「この人、ちょっと無理かも…」彼の行きつけのバーでこっそり聞いた、残念すぎる男の本性とは
松坂由里香は、パーフェクトな女。
美貌。才能。財力。育ち。すべてを持つ彼女は、だからこそこう考える。
「完璧な人生には、完璧なパートナーが必要である」と。
けれど、彼女が出会う“未来の夫候補”たちは、揃いも揃って何やらちょっとクセが強いようで…?
松坂由里香の奇妙な婚活が、いま、幕を開ける──。
▶前回:体育会系のハイスぺ男子とマッチング。好感触だったのに、彼が2回目のデートの約束を渋ったワケ

Vol.8 人脈のある男
テラス席へと続く大きなガラス戸からは、閉めきってあるというのに夜の冷たい隙間風が吹き込んでくる。
そこで開催されている知人のIT社長の忘年パーティーで、由里香はひとり、所在なく窓際に立っていた。
― あーあ、思った通りノリが合わないな。来なければよかった。
もともと、あまり親しくもないIT社長からのお誘いだ。寸前まで出席を迷っていたものの、
「いかにも出会いがありそうですけど、婚活はもう諦めたってことですか?」
という星野の一言で、ムキになって出席したのだった。
星野も一緒に来るよう誘ってみたのだが…。
「いや。俺は今日このあとすぐ帰って、カツサンド食べながらドラマの続き見るって決めてるんで。
社長もあのドラマ見てます?俺、主演俳優の五反田くん、めっちゃ好きなんですよ。演技力すごくないですか?」
そう言いながら星野が見せびらかしていた、『新世界グリル 梵 銀座店』のヘレカツサンドが、いま無性にうらやましい。
― 私も、家でカツサンド食べながら五反田くんのドラマの続き見たい…。シャンパンより、いつものマグカップで熱いコーヒー飲みたい…。
ドンペリボトルをかかげながら乱痴気騒ぎする出席者たちを横目に、由里香は冷え切った指先で、空のフルートグラスをもてあそぶ。
その時だった。うつむきがちな由里香の横顔に、明るい声がかけられた。
「あれっ、由里香社長!またお会いしましたね」
視線を上げると、そこに立っていたのは見覚えのない男性だ。
「すみません。どこかでお会いしてましたっけ?」
「いやだなぁ。3年前くらいに、あのマーケティングカンファレンスでお会いしたじゃないですか。キノサキですよ、キノサキ!」
「えーと…?あ…ああ、キノサキさん!はい、お久しぶりですね〜」
「あー、その顔は忘れてるでしょー?」
太い黒縁メガネ。整えられたヒゲ。ストリート系ハイブランドのモノトーンファッションという、いわゆる“業界人”らしいルックス…。

キー局のプロデューサーをしているというキノサキのことは、正直なところ、全く記憶にない。
けれど、狂騒じみたパーティーにうんざりしていた由里香にとっては、まともな話し相手というだけでも救世主だ。
思いがけず会話は弾み、由里香が婚活中であるということが話題に上がった。
「へぇ!じゃあ俺、立候補してもいい?実は初めて会った時から、由里香さんのこといいなーって思ってたんですよ」
薄明かりの中、キノサキに濡れた瞳でそう誘われた由里香は、改めてじっと相手を観察する。
― 居場所のない私に気を使って声かけてくれたし、優しい人よね。それに、何年も前に1回会っただけなのに、本当にそんなふうに思ってくれてたなら嬉しい…!
かすかなときめきに、胸が躍る。
由里香は、キノサキからのデートの誘いを快く受けることにしたのだった。
◆
「ええ〜、こんなところにバーがあるんですか?」
「そうなの、ちょっと待っててね」
パーティーの翌週。
改めてキノサキにデートで連れて行かれたのは、西麻布の、一見どこにでもあるようなありふれたマンションだ。
エントランスのインターホンが電子キーになっているらしく、キノサキが得意げな様子で4桁の数字を入力していく。
導かれるまま到着したペントハウスは、ミニマルなインテリアで統一された、秘密基地のような会員制バーになっていた。
「どもども〜、今度またゴルフ!よろしくね!」
「あっ、キノサキさん。ご無沙汰です」
「元気〜?調子よさそうだね!」
「キノちゃんじゃん!ウケる〜」
席に通されるまでのわずかな道のりの間に、キノサキは何人もの先客と軽い会話をこなしていく。

「由里香ちゃん、ごめんね。会員制のバーだからゆっくりできるかと思ったんだけど、連れのやってる店だからどうしても知り合いが多くてさぁ。
ちなみに、さっきのアイツはここらで幅利かせてる不動産系の社長で、あの子はフォロワー何万人もいるインフルエンサーの子で…」
「へえ〜、そうなんですね。キノサキさん、何飲みますか?私、何かカクテルいただこうかなぁ」
「あっ、カクテルだったら、これがオススメだよ。今ゴールデンでMCやってるあのお笑い芸人いるでしょ。俺の友達なんだけど、あいつが考案した飲み方で…」
「そうなんですねぇ、じゃあそれにしようかな。食事もできるんですよね?キノサキさんはどんなメニューが好きなんですか?」
「ここのスーパーボリュームカツサンドは、俺があの格闘家を連れてきた時にできたメニューなんだよ。あいつ、このまえのライジンの時もさぁ…」
「へぇ、すごいですね…」
キノサキとの会話は、終始のこの調子だ。キノサキ自身がどんなことが好きなのかを知りたくても、話題はいつのまにかキノサキの友達だという著名人の話になってしまう。
「由里香ちゃん、楽しいね。そうだ、記念に写真撮ろうよ」
「あっ、はい。いいですよ」
― 優しいし、楽しくないわけではないし、人脈が広いのもすごいことだけど…。キノサキさんがどんな人なのかが全然わからないんだよなぁ。
そう思いながら、作り笑顔でキノサキの自撮りに付き合っていた由里香だったが、次の瞬間、あまりの衝撃に持っていたグラスを取り落としそうになる。
「うそっ、あの人…!」
ふとインカメラから逸らした目線の先を、とんでもない人物が横切っていったのだ。
由里香の目線の先にあらわれた人物。
それは、星野がハマっている人気若手俳優・五反田くんだ。
「わぁ〜!五反田くんもここのお客さんなんですね。顔ちっちゃい!すごいっ」
つい興奮してしまった由里香は、ハッと我に返るなり、キノサキの方を振り返る。
「あれ?キノサキさん…?」
しかし、振り返った時にはすでに、キノサキの席はもぬけの殻。
そしてもう一度、五反田くんの方を見てみると、キノサキは五反田くんの肩を抱いているのだった。
「おい五反田〜、ドラマなかなか調子いいみたいじゃん!」
「あ、はい。おかげさまでありがとうございます」
「そっちの局ばっかじゃなくて、今度俺の番組にも出ろよな。恩を忘れたとは言わせないぞっ」
「あはは、いやだなぁ」
五反田くんとのひと通りのじゃれあいをこなし終わったキノサキは、この上ないドヤ顔を浮かべながら由里香の方へと戻ってくる。
そして満足そうにカクテルを飲み干すと、由里香に向かって言い放った。
「五反田はさ、まあほとんど俺が育てたと言っても過言ではないんだよね。業界の中でも、俺ほど人脈ある男はそうそういないんじゃないかなぁ」

その後もしばらくキノサキの人脈自慢を聞かされた由里香は、ドリンクがなくなったタイミングで化粧室へと向かった。
隠れ家的なバーというだけあって、店内は薄暗いだけでなく、迷路のように入り組んでいる。
なかなか目的地に着かない道すがら、由里香はなんとなく思った。
― 人脈自慢はしつこいけど、TVのプロデューサーなんだもんね。それだけの人脈があるってこと自体、仕事ができるってことだろうし。初デートだから、自分を大きく見せようとしてるのかも…。もう一回くらいデートしてみようかな?
そんなことを考えながら辿り着いたのは、ゴージャスなカーテンで目隠しがされた部屋だった。
どう見ても化粧室ではない。きっとVIPルームだろう。
カーテンの向こうから、聞き覚えのある声が漏れる。それは、毎週ドラマで耳にする声。五反田くんに違いなかった。
― うわっ、トイレと間違えて入らなくて良かったぁ!
焦った由里香が引き返そうとした、その時だった。五反田くんの大きめの声が、廊下にまで響き渡る。
「五反田くん、さっきの肩組んできた人、アレでしょ?」
「そうそう、キノサキさんね」
「本当にお世話になったの?」
「あはは〜全然。一回も仕事したことないのに、いつもすごい馴れ馴れしくて…。どっかの食品会社のボンボンでコネ入社らしいんだけど、仕事じゃ使えないって有名なんだよ。しんどいからみんな関係切りたがってる」
◆
いやでも聞こえてきてしまった、残念すぎるキノサキの立ち位置。
その事実にすっかりテンションを下げながら席に戻ると、キノサキはなにやらInstagramを見ている最中だった。
「見て見て。俺の友達のYouTuberが今度、会員制のサウナ作るみたいでさ。俺がアドバイスしたんだけど…」
その時、由里香は見逃さなかった。
キノサキが見せてきた画面。そのホーム画面に、先ほどの自撮りがすでに投稿されていたのだ。
「ちょっといいですかぁ?」
そう言ってキノサキからスマホを拝借しその投稿をタップすると、先ほどのツーショットに、次のようなキャプションが付けられていた。
<いつもありがとう。でも、たまには俺を一人にしてほしいw
#グルメ #会員制バー #最高の出会い #最高の仲間 #同志であり親友であり… #松坂由里香 #美人社長 #美人社長好きなひとと繋がりたい>
もはや薄寒いものさえ感じ始めた由里香は、こわばった微笑みをキノサキに向けると、無言のまま投稿を削除する。
「ごめんなさい、ちょっとしんどくて。今日は失礼しますね」
「え…?由里香ちゃん?」
戸惑うキノサキを置いて店を出てきてしまったけれど、人脈の広いキノサキのことだ。由里香が去った後も、きっと楽しく過ごせるだろう。
<キノサキさんも、いつか誰かの素敵な人脈になれますように!
#人脈オタクと繋がりたくない>
スマホを取り出してそれだけLINEすると、すぐさまキノサキの連絡先を消去した。

― いい歳して虎の威を借ってばかりなの、恥ずかしくないのかなぁ?中身がカラッポな人ほど周りにスゴイ人を求めるのって、たまにあるよねぇ。あーあ、私の完璧な旦那様にはいつ会えるんだろう〜?
由里香はしばらくの間押し黙る。
「違う違うっ。私は、私と同レベルな人を探してるだけだし。キノサキさんとは全然違うし」
そう独り言をつぶやきながら慌てて首を振り、由里香は西麻布の交差点を勇ましい足取りで渡っていく。
けれど、ふと星野のことを考えてニヤリと笑うのだった。
「五反田くんに会ったこと、明日星野くんに自慢しよっと。私のこと、ちょっとは見直すんじゃないかな〜?」
▶前回:体育会系のハイスぺ男子とマッチング。好感触だったのに、彼が2回目のデートの約束を渋ったワケ
▶1話目はこちら:お泊まりデートの翌日。男は先にベッドを抜け出し、女の目を盗んでこっそり…
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中身がカラッポな男に失望した由里香。“頼れる男”とお見合い!

