7016m)等に登頂。
事務所名:みぞて法律事務所
事務所URL:http://www5a.biglobe.ne.jp/~mizote/

