「出会いがない」と嘆く30歳女。“イイ男がいる”と友人に意外な場所に連れて行かれ…
― イイ男はすでに売約済み ―
婚活戦国時代の東京で、フリーの素敵な男性を捕まえるなんて、宝くじに当たるくらい難しいと言っても過言ではない。
待っているだけじゃ『イイ男』は現れない。
超絶ハイスペックな男性が寝顔に惚れ、キスで目覚めさせてくれてゴールイン…なんて、おとぎ話もいいところ。
現実は、うっかり寝ている間に誰かにさっさと取られてしまう。
これだと思う人を見つけたら、緻密な戦略を立ててでも手に入れる価値がある。たとえその人に、彼女がいても…。
大手外資IT企業に勤める凛(30)は、3ヶ月前に彼氏にフラれ、婚活市場へと舞い戻った。しかし、独身で彼女なしのいい男がほとんど残っていないことに愕然とする。
そんな時、涼子に「略奪恋愛」を勧められるが…。
▶前回:「何考えてるの!?」食事会にしれっと参加する既婚男。婚活を妨げ大迷惑なのに…

「わぁ、素敵!ジムというより高級ホテルみたいですね」
凛は涼子と会社帰りに、六本木にある高級ジムに来ていた。
「イイ男に出会いたいなら、高級ジムがおすすめ。知り合いが経営しているところがあるから、今度一緒に体験に行かない?」と誘われたのだ。
ビルの15階にあるそのジムは、高級ホテルのような重厚でモダンな作りのスパの横に、一面ガラス張りの壁に向かって、アスリートも使用する本格的なマシンがずらりと並んでいる。
また上の階にはパーソナルトレーニングスペースの他に、おしゃれなカフェやバーなども併設されており、会員であれば誰もが使用できる。
「じゃ、お互いトレーニングを終えたあと、カフェでお茶しましょう」
そう約束し、イケメントレーナーにそれぞれついて行った。
◆
「そういえば、この間ちらっと話していた、涼子さんがご主人と結婚するに至った経緯、詳しく聞きたいです」
トレーニングを終え、カフェでさっそく凛は涼子に話を振った。
先日「フリーのイイ男がいない」と嘆いていた凛に涼子が言った「私たち、始まりは略奪恋愛なの」という言葉が気になっていたのだ。

「涼子さんが、神谷さんを奪ったって聞いて驚きました」
涼子の夫である神谷圭吾は、同じ会社のエンジニア部門のディレクターだ。見た目は熊のように大柄で、穏やかで優しそうな顔をしている。
ウワサによれば、見た目通り部下にもおおらかで頼り甲斐があるが、いざ交渉ごととなると、その優しい仮面を被りながらも一歩も譲らず、ぐいぐいと相手の懐に攻め入って仕事を勝ち取っていくらしい。
そんな人だから凛はてっきり、彼からグイグイ攻めたのだと思っていた。
「ううん、私が奪ったのよ。知り合った時、圭吾には彼女がいたけど、絶対にこの人だと思ったから、私からアプローチしたの」
涼しい顔をして涼子は言う。
おしどり夫婦として知られる彼らを見ると、凛は略奪恋愛も悪くはないような気がしてくる。
そんな話をしていると突然、自分を呼ぶ声がした。
「あれ?もしかして、凛ちゃん…?」
不意に名前を呼ばれ、声のする方に目を向けると、そこには意外な人物が立っていた。

「え…?もしかして、悠馬さん!?わー、お久しぶりです。日本に帰ってたんですか?」
「やっぱり凛ちゃんか。そうそう、数ヶ月前に帰国して、今は日本」
悠馬は、大学のスノボサークルの2年先輩だ。
超絶イケメンというほどではないが、凛好みの切れ長の奥二重に鼻筋の通った顔。そのうえ、頭の回転が速く大人の落ち着きがあり、昔からみんなのリーダー的存在だった。
1年のころから凛は悠馬に憧れていた。でも、彼には同じサークルに彼女がいて、凛が入り込む隙などなかったのだ。
彼が社会人になったとき、彼女と別れたとウワサで聞いた。
その頃、一度だけご飯に誘われたことがあったのだが、今度は凛の方に彼氏がいたので、結局食事にも行かなかった。
そんな彼が数年前に会社を辞めて、MBAを取得するために渡米したと聞いていたが…。
「悠馬さん、このあたりで仕事してるんですか?」
「今、六本木にあるコンサルティング会社で働いてるんだよ」
聞くと、凛の会社の近くで働いているという。
「え!?今まで会わなかったのが不思議なくらい」
数年ぶりに再会した悠馬は、出会った時よりもさらに素敵に見えた。
自信に満ち溢れたオーラと大人の色気を感じて、凛は思わず胸がトキめいた。
― もしかして、これって運命?
凛の脳内では思わず、“ダダダダーン”とベートーヴェンの『運命』が再生される。
しかし逆に不吉なことが起こりそうだと、慌ててもっとハッピーな曲はないかと考えていた時、横から涼子が言った。
「はじめまして。凛ちゃんと同じ会社で働いている神谷です。このジムどうですか?私たち今日、体験で来ていて」
「いいですよ。会社からも近いですし、設備も充実していますし」
すると涼子が不敵な笑みで凛を一瞥したあと、こう言った。
「ここ、カップル割があるって知ってます?奥様とか彼女さんがいたら、カップルで来ると色々サービスが受けられるみたいですよ」
そんなサービスあったんだ、と思いながらものん気に『フィガロの結婚』を脳内再生している凛の横で、悠馬が答える。
「そうなんですか?知らなかったです。でも、彼女の職場からは遠いので…」
喜んだのも束の間、一瞬で現実を思い知らされた凛の頭に再び『運命』の曲が切なく流れる。
― 彼女、いるんだ。やっぱり…。
がっかりする凛の気持ちなど知る由もない悠馬は、再会を素直に喜んでいる。
― そんな屈託のない笑顔、こっちに向けないでよ…。
手に入らないのならいっそのこと、長い鼻毛でも生い茂っていたらトキめかずにすむのに…と凛は思うのだった。
◆

「凛ちゃん、お疲れさま」
「あ、涼子さん…!」
悠馬に再会した日から2週間後、凛は会社の廊下で涼子に声をかけられた。
「私、ジムに通うことにしたんだけど、凛ちゃんはどうする?」
「実は、私も入会しようと思っていて…」
凛もちょうど、例のジムへ通うと決めたばかりだった。
というのもあの日以来、今まで会わなかったのが嘘のように、何度か会社の近くで偶然悠馬と会った。その度、昔と変わらず優しく接してくれる彼に、凛の恋心は静かに再燃していたのだ。
凛の入会の話を聞いた涼子は「そう」と返事をすると、意味深な顔をして尋ねた。
「それは…あの彼がいるから…?」
「え、いや、そういうわけではないですけど…」と凛は言いかけたが、すべてお見通しと言いたげな涼子を見て、つい本音が出る。
「あの……気になる人に彼女がいたら、涼子さんなら迷わずアプローチしますか?」
この間の話から、もちろん「する」と答えるだろうと思っていたが、涼子は少しうーんと考えてこう言った。
「どうかな。今ならしないかな。面倒くさいし」
前とは真逆の答えに、凛は「ふえっ?」と変な声が漏れた。
「いや、でも前に略奪恋愛もありだって言ってましたよね…?」
必死な顔の凛に対し、涼子は落ち着いた声で返す。
「そうね。この人しかいないって思ったらね。でも、普通に好きなくらいじゃしないかな」
「それはどうして…?」
意外な答えに、無意識に背中を押してほしいと願っていた凛は少し落胆した。
「略奪恋愛って相当な覚悟がいるの。イイ子じゃいられないし。あくまで彼の彼女にとっては敵なんだから、悪役になる覚悟が必要なのよ」

「そうですよね。簡単じゃないですよね」
すぐに納得して諦めようとする凛を惑わすように、涼子が魅惑的な微笑みを浮かべた。
「でもね。難しそうな人ほど、実は簡単に落とせるものよ。もしも、凛ちゃんに覚悟があるのなら、相談に乗るわよ」
― 簡単に落とせるって…そんな方法があるなら知りたい!
気落ちさせたり、希望をちらつかせたりする涼子の巧みな話術に「もし、今彼女に数十万円の怪しい水を売られたとしても買ってしまいそう」なんて凛は怖くなる。
それでも凛は、悠馬の彼女になれるんだったらその方法が知りたい、と考えていた。
▶前回:「何考えてるの!?」食事会にしれっと参加する既婚男。婚活を妨げ大迷惑なのに…
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悠馬への気持ちが抑えられない凛は、涼子に略奪恋愛の極意を教えてもらう。

