MROラジオ「あさダッシュ!」に出演している金沢大学名誉教授の加藤和夫氏には、今でも忘れられない苦い思い出がある。東京都立大学の大学院生時代、当時東京タワー近くの芝・愛宕山にあったNHK総合放送文化研究所放送用語研究部でアルバイトをしていた頃のことだ。

加藤和夫金沢大学名誉教授「昼休みに東京タワー近くのレストランで、店内のメニューを見て『ミンチカツ定食お願いします』と注文したら、若いウェイトレスから『メンチカツ定食ですか?』と怪訝そうに聞き返されたのです。その時初めて、東京ではミンチカツではなくメンチカツと言うことを知りました」

この体験が、方言研究者としてミンチカツとメンチカツの地域差の存在に注目するきっかけとなった。挽肉にタマネギのみじん切りを混ぜて捏ね、小麦粉とパン粉をつけて油で揚げたあの料理の呼び方にも方言差が生まれていたのである。

「東はメンチ」、「西はミンチ」全国マップが示す東西の差

住宅地図大手のゼンリンが2025年3月に実施した調査結果が、この呼び方の地域差の概要を教えてくれる。2日間で449件の回答を集めた「全国『ミンチカツ』マップ」を見ると、日本列島は大まかに「東のメンチカツ」対「西のミンチカツ」という構図を見せている。

東のメンチカツ勢力圏は、中部の岐阜・長野・新潟から関東地方、東北地方全域にわたる。さらに北陸の石川・富山、中国地方の島根、徳島を除く四国地方、福岡・熊本を除く九州地方でもメンチカツ派が優勢だ。

一方、西のミンチカツ勢力の中心は大阪・兵庫・京都の関西中心部で、ここでミンチカツ派が特に多い。その勢力圏は奈良・愛知・広島にも広がり、関西の三重・和歌山、中国地方の鳥取・岡山・山口、四国の香川、九州の福岡・熊本、そして静岡、北陸の福井、近畿の滋賀でもミンチカツがメンチカツを上回っている。

興味深いのは、東日本でも北海道にミンチ派が存在することだ。

福井出身の加藤氏は、「私がミンチカツの呼び名を覚えたのは、「大学院入学で上京する前の福井時代だったに違いありません」と振り返る。

地域差の背景は、聞き違い?明治時代の聞き違いが生んだ「メンチ」

この地域差の背景には、興味深い歴史があるようだ。明治時代、現在も東京・銀座にある洋食店「煉瓦亭」の初代店主が、ひき肉を意味する英語「Mince meat(ミンスミート)」を「メンチミート」と聞き違え日本人に分かりやすい名前をということで、ひき肉を使ったカツを「メンチカツ」と名付けたのが起源とされる。

その後、メンチカツが人気となり、その呼び名は全国に広まった。しかし後に関西では、より英語の発音に近い「ミンチ」を採用して「ミンチカツ」と呼ぶようになった。

「この分布からは、メンチカツの呼び名の方が古く、一旦全国に広まったが、後に関西でミンチカツの呼び名が生まれて近畿及びその周辺部にミンチカツの名が分布を広げたのではないか」と加藤氏は考察する。

日本の言語文化の豊かさと多様性関西独自路線の背景にある「こだわり」

関西でミンチカツという呼び名が生まれた背景には、もう一つの説がある。関東のメンチカツが豚と牛の合い挽き肉を使っていたのに対し、関西では牛100%のひき肉を使っていた。そのため関東のメンチカツとは違う名前を付けようとしたのではないかという説だ。

現在では、関東ではひき肉を「ひき肉」としか言わず、「メンチ」はメンチカツの名前だけが残っている。しかし関西では、ミンチカツに合わせてひき肉も「ミンチ」と呼ぶのが一般的だ。

「ミンチカツ」「メンチカツ」という、たった一つの料理の呼び名で明治以降に成立した新しい地域差からも、日本の言語文化の豊かさと多様性が見えてくる。

加藤和夫

福井県生まれ。言語学者。金沢大学名誉教授。北陸の方言について長年研究。MROラジオ あさダッシュ!内コーナー「ねたのたね」で、方言や日本語に関する様々な話題を発信している。

※MROラジオ「あさダッシュ!」コーナー「ねたのたね」より再構成