〈新変格ミステリ〉の旗を掲げる倉野憲比古の勝負作、『ナッハツェーラーの城 或いは最後の〈奇書〉』の魅力に迫る〉から続く

 小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、夢野久作『ドグラ・マグラ』、中井英夫『虚無への供物』、そして竹本健治『匣の中の失楽』。日本探偵小説の歴史に燦然と連なる「奇書の山脈」に触発されて書き上げられた『ナッハツェーラーの城 或いは最後の〈奇書〉』。「新本格」の向こうを張って「新変格」の旗を掲げた著者・倉野憲比古が『スノウブラインド』でデビューするまでの経緯など、その「雌伏の時代」に迫る。

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デビュー作『スノウブラインド』誕生秘話

編集A デビュー作『スノウブラインド』はいつ頃、どういうきっかけで書かれたのでしょうか? たしか大学院在学中にお書きになったんですよね。

倉野 心理学を専攻していた大学院生の時、二十代半ばですが、あまりに暇すぎて読書かパチンコくらいしかやることがなかったんです。どうせ暇を持て余しているならと初めて小説を書いてみたのが『スノウブラインド』の原型です。

編集A その原稿が、精神科医の春日武彦先生の紹介で私の手に渡ったのが2006年の2月でした。

倉野 私の学生時代の恩師が春日先生と親交があって、その伝手でAさんに読んでもらうことになったのですが、その原稿はまだ習作段階で、長さも本になった完成版の半分ほどでした。


倉野憲比古著『スノウブラインド』

編集A その頃は精神科病院の夜勤のアルバイトをされてましたね。

倉野 よく覚えてますね(笑)。患者さんとテレビを見たり、おしゃべりしたり、一緒に煙草を吸ったりと、けっこうのんびり過ごしてました。懐かしいなぁ。

編集A そのアルバイトから作品のヒントを得たりしたことはありますか?

倉野 今回有償特典小冊子として書泉・芳林堂で販売された「双子」や「絵描きと蚯蚓」の描写は、当時見聞きしたことから影響を受けているかもしれません。

編集A 『スノウブラインド』に影響を与えたミステリの先行作、あるいは他の分野の本や映画などがあったら教えてください。

倉野 影響を受けたものは……やはりミステリなら『黒死館殺人事件』と『ドグラ・マグラ』です。他分野だったら、フロイトや木村敏の論文。あとは最近あまり聴かないけど音楽ではBlack Sabbathとか。

編集A 『ナッハツェーラーの城』の、大雪の中を主人公たちが不気味な山荘に向かって車を走らせるなど序盤の展開は『スノウブラインド』を思わせます。『スノウブラインド』と『ナッハツェーラーの城』の関係は?

倉野 ナッハツェーラーの元々のコンセプトのひとつは、「『スノウブラインド』の雰囲気+『弔い月の下にて』のような奇抜なトリック」でした。だから不気味な館への道中は意図的に『スノウブラインド』に雰囲気を似せています。あと、『スノウブラインド』で使った比喩表現をわざとナッハツェーラーでも再度使っています。

編集A 『スノウブラインド』刊行後、『墓地裏の家』『弔い月の下にて』と心理学を学ぶ大学院生・夷戸武比古が探偵役のシリーズを書き継いでいきましたね。前者は奇妙な新興宗教団体の教会、後者は隠れキリシタンの末裔が建てたという孤島の館を舞台に奇怪な事件が起こります。

倉野 この2つは完全に先にトリックありきの作品です。心理学的、精神病理学的なメイントリックを精神医学文献を読んでまず考えて、それに合う物語を後づけで作っていきました。

B級ホラーの魅力とは?

編集A 倉野さんのB級ホラー映画好きは、いまやSNSなどを通じて熱心なファンの間では有名ですが、そもそもA級とB級の違いって何なんでしょう? また倉野さんが愛するB級ホラーベスト3は?

倉野 A級とB級の違いは……予算の違い、と言いたいところですけど、低予算でも『悪魔のいけにえ』みたいなA級はありますしね。ルチオ・フルチみたいな、「観客はこんな感じに作っとけば喜ぶやろ」みたいな職人気質の映画はB級かなあ。あ、でもフルチはC級かも(笑)。

 B級ホラーのベスト3……難しいけど『デモンズ2』、『ビヨンド』、ジョン・カーペンターの『世界の終り』とかは大好きです。

編集A 『スノウブラインド』や『墓地裏の家』が刊行された当時は思った以上に反響が少なく、早々に書店から姿を消したという苦い記憶があります。それが、いつの間にか再評価の機運が高まり、今回の復刊や『ナッハツェーラーの城』のブレイクに繋がったと思うのですが、その辺りの事情をご自身ではどのようにとらえていらっしゃいますか?

倉野 夷戸のシリーズはコロナ禍に入る少し前に、社会人ミステリ研究会(シャカミス)という読書サークルの方々が面白がって、色々宣伝してくださいました。それが電子書籍化につながり、さらに『弔い月の下にて』刊行への道筋がついて、一部のミステリファンに再発見してもらった感じだと思います。

 自分で言うのも何ですが(笑)、時代より一歩早かったんですかね?

編集A 倉野作品はホラー要素も含まれているので、近年のホラーブームも最後の一押しになってくれたのかもしれませんね。

 さて、「最後の奇書」を書いてしまったいま、これからのご執筆の方向性についてはどのようにお考えですか?

倉野 実は、せっかくミステリ作家になったのだから、一度は大トリック一発で勝負するガチガチの本格を書いてみたいという夢があるんです。でもまあ、それは夢のまま終わりそうですが(笑)。

編集A まだ具体的な次回作の構想はないということですね(笑)。

倉野 長篇はあと1年くらいしたら……(笑)。その間にオファーを受けている短篇を書きます。

編集A 今回、書泉・芳林堂さんで復刊された『スノウブラインド』と『墓地裏の家』の特典小冊子に収められた「絵描きと蚯蚓」と、『ナッハツェーラーの城』の特典「双子」はとてもいいホラー短篇ですね。長篇も短篇も新作を期待してお待ちしています。

(倉野 憲比古/文藝出版局)