「月収7000円」が変えた夫婦の形。亭主関白なHGを仏に変えた、専業主婦志望の「誤算」と「開花」
「専業主婦」という穏やかな夢が、「月収7000円」という想定外の現実によって打ち砕かれた瞬間。21歳で人気絶頂のレイザーラモンHGさんと結婚した住谷杏奈さんは、夫の芸能生命を揺るがす大怪我を機に、家族を守るための「覚悟」を決めます。「HGの妻」という立場に甘んじることをやめ、夫のプライドと激しくぶつかり合いながらみずからの道を切り拓いた日々。かつての亭主関白を「仏」に変えるまでに至った、住谷さんの驚くべき変容と、新しい夫婦の形に迫ります。
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売れっ子芸人からの猛アプローチも「興味なし」
── お笑い芸人・HGさんとは今年で結婚20周年だそうですね。人気絶頂だったHGさんとの出会いは、意外にも「すっぴん」だったとか。
住谷さん:そうなんです。2005年、私が21歳のときでした。友人に「お茶しない?」と、連れ出された先にいたのが夫。夜だったのでパジャマ姿にすっぴんという超リラックスモードが初対面でした。
当時は夫が「HG」として爆発的にブレイクしていた時期。でも私は「友達の付き添い」感覚で、異性としてまったく意識していませんでした。ただ、私がプロレス番組を担当していて詳しかったので、プロレス好きの夫と意気統合して。「女性でこんなにプロレスの話ができる人はいない」と、夫が関心を持ってくれたようです。
── そこから猛アプローチが始まったんですね。
住谷さん:凄まじかったですね(笑)。夫は大阪住まいでしたが、多忙で週7日東京のホテル泊。夜中に仕事が終わって翌朝からロケという過酷なスケジュールの合間を縫って、「ごはんに行かない?」「ちょっとでも会えない?」と毎日メールが届きました。ヘリでテレビ局を移動するくらいの忙しさの人が、睡眠時間を削ってまで会いたいと言ってくれることに驚きました。
最初は「一度しか会っていないのに、チャラい人なのかな?」と警戒していたんです。でも、会うたびに真っ直ぐ「付き合いたい」と言い続けてくれる。それまでの私は、自分から追いかける恋ばかりで失敗してきましたが、夫は正反対のタイプ。「この人に追われる恋のほうが、私は幸せになれるかも」──そう確信してからは早かったですね。
実業家になるスイッチを押した「絶望的な給与明細」
── 卒業文集に「将来の夢は専業主婦」と書くほど、働くことに消極的だったそうですね。
住谷さん:そうなんです。グラビア時代もやりがいを見出せず、人と会うのも苦手。一刻も早く家庭に入り、誰とも喋らず夫の帰りを待っていたい…。そんな究極の専業主婦志向でした。だから夫と喧嘩した際も「今すぐ結婚するか、別れるか」と二択を突きつけ、出会って8か月で強引にゴールインしたんです(笑)。
── ところが、理想の生活はわずか1年で崩れ去ります。
住谷さん:当初は専業主婦になることを希望していたのですが、結婚して約1年後に夫が足に大怪我を負い、長期入院。人気絶頂だった夫の収入がほぼゼロになり、収入は着ボイスでかろうじて入ってくる程度。「月収7000円」という現実に直面しました。結婚当初から私はずっと養ってもらっていたわけだし「よしっ、次は私の番だ!」と。そのとき初めて「私が稼げばいいだけか!」とスイッチが入ったんです。「やってみないとわからない」という思いが芽生えました。
── HGさんは元々、「女性は働かなくていい」という亭主関白な考え方だったそうですね。妻のその変貌には戸惑ったのでは?
住谷さん:夫は結構、昔ながらの考えでした。「今の仕事はすぐにやめて、家に入ってくれ」「自分が養う」と言ったのに、できていないばかりか、妻に家計を助けられていた訳ですから、プライドは傷ついたはずです。でもそこから、20年かけて夫も変わっていきました。私の「取扱説明書」をマスターし、今では私の理不尽な怒りも仏のように受け流してくれます(笑)。
── 今ではプロデュース商品の総売上500億円を誇る実業家ですが、当時は「夫の名前があったから成功した」という声もあったのでは?
住谷さん:それは事実です。「HGさんの奥さん」という信頼があったからこそ、話が進むこともありました。決して私の実力ではないんです。でも、「夫の知名度」という財産をどう生かし、ビジネスとして成立させるかは、もちろん私の戦いでした。
専業主婦になりたかった私が、夫の怪我をきっかけに「何者か」になるチャンスを得られた。一時はプライドを傷つけあったかもしれませんが、夫と出会えて本当に運がよかった。私の一番の成功は、この20年、夫と一緒にこの激動を乗り越えてきたことですね。
「夫の作品の一番のファン」として生きる贅沢
── 最近ではHGさんがアーティストとしての才能を発揮して、お店の壁面にスプレーアートをされるなど、活躍の幅を広げています。そんな才能をリスペクトして住谷さんがお仕事でデザインをHGさんにお願いしているそうですね。
住谷さん:夫の絵を描く才能を心から尊敬しています。一昨年頃から夫にスプレーアートをしてほしいと問い合わせてくださる方が増えました。そのあたりから私も勢力的に夫のアートの分野について勝手に営業をさせてもらい、窓口になっています。年内には都内で初の単独個展をプロデュースさせてもらう予定です。もう、夫の絵の才能だけを売り込んで生きていきたいくらい、夫のアート作品のファンなんです。
── プライベートでも、愛用のハイブランドのバッグにHGさんがスプレーペイントを施して話題になっていましたね。
住谷さん:ネットニュースで見かけたアーティストが持っていたバッグに刺激を受けて、夫に「私のバッグにも描いて!」と頼みました。夫は「本当にいいの?」と驚いていましたが、私に迷いはありませんでした。完成したバッグは世界に一つだけの宝物です。
──「アーティスト」のHGさんと「マネジメント」の住谷さん。最強ですね。
住谷さん:でも、夫は本当にお金に執着がなくて(笑)。入金の確認や契約のチェックなど、事務的なことは20年間私がやり続けています。「自分でやって」と言い続けて20年、一度もやってくれませんでしたけど、最近は「結局、私がやればいいんだ」と諦めがつきました。
…
誰かに守られて生きたいと願った「専業主婦志望」の夢が、月収7000円という現実によって打ち砕かれたとき。 住谷さんは、夫の知名度さえも「家族を守るための武器」に変え、「やってみないとわからない」と未知の世界へ飛び込み、みずからの才能を開花させていきました。 逆境を逆手に取り、自分の力で人生を切り拓いていく彼女の「しなやかな強さ」。人生の「誤算」さえも自分の武器に変えて進む彼女の姿。その潔さはあなたにどう映りますか?
取材・文:加藤文惠 写真:住谷杏奈

