原靖フットボールダイレクター

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 J1町田がアジア・チャンピオンズリーグ・エリート(ACLE)初出場で準優勝を果たした。J1初参戦からわずか4季目でアジア2位へ。異例の成長速度を支えてきたのが、23年シーズンからクラブ強化を担う原靖フットボールダイレクター(FD、58)だ。このほど、デイリースポーツの取材に応じ、驚異的なスピード感の内幕を明かした。

 アジアの頂点をかけた決勝戦。ピッチに立っていたのは日本代表経験のあるFW相馬勇紀、DF中山雄太、DF昌子源、GK谷晃生ら実績十分なメンバー。先発全員が原FDが就任してからの3年間で獲得にあたった選手たちだ。23年からの3年間で入れ替わった選手は約50人。「そのスピード感たるや、絶対ないんです。他のクラブでは起こりえない」と実感を込める。

 背景にあるのは「現場第一」の体制だ。クラブ経営は事業、地域活動など多くの要素と隣り合わせ。大分、清水、岡山で強化を担ってきた原FDは、勝利一本にかじを切ることが「意外と難しい」と事情を理解する。そんな中、町田は「すごく純粋というか、ピュアな印象」と、クラブ全体が勝利に向かって一枚岩だという。

 その始まりは、負けないサッカーを美学とし、青森山田高で計7度の日本一に輝いた黒田剛監督の招聘(しょうへい)だ。「黒田さんと一緒にやる=勝ちに振る。どんどん勝っていこうというスタートだった」。22年12月にサイバーエージェント藤田晋社長がクラブ社長に就任。トップチーム人件費は前年度の約2・4倍の18億円超に膨らみ、改革を後押しした。

 前年はJ2で15位。まずは1年でJ1に昇格させる。そのために原FDは「規格外というか『それ反則でしょ』という選手を」と、J1横浜Mで2桁得点の経験があるFWエリキ、オーストラリア代表のFWデュークを獲得。翌年のJ1初年度には谷、昌子を補強すると、シーズン途中にも相馬、中山の大型補強に成功し、一気にスカッドを引き上げた。

 その裏には大胆な決断も続けてきた。入る選手がいれば、入れ替わる選手もいる。契約が残る選手の給料を二重払いすることも少なくなかった。「普通のチームであれば、その選手は契約を満了するか、高い額で売れたら次の選手を取ってくるっていうようなスピード感でしかできない」。通常なら何十年も要するクラブ作りを、町田は投資と意思決定で一気に圧縮した。

 今後は「決してすごい選手を取らないわけではないが、若い選手も一緒に積み上げていく」と、少しペースダウンしていくという。「ACLEに出続けることが今の目標」。異例のスピードでアジア2位まで駆け上がった町田の挑戦は、まだ終わらない。(デイリースポーツ・松田和城)

 ◆原 靖(はら・やすし)1967年12月4日、大分市出身。大分上野丘高から大分大を経て、大分トリニティ(現J2大分)に加入。その後、米国でもプレーした。99年から大分の普及部コーチ、下部組織コーチ、スカウト、強化部長などを歴任。2011年〜15年まで清水、19年〜22年まで岡山の強化部長を務めた。23年から町田のトップチームおよびアカデミーを統括するフットボールダイレクターに就任した。