「仕事と私、どっちが大事?」その一言を放つ前に、女が考えたこと
20代後半、アラサーの仲間入り。周囲では申し合わせたように突然、第一次結婚ラッシュが訪れはじめる。
しかし当然、その波に乗り切れない者だって多くいるのだ。
結婚するのに早すぎる歳ではないが、言ってもまだ20代。微妙な年齢であるがゆえの「もっとイイ男がいるかも…」という、悪魔の囁きに翻弄される女たち。
主人公・杏里も、なんとしてでも結婚ラッシュに乗りたいと思うものの、なかなか決断ができず、現れる男とはことごとくうまくいかない。
◆これまでのあらすじ
杏里は30歳の医師・戸倉俊介と付き合うことになるが、交際が始まったばかりの良い雰囲気のデートでも、彼は仕事に戻ると言って去ってしまった。
そして2019年2月。せっかく恋人ができたというのに憂鬱な気持ちを抱える杏里だが…。

「はあ…」
駅のホームで電車を待ちながら、杏里は深いため息をついた。
ー付き合えて嬉しい気持ちになってたのは、私だけ…?
付き合うことになった当日の夜さえも、俊介は食事を終えるなり、当然のようにさっさと職場へと戻っていったのだ。
どこか晴れない気分のまま、ふと顔を上げる。
ーそういえば、次に会う日の約束もしてないや。
前回のデートから今日までのやり取りを思い返すと、またしばらく俊介からの連絡を待つことになりそうだ。
杏里はスマホでカレンダーのアプリを開くと、あることを思いついた。
「来週、バレンタインだ。これを口実に誘ってみよう…!」
◆
そして迎えた、2月14日。運良く俊介の予定も合い、杏里は用意したチョコの紙袋を持っていそいそとデートへ向かう。
ー喜んでくれるといいな。
車や持ち物にこだわりがありそうな俊介に、どんなものを贈ったら喜んでくれるだろうと散々悩んだ。
考え抜いた挙句、無難ではあるが、フランスから日本上陸したことで一時話題をさらった高級ブランドのチョコを用意したのだ。
「俊介さん、これどうぞ。今日バレンタインなので」
「おお!嬉しいな、ありがとう。これ、ずっと食べてみたかったところのチョコだ」
「本当ですか、よかったです。悩んだ甲斐があったなあ」
さすが、ふとした時の一言にも気が利いている。彼の反応に、杏里も嬉しくなった。
「そうだ、じゃあ、来月はホワイトデーしようね。わりと俺、そういうイベント系ちゃんとやりたいタイプだから」
「やった、楽しみにしてますね」
ーイベントごとや記念日も、大事にしてくれる人なんだな。
その言葉通り、俊介は1ヶ月後にはしっかりとホワイトデーのデートをしてくれた。
ここのところ彼の仕事も落ち着いているようで、二人は1週間に1回のペースで会い、交際は順調に進んでいるように思えた。
ある出来事が起こるまでは…。
交際は順風満帆とはいかなかった…。杏里の誕生日に起きた出来事とは?
それは、杏里の28歳の誕生日のことだった。
4月の終わり、誕生日当日。俊介は「誕生日、お祝いするから空けといてね」と言ってくれたのだ。
20時に待ち合わせをしているが、夕方から杏里はソワソワしていた。
時計を見ると、まだ18時。
ー30分前にオフィスを出ればいいから、あと1時間半か。
ワクワクする気持ちを抑えて仕事をしていると、デスクの上でスマホが振動する。ところが、その画面を見て呆気にとられた。
『Shunsuke Tokura:本当にごめん、今日仕事で行けなくなりそうだ…。また別日にお祝いしよう。あとで、連絡するね』
ーえ、嘘でしょ…。
誕生日を祝ってくれるというからずいぶん前から楽しみにしていたし、今日はいつもよりもお洒落をしてきた。
仕事が大変で忙しいのはよくわかる。しかし付き合って初めて迎える彼女の誕生日なのだから、一瞬だけでも会おうとか、そういう気持ちは起こらないのだろうか。
ーそれに自分のこと、「イベントごとはしっかりやりたいタイプ」とか言っていたのに…。
モヤモヤしてきて仕事に集中できないまま定時を迎え、杏里はバッグを掴んでオフィスを飛び出した。
帰り道、お店のガラスにうつる自分の姿をみて、より一層みじめな気持ちになる。
俊介と付き合ってから、こういう寂しい気持ちになってばかりだ。泣きたい気持ちをこらえながら、まっすぐ家に帰った。

◆
0時をまわった頃、俊介からの電話が鳴った。
「杏里ちゃん、誕生日おめでとう。そして今日はほんっとうにごめん。どうしても仕事、抜けられなくて…」
“私の誕生日なんかより、仕事が大事なんでしょ。なんでいつも仕事ばっかりなの?”
そんなセリフが喉まで出かかって、その瞬間ハッとした。
かつて元カレ・純に、仕事を頑張る杏里を責めるようなセリフを言われたことがある。
ーあの時、自分の大切なことを否定された気分で、本当につらかった。
当時、自分にとって仕事と恋愛は両方とも大切だったのに、どちらかを犠牲にしなければならない時もあるのかと突きつけられた気分だった。
自分が言われてショックだったことを、今まさに俊介に言おうとしていたのだ。
杏里は、俊介が仕事にまっすぐなところも含めて彼を好きになった。
俊介の仕事は杏里の知らない世界ではあるが、きっと今日は、本当にやむを得ない出来事があったのだろう。
ささくれ立った心を落ち着かせようと、深呼吸する。
「…もしもし、杏里ちゃん、怒ってる?よね…」
そして度重なる、ハプニング…。
「正直、楽しみにしてたから残念だなとは思ったけど、今度また落ち着いたら、お祝いしてくださいね」
「…ありがとう。うん、もちろんだよ!」
ー以前までの自分なら、泣きながら俊介さんを責めてたかもな…。
仕事にプライドを持って頑張る俊介のこと、そして自分の気持ち。その両方を信じようと、杏里は決めたのだった。
◆
それから1ヶ月後。
職場の飲み会に参加した帰り、杏里は一人で自宅まで歩いていた。
誕生日の一件の後、お互いの仕事の都合で数週間後にはなったものの、俊介は、改めて誕生日祝いをしてくれた。
デートの急なリスケや、しばらく連絡がないことはたびたびある。
ーでも、いちいち気にしてたらキリがないし、自分もその間、仕事をがんばろう。
杏里は心を切り替えることにしたのだ。そう決めて以来、あんなにいつもモヤモヤしていたのが嘘みたいに、すっきりした晴れやかな気分だ。
信号待ちをしながら何気なくInstagramを開くと、見知らぬアカウントからダイレクトメッセージが届いている。

『戸倉さん、他に女いるっぽいですよ』
ー戸倉…。俊介さんのことだ。ていうか、このアカウント、誰!?
ダイレクトメッセージの差出人のページは非公開になっており、「mayuko」とだけ記されている。
そして俊介は、この「mayuko」のアカウントをフォローしているようだ。
ーまゆこ…。どこかで聞いた名前のような…。あ…!
記憶を辿っているうちに、女友達・莉奈に紹介されて俊介に初めて会った日のことを思い出した。
もう半年ほど前のことだし、おぼろげではあるが、男性陣が元カノの話をしている時に出てきた名前のような気がする。
「どういうこと…?」
俊介は確かに、誕生日のデートをドタキャンしたり、連絡がつきにくかったり、いつも忙しそうにしている。
仕事なのだと信じて疑わなかったが、正直、「もしかしたら他にデートしている人がいるのかも」と考えたこともあった。
メッセージをよこした「mayuko」は顔も知らない第三者ではあるが、こうやって文字にされると、現実を突きつけられたような気持ちになる。
ー「mayuko」って誰?俊介さんは浮気してるの?
突然の出来事に混乱し、杏里はその場で立ち止まった。
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突然送られてきたダイレクトメッセージ。差出人の正体と、その真相は?

