「ノロウイルスの脅威から、どうすればオリンピック選手を守れるか──平昌五輪を襲った「強敵」の撃退法」の写真・リンク付きの記事はこちら

もしかすると気分の悪い話になってしまうかもしれないが、少々お付き合いいただきたい。

韓国の聯合ニュースは2月6日、平昌冬期オリンピックの警備員のうち41人に下痢や嘔吐などの症状が見られ、1,200人が隔離されたと報じた。検査の結果、ノロウイルスへの感染が明らかになった。ノロウイルスといえば、豪華客船でのクルーズですら諦める理由になるほどだ。

各国の選手団が過ごす選手村は、学校の寮のようなものだ。外部から隔離されて閉ざされた空間であることに加え、共用の食堂で食事をすることになる。つまり、ノロウイルスの天国だ。選手の間で感染が広まれば大惨事になりかねない。

ノロウイルスは胃腸を襲うモンスターで、「吐き気を引き起こす冬の虫」とも呼ばれる。症状は嘔吐、下痢、発熱のほか、腹痛など痛みや悪寒を伴うこともあるが、たいていは3日以内に収まる。感染により生命に危険が生じることはほとんどない(死んだほうがましだと思うことはあるかもしれないが)。

その猛烈な感染力

ノロウイルスは感染が非常に拡大しやすい。アリゾナ大学教授で微生物学を教えるチャールズ・ゲルバは、「感染者の7割に噴出性の嘔吐が起こります。そうなるとウイルスが飛び散ってしまうため、公共の場での感染制御は困難です」と話す。「ウイルスの数が10個以下でも感染の可能性がありますが、嘔吐によって何百万個ものウイルスが放出されます。また糞便1グラムには10億個か、下手をすれば100億個のウイルスが含まれているのです」

ウイルスは飛散して空気中を漂うため、その空気を吸えば体内に取り込まれてしまう。感染は手や指を経由して、ほかの人が触れる可能性のあるものの表面に付着したウイルスによっても引き起こされる。ウイルスはどこかに付着したままで2週間は感染力を保持でき、除去するには次亜塩素酸ナトリウムを含む漂白剤を用いて消毒しなければならない。二次感染を防ぐには感染者だけでなく、感染者と行動をともにした感染リスクのある人も隔離する必要がある。

以上の説明からわかるように、ノロウイルスは閉ざされた場所では特に大流行してしまう傾向がある。豪華客船はもちろん、寮や小学校、病院、そして想像したくもないが飛行機の機内などだ(ここでアドバイスをひとつ。団体客が機内で激しく嘔吐しているのを見かけたら、通路側の席には座らず、できれば空中に浮いて絶対に何にも触れないこと。呼吸も止めることができれば完璧だ)。

つまり、言いにくいことだが──オリンピックの選手村についての知識があるなら、そこに孤立や隔絶という概念は馴染まないということが理解できるだろう。アスリートたちは若く、競技に向けて鍛え上げた身体は最高のコンディションにあり、多くの場合は人生で初めて親やコーチから離れた状況に置かれている。

そしてそう、彼らは──やらかしてしまうのだ。選手村には無料のコンドームが置かれている(CNNによると11万個が用意されている)。

そういうものなのだ。若者たちは自分の部屋に閉じ込もったり、肌と肌との触れ合いを避けようとはしない。そしてノロウイルスにとっては、天国よりさらに素晴らしい場所なのである。

オリンピックにつきまとう疾病感染リスク

国際オリンピック委員会(IOC)は、韓国保健省が隔離、衛生管理、予防法の啓発を含む「国際的に最善とされる方法」を用いて事態の収拾を図るとの公式声明を出している。

オリンピックの選手たちは団体ツアーの旅行客のように、疾病感染のリスクに晒されている。1月の家電見本市「CES 2018」で多発した「体調不良」や、イスラム教徒のメッカ巡礼であるハッジ、そのほかの大きな集会では風邪に似た感染症がまん延するという事実を思い出してほしい。

疫学者やスポーツ医療の専門家たちは2008年の北京オリンピックの頃から、大会におけるこうしたリスクの研究を始めた。例えば、12年のロンドン大会では選手1,000人につき71.7人に病気が発生した。罹患率は約7パーセントだ。病気の内訳を見ると4割超は呼吸器感染症で、胃腸系の不調がこれに続く。また女性は男性より病気になる選手の割合が少し高かった。

もちろん、昔から旅行者の多くは下痢や胃腸系の不調に悩まされるものだし、約30パーセントは何らかの型の大腸菌に感染する(大腸菌は細菌なので抗生物質が有効だ)。しかし、テキサス大学の感染症専門医で、1972年に世界で初めてノロウイルスを発見したチームにも加わっていたハーバート・デュポンは、旅行中の下痢の5〜10パーセントはノロウイルスであり、この場合は抗生物質は効果がないと指摘する。唯一の治療法は「自分の部屋に行き、トイレのそばで胎児のように丸まってボトルの水を飲みながら安静にする」ことだという。なお、アメリカなどで販売される胃腸薬「ペプトビスモル」によって症状が多少は緩和するとの研究もある。

では、ノロウイルスの大流行の危険に晒される選手たちの健康を守る最善の策は何だろう。まず、すべてのものを漂白剤で消毒する。感染者を隔離する。食事の調理をする人の健康にも留意する。アルコール濃度70パーセントの除菌剤を使った手洗いの徹底。そしてもうひとつ、握手はしない。デュポンは「選手同士が挨拶するとき、肩を叩いたり拳を合わせることは構いませんが、現状では握手は避けるべきでしょう」と指摘する。

なるほど、それほど難しくはなさそうだ。アスリートたちは体のほかの部分を合わせるときも、違うやり方を考えたほうがいいかもしれない。

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