有人宇宙飛行機の実現で宇宙旅行が身近になる(写真は実験機PDAS-X02)

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 「諦めた時点で全てが終わり。挑戦し続けることで、道は必ず開かれる」ー。PDエアロスペースの緒川修治社長はこう語る。

 同社は、ジェット燃焼とロケット燃焼が切替可能な独自エンジンを搭載し、高度約100キロメートルまで往復する有人宇宙飛行機「ペガサス」で、宇宙旅行や宇宙太陽光発電所の建設など、民需としての宇宙利用拡大を目指す宇宙機開発ベンチャー。現在、無人実験機による2020年の高度100キロメートル到達トライに向け、機体とエンジンの開発が佳境に入る。

パイロットの夢破れ
 「理論的に達成できません」(開発担当)、「物理は変えられないが、そこにアイデアや工夫を入れたのか」(緒川社長)。愛知県碧南市にある同社R&Dセンターで白熱した議論が飛び交う。

 これまでの実験室レベルの小型エンジンから、機体に搭載するレベルのエンジンへ大型化、機体もラジコン機を改造した簡易的なものから、全長10メートル、重量3トンを超える大型の機体開発が本格化し、現場の熱量はいやがうえにも高まる。

 「パイロットになりたい」(緒川社長)。それが少年の頃からの夢だった。しかし、何度も挑戦するが夢叶わず、次に目指したのが宇宙飛行士だった。

 民間企業で戦闘機の開発に携わりながら、宇宙飛行士に応募。しかし、周りの同僚は高学歴のエリートばかり。「明らかに自分より宇宙飛行士に近い」(同)と感じ、退職して大学院で学び直すことにした。現在の同社のコア技術となる独自コンセプトのジェット/ロケット燃焼モード切替エンジンの発想は、この大学院時代の研究の過程で生まれた。

 大学院修了後は地元、愛知県内の自動車部品大手に就職。自動車エンジンの開発に携わりながら、宇宙飛行士募集のチャンスを待った。その間、”町の発明家”として知られる父親が自宅で行う様々な研究や実験を手伝いながら自分自身のエンジン開発を進めた。

 父親の助手として、子どもの頃から化学や物理などの実験や機械工作に触れる機会が多く、アイデアを形にする環境に恵まれたことは、後の起業にも影響を与えた。

 宇宙飛行士応募の年齢制限も考え、「35歳までに宇宙飛行士になれなかったら、本当に諦めよう」と決めていた。そんな矢先、米国スペースシャトル「コロンビア号」が大気圏突入中に空中分解を起こすという、痛ましい事故が発生した。この結果、NASA、JAXAの宇宙開発全体の動きに急ブレーキが掛かり、宇宙飛行士の募集もストップした。

 一方で、NASAの動きとは独立した民間宇宙の動きが活発化していた。その一つが米Xプライズ財団主催の賞金レースだった。人間を乗せ、宇宙空間の入り口といわれる高度100キロメートルへ2週間以内に2度到達させること、などの条件を達成したチームが、1000万ドル(約10億円)の賞金を獲得する。この無謀ともいえるレースの勝者は、従業員数50名程度の小さなベンチャーだった。

 「宇宙へ行くには選ばれるのを待つのでなく、自分らで行く時代だ」(同)と起業を決意。2007年5月、自己資金1000万円でPDエアロスペースを設立した。

独自コンセプトのエンジン
 同社の最大の技術的な特徴は、ジェットエンジンとロケットエンジンの二つの機能を持つ「燃焼モード切替エンジン」だ。飛行に必要な空気のある高度15キロメートルまではジェット燃焼モード、それ以上の空気が極度に薄くなる高度では、搭載酸化剤を用いたロケット燃焼モードに切り替えることで、空気中と宇宙空間の両方で推力を発生させることが可能になる。

 このエンジンを用いた「完全再利用型サブオービタル宇宙機」は、従来の垂直打ち上げロケットや海外で開発が進む二種類の機体を使用するタイプと一線を画している。