日比谷線脱線事故で亡くなった男性が通っていたボクシングジム 細田佳央太・菅田将暉が訪問

2000年3月8日に発生した地下鉄日比谷線脱線事故で亡くなった、当時高校生の富久信介さん。事故から20年後、彼に守ってもらったという女性から富久さんのご家族の元に一通のメッセージが届いた。
再現ドラマに加え、20年前に亡くなった富久さんへの感謝と好意が込められたメッセージが届いたときのことを父親に取材。「それはもう衝撃でした。女の子の(交友の)話は一切なかった。(富久さんが)恋の一つもしないで旅立ったと思うと切なくて。メールを頂いた時にはびっくりして、涙が止まらなかったです」という。
さらに、富久さんの生涯を描いた映画『人はなぜラブレターを書くのか』の公開を前に、映画で富久さんを演じた細田佳央太と、その先輩で、大橋ジムで初の世界チャンピオンとなった川嶋勝重さんを演じた菅田将暉が、富久さんが通っていた大橋ボクシングジムを訪問した様子も紹介した。
川嶋さんは富久さんと気が合い、よく一緒に練習していたという。しかし当時川嶋さんは全く期待されていない選手だった。
事故で富久さんが亡くなった後、絶対に勝てないと言われながらも世界戦に挑むことになった川嶋さんは、トランクスに富久さんのイニシャル「S・T」を入れてリングに立った。「世界戦のリングに連れて行ってあげたいという気持ちもあったと思いますし、もうあとがないという気持ちもあったのか、富久に、頼むから応援してくれという気持ちもあった」と当時について話す。
誰もが対戦相手・徳山昌守選手の圧倒的勝利を予想する中、川嶋さんは1ラウンドKOで世界チャンピオンに輝いた。
大橋ボクシングジム・大橋秀行会長は「富久の魂が乗り移ったとしか思えないくらいの勢いでしたね。富久も、川嶋と似たタイプだったので」と振り返る。
菅田が「富久さんもプロの道を突き進む道もあったということですよね?」と尋ねると、大橋会長は「うん。東大に入ってからプロになると。いずれ実業家になって、大橋ジムのスポンサーになりますからね、って言ってたんだよ」と明かした。
17年で閉ざされてしまった富久さんの人生だが、そのまっすぐで強烈な生き方は、今も多くの人の心の中に生き続けている。
