破格の値段設定の裏側には「インフラ」を担う矜持があった

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 中華チェーン「日高屋」には420円のラーメンというメニューがある。一昨年に原材料の高騰に伴う30円の値上げを行うまでは、390円という破格の安さを長く守ってきた(いずれも税込価格)。この値段設定には、単なる安売りではない、創業者・神田正の哲学があった。

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【画像】創業者は御年85歳。「常識の逆をいく経営」で“日高屋”を展開してきた ほか

※この記事は、『日高屋 10人中6人に美味しいといわれたい』(神田正著、中村芳平構成、日本実業出版社)の内容をもとに、一部を抜粋/編集してお伝えしています。

 熱烈中華食堂「日高屋」が1都6県で435店(2026年2月末時点)も展開し、600店舗を視野に入れるまで大きくなってきたのは、2002年(平成14年)6月に低価格の1杯390円のラーメンを目玉にしたことによる。そして、当時、展開していた「ラーメン館」のようなラーメン専門店ではなく「大衆中華」の店に舵を切る決断をした。ラーメン専門店は個人でも参入しやすく、競争が激しくなるからだ。

破格の値段設定の裏側には「インフラ」を担う矜持があった

 神田は、

「メニューが多く調理が大変な町中華が後継者難となり、人手不足で消えていっているが、そこに商機がある」(神田)

 と、決めたのである。

 そして神田は、

「餃子をつまみに生ビール1杯、飲んだ後の締めのラーメンを食べても1000円でお釣りがくる」(神田)

 というセット売りを強化し、サラリーマン、現場職、夜職、タクシー運転手などの人たちの人気を得た。それは低価格の「日高屋」の1杯390円(税別)のラーメンを導入したことが、起爆剤となったからだ。

ひと昔前の「屋台」にヒント

 ひと昔前、屋台は「1人客中心」(仕事帰りの労働者)で、「ビール・酒+おでん+ラーメン」という注文が多かった。

 神田が開発した「日高屋」は、まさに屋台ラーメン・屋台おでんの生まれ変わりである。ラーメンの歴史は屋台の歴史でもある。「日高屋」が大きく発展してきたのは、屋台の歴史を大切にしてきたからではないだろうか。

 神田は「日高屋」の「1杯390円のラーメン」の価格を2002年(平成14年)以来22年間守ってきた。

「生ビール1杯+餃子1皿、ラーメン1杯」で1000円でお釣りが戻って来る価格設定を守り通した。

 原材料の高騰で2024年(令和6年)12月に30円値上げして420円(税込)とするまで、決して妥協しなかった。

 ここに神田の「日高屋」を「社会インフラとして地域活性化に貢献する」という姿勢と誇りを見ることができる。

マクドナルド59円、吉野家280円

 2002年6月に「日高屋」1号店となる新宿東口店を開店させる際、神田が最もこだわったのは、「大宮ラーメン館一番街店」が1杯480円(税別)で売っていたラーメンを90円値下げし、1杯390円(税別)に設定したことだ。〈※なお、2004年4月からの消費税の総額表示の義務化に伴い、消費税分をのみこみ税込390円とした〉

 当時、ロードサイドに展開する幸楽苑が390円(税別)で販売していたが、神田は新業態「日高屋」を売り出し、ブランドを広めるためには最適な価格だと思った。

 その頃は、牛海綿状脳症(BSE)の問題が発生、消費者の「牛肉離れ」が起こり、日本マクドナルドが2002年(平成14年)2月からはハンバーガー1個80円(税別)で売っていた。2002年(平成14年)8月5日からハンバーガー1個59円(税別)で販売した。

 また、吉野家は2001年(平成13年)から牛丼1杯並280円(税込)で売っていた。吉野家は米国産牛バラ肉の部位の一部、ショートプレートを食材に使っていたが、2003年(平成15年)米国でBSE問題が起きて、米国産牛肉の輸入が禁止された。吉野家は翌2004年(平成16年)に牛丼の販売を一時的にストップしたのである。

 神田は、このようなデフレ経済下で、「ラーメン館」の価格が480円〜600円(税別)と高止まりしていたことが、2003年に事業終了となった「ラーメン館」のブランド寿命を早めたと思った。

「安すぎて儲けが出ない」の反論も

 新業態「日高屋」を開発する中で、中・長期的にラーメン価格の見直しを行なった。

 神田が、取締役会議で、

「ラーメン館のラーメン価格を390円(税別)に値下げする」(神田)

 と発言すると、役員は全員反対した。「安すぎて儲けが出ない」というのだ。

「私はこういう重要案件を決めるのに、多数決は採りません。
390円は決定事項です。物件探しで常に現場を歩いているので、駅前の人の流れ、客層、ビジネスマンの財布感覚などをよく理解しているつもりです。お客様が来店しようと思える価格が適正価格なんです。利益のことは後から考えればよいことです。
多数決で価格を決めて、仮にその決定が間違えたとしても誰もが責任を取りません。多数決というのは無責任なところがある決め方だと思います。
私は誰よりも現場の感覚を大切にして、メニューや価格設定を決めてきました。私の決定が的外れであれば、会社は成長しなかったでしょう」(神田)

 神田は「ラーメン館」の480円(税別)のラーメンを思い切って390円(税別)に値下げで反転攻勢に打って出た。食品スーパーのように低価格ラーメンを目玉にして、「餃子1皿(6個入り)をつまみに生ビールを1杯飲み、ラーメンで腹を締めて1000円で釣りがくる」というセット販売を売り込んだ。

 このような価格設定がうけて、中華そば「日高屋」新宿東口店は大いに繁盛した。「日高屋」が鳴かず飛ばずでヒットしなければ、今日の日高屋の発展はなかったといえるだろう。

デイリー新潮編集部