原動力は“地域の人たちとの絆” 能登の被災地に移住の女性 地域を盛り上げるために
地震と豪雨で大きな被害を受けた石川県珠洲市大谷町に移住し、地域を盛り上げようと日々、奮闘している女性がいます。その原動力は、地域の人たちとの絆でした。
珠洲の空を泳ぐ色鮮やか鯉のぼり。
多くの人でにぎわうここは、石川県珠洲市大谷町です。
坂口 彩夏 さん:
「ここに来た人を、ほっとできる空間にできたらいいなと思います」
ひときわ忙しそうに働いているのは、イベントの企画・運営を担う坂口彩夏さん(27)。
大谷を初めて訪れたのは2年前で、能登半島地震のニュースを見たことが切っ掛けでした。
坂口 彩夏 さん:
「今までの人生でボランティアをするということは全くなかったんですけど、でもなんかやっぱり、その年の始まりに起きて、何かやれることないかなって思って」
小学生の時に、東日本大震災を経験した坂口さん。
他人事とは思えないと、毎月のように大谷に通うようになりました。
地元の人たちと触れ合ううちに、この町に住みたいと思うようになったといいます。
坂口 彩夏 さん:
「泣いてた人がいて『こんなところまでわざわざありがとう』って。なんか変な人来たとかじゃなくて、わざわざこんなとこ来てくれたんだねみたいな。なんかいるだけですごく喜んでもらえたりとかしたので、人が必要だなって思いましたね。この大谷がどう変わっていくかとかもそうだし、この人たちと一緒に、いろんなものを見たいなと思って」
そして2年前の9月に大谷に移住し、現在はNPO法人の一員として地域の課題と向き合っています。
この日は、新たに住民たちの憩いの場として作る、コミュニティハウスの完成に向けた打ち合わせです。
「台だけでいいかもしれない」
「棚にしなくても」
「時々、必要なときに持ってくるぐらい」
「そういうのもできたらありがたい」
「それがいいね」
坂口 彩夏 さん:
「商店がこの入り口側にあって、カフェスペースがこの辺にあって…。車がない人も生活しやすいように商店を設けたり、地域の食材のものが食べられるようにカフェスペース、ごはんを提供できるような場所を作ったり、この辺がより地域の人たちがホッとしながら、安心して暮らせる場所の拠点になったらいいなと」
居場所づくりやイベントの企画など、移住してから約1年8か月にわたり、奔走してきた坂口さん。
今ではすっかり、地域に欠かせない存在となりました。
「マイコさんお疲れ、おかえりなさい」
「ただいま」
「孫なんですよ。孫にしてしまったんですよ。(Q. 彩夏さんの存在は?) 大きいですよ」
「みんななんかさ、こっぱずかしいこと言わないでほしいわ」
この日、坂口さんが訪れたのは、3日後に控える鯉のぼりフェスティバルの会場。
大谷川を泳ぐこいのぼりは、ゴールデンウイークの風物詩として長年、地域に愛されてきました。
一歩の会・吉原 忠男 さん:
「生活の一部と言いますかね、やっぱりこの風景がないと寂しい」
長年、フェスティバルを運営してきた地元住民でつくる「一歩の会」の吉原忠男さん。
もともと過疎化と高齢化で、担い手が少なくなっていたところに地震と豪雨が襲い、おととしは中止に。
去年は坂口さんらが中心となり、2年ぶりに開催されました。
一歩の会・吉原 忠男 さん:
「彩夏グループが来てくれたんで、ちょっと今、楽ですわ。今まで一歩の会と地域の人がやっとったことを、ほとんどやってくれてますよね」
「当日晴れればいいですね」
「晴れるわいね」
「晴れるかな」
「だって坂口彩夏は晴れ女ってみんな言うとる」
「私、だいぶ晴れ女ですけど」
そして迎えた、鯉のぼりフェスティバル当日。
現在も工事が続く大谷川には、震災後はじめて鯉のぼりが渡されました。
悪天候のため、メイン会場は急きょ学校へ移しました。
坂口 彩夏 さん:
「まぁ急遽変更だったんですけど。その代わり、すごい地域の人たちがよりイキイキしたら。子供たち喜んでくれるんじゃないかなとか、ここにも鯉を渡していいかっていう形で。町全体の鯉のぼりの数も増えたし、よりいい形になったかなと思います」
坂口さんや地域の人たちの創意工夫もあり、会場には多くの人が…
来場者は:
「ボク、今、赤のこいのぼり作ってる。(Q. こいのぼりかっこいい?) うん」
「自分は若い時、(フェスティバルで)物を売ったり、アルバイト的なこともしたんで懐かしいなって」
会場いっぱいに広がる笑顔。大谷の町ににぎやかな声が戻ってきました。
坂口 彩夏 さん:
「大谷離れちゃった人でも、いつでも帰ってきていいよって何か伝えてあげられるような場所は、すごく必要だなと思っているので、最高ですね。みんなと仲良く暮らしていきたいです。それだけです」
地域の人たちとの温かな絆を原動力に、坂口さんはこれからも奮闘します。
