「辞めざるを得ない」年間10万人にのぼる介護離職「その大半は女性」の現実。キャリア断絶を防ぐ開発者の挑戦
介護を理由に仕事を辞めざるを得ない介護離職者はすでに、年間約10万人にものぼると言われています。しかも介護離職者の大半は女性が占めるという現実に、危機感を抱いたのは、福祉分野を対象にロボティックス技術の研究開発などを行う、aba代表の宇井吉美さんです。テクノロジーで課題解決に挑むその原動力は、かつてヤングケアラーとして自分の時間を犠牲にし続けた、亡き祖母への思いでした。
【写真】宇井さんが構想している「前代未聞の介護ケアホテル」(7枚目/全8枚)
年10万人の介護離職者の大半が女性
── 介護離職者の増加はもちろん、子育てと介護の両立を行う「ダブルケアラー」の数は国の調査では約25万人と推計されています。特に女性は約17万人と男性の2倍です(2016年発表の内閣府調査)。小さな子どもを育てながら、年老いた親の介護も行うのは、非常に大変なことだと思います。
宇井さん:家族の生活を成り立たせるために、女性は仕事をしながら育児・介護・仕事を担っている状況ですよね。家族のためとはいえ、女性のほうがキャリアが断絶しやすいこの現状は、決して好ましいとは言えません。状況を変えるべく、私たちが進めているのが、介護分野へのテクノロジー導入。尿や便のにおいをAIが検知する排泄検知センサー「ヘルプパッド」はそのひとつです。
介護現場で負担が大きい業務のひとつが「排泄介助」ですが、特に課題になっていたのはおむつ交換でした。尿や便が出たままだと「漏れ」が生じる可能性がある反面、出ていないのにおむつを確認してしまう「空振り」では、利用者に不快な思いをさせることも。ヘルプパットで最適なおむつ交換のタイミングを知ることで、利用者、介護者双方の負担軽減が実現できるんです。
介護と仕事、育児の両立は大変ですが、テクノロジーで介護の負担が少しでも減れば、今よりも望まない介護離職率が改善できるはずです。実は私もふたりの子どもを育てながら社長業を行っています。当事者として、働く女性の苦労は身をもって知っているからこそ、開発した製品やサービスの提供で、少しでもサポートができればと思っています。
自分の人生を歩めなかった祖母が60歳でうつに
── 介護分野のロボット開発者を目指し、大学の工学部に進学。その道を志したのは、宇井さんが中学時代にうつ病を患った祖母の存在が大きかったようですね。
宇井さん:戦中生まれの祖母は、働きづくめの人でした。ヤングケアラーとして兄弟の面倒を見て小学校にはほとんど行けず、子ども時代は悲しい思いをしたそうです。結婚後も、嫁ぎ先で家事・育児をこなしたうえに、仕事もして家計を支えるなど、休む間もない日々を送っていました。
ようやく子育てが終わろうとした矢先、今度は私と妹の「孫育」が始まって。実家で営む商売に両親がかかりっきりだったため、祖母が住み込みで私たち姉妹の面倒を見てくれていたんです。
そんな祖母が、60歳になった頃にうつ病と診断されました。私が中学生の頃です。振り返ると「うつになって当然だよな」と思うほど、祖母の人生は人のために働いてばかりでした。
祖母は昨年、他界したため、確認のしようがないのですが、自分のやりたいことをあきらめる場面はきっと多かったはずです。そんな人を減らしたいのと、祖母がうつ病になったとき、十分なケアをできなかったのもあり、介護ロボット開発者の道に進もうと思ったんです。
「産後ケア施設」ならぬ「介護ケアホテル」とは
── 在宅介護の分野でいうと、テクノロジーによって介護のあり方をどのように変えていきたいですか?
宇井さん:在宅介護でいえば、ちょっと賢くなった家電や家具が、介護者を見守るような姿を思い描いています。たとえば、家の中に置かれるAI家電やAI家具が介護用のセンサーとつながり、何か問題があればアラートで家族や本人にお知らせするとか。介護って別名で「生活支援」とも呼ぶのですが、生活の場に溶け込むスタイルが望ましいのかなと。
── 宇井さんは在宅以外のサポートも考えているそうですね。
宇井さん:当社では現在、家族と介護者が一緒に短期宿泊できる「介護ケアホテル」の構想を進めています。近年、出産後の女性をケアし、育児サポートをする産後ケア施設が増えていますが、その介護版のようなイメージです。介護職員がそばにいることで、必要なときに支援を受けながら、家族と過ごす時間を持てる場所です。
これまで、介護は施設に預けるか、在宅で家族が引き受けて頑張るかの2尺になりがちでした。介護ケアホテルは、そのあいだにある選択肢として、無理なく関わり続けられる環境をつくるものだと考えています。
そして現在、この構想をさらに具体化したプロジェクトとして進めているのが「ねかいごとホテル」です。「ねかいごと」とは、介護の現場でつぶやかれる「こうだったらいいのに」という願いを、願いのままで終わらせず、テクノロジーや人の力で叶えていく取り組みです。「ねかいごとホテル」では、食事や入浴、移動や会話といった日常の一つひとつにある願いを起点に空間や体験を設計し、不安や負担を先回りして小さくしていきます。そうすることで、「介護をする時間」を「一緒にいられる時間」へと変えていくことを目指しています。
今年3月には高輪ゲートウェイにて、「ねかいごとホテル」のコンセプト展示として、8つの“ねかいごとルーム”のパネル展示を行いました。2日間で200名を超える方々にご来場いただき、各ルームに対する関心や共感についてヒアリングを実施しています。こうした実証を通じて得られた気づきをもとに、「ねかいごとホテル」を、介護者の心に寄り添いながら“ケアする人のためのケア”を実現する場として、今後さらに形にしていきたいと考えています。
介護現場ではロボットが活躍する未来が
── 介護施設の現場では近い将来、介護ロボットが活躍しそうです。
宇井さん:介護業界の人手不足は深刻です。施設では人手不足により、介護職員が異性の利用者さんの入浴や排泄などの介助をする「異性介助」も余儀なくされる場面がどうしても増えてしまっているため、介護ロボットで代替する意義は大きいと思います。
ただ、だからといって介護に人間がまったくかかわらなくなるとは思えません。たとえば、おむつ交換を介護ロボットが担う際、「さあ、おむつを交換しましょう」「大丈夫ですか」「これですっきりしましたね」といった人間の声かけは必要だと考えていますし、重要なことだと思います。これは在宅の介護でも同じです。
介護ロボットはあらゆる身体的なケアを行い、負担が軽減される人間は介護者の心に寄り添う精神的なケアを担う。近未来は、そうしたテクノロジーと共生した介護のあり方に変わるのかもしれません。
そうすれば、私の祖母のように家族のために時間を割いて自分の人生を歩めない辛い思いをする方が減ってくると思います。テクノロジーやロボットは万能ではありませんが、人間が行う際に難しさを感じる部分をサポートする役割を果たしていけば、介護のさまざまな問題も徐々に解決できると信じています。
取材・文:百瀬康司 写真:株式会社aba

