一部の外国人観光客や日本に暮らす一部の外国人が、列に割り込んだり物を買い占めたりするのはなぜなのか。獨協大学教授の和田一郎さんは「日本人にとってマナーが悪いように映る行為も、彼らにとっては『生き抜くための知恵』だ。脳に刻み込まれた生存のルールは簡単には消えない」という――。

※本稿は、和田一郎『大人になっても消えない重荷を抱える人のための 生きづらさの手放し方』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/TkKurikawa
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TkKurikawa

■脳は生き延びるために変化する

個人の脳は生き延びるために「闘争」や「迎合」といったサバイバル戦略を身につけます。

それでは、もし「ある国や地域の大多数」が、戦争、飢餓、あるいは政治的混乱といった「慢性的なトラウマ環境」を共有していたらどうなるでしょうか?

個人の生存戦略は、集団の中で共有され、やがて「文化」という名の「暗黙のルール」へと昇華されます。私たちはしばしば、異なる文化圏から来た人々の行動を見て「マナーが悪い」と眉をひそめます。

しかし、データサイエンスの視点から見ると、その行動の背景には、その民族が背負ってきた「過酷な歴史への適応」と「資源リソースによる行動変容」を見出せるのです。

■なぜ一部の外国人は列に並ばないのか

典型的な例として、日本人がよく直面するカルチャーショックを取り上げましょう。駅のホームや、災害時の炊き出しで、私たち日本人は、誰に指示されなくとも整然と列を作ります。

しかし、一部の国や地域から来た人々は、列を無視して我先にと割り込んだり、力ずくでドアをこじ開けようとしたりすることがあります。

彼らには道徳心がないのでしょうか?

そうではなく、これは彼らの社会において、長きにわたり「待つこと」が「死(あるいはリソースの喪失)」を意味してきたことに由来する行動です。

進化生物学には「生命史戦略」という概念があります。明日をも知れぬ不安定な環境(高い死亡率、資源不足)では、将来のために我慢して貯蓄するよりも、「目の前の資源を今すぐ獲得し、消費する」という「早い戦略」をとる個体が生き残ります。

食べ物があるキャンプへ行くバスが1日に1本しか来ず、全員が乗れる保証がない国。配給がいつ止まるかわからない難民キャンプ。

そこでは「お先にどうぞ」という譲り合いは、美徳ではなく「淘汰されるべき弱さ(自殺行為)」に他なりません。絶対的な死が待っています。

そのようなことから、彼らの「割り込み」は、無秩序なのではなく、「資源獲得競争に勝つための、極めて合理的な最適解」なのです。

もちろん、こうした行動がよいと言っているわけではありません。彼らが置かれた状況が、彼らにそのような行動をとらせているということです。

■逆に、なぜ日本人は列に並べるのか

逆に言えば、なぜ日本人は並べるのでしょうか。社会心理学者で北海道大学名誉教授の山岸俊男氏の研究は、これを「制度的信頼」の差であると説明します。

私たちが並ぶのは、隣の人を愛しているからではありません。「電車は必ず来るし、全員乗れる」という資源の安定性。「割り込んだら駅員や周囲に注意される」という周囲の目。この2つがあるからです。これを「安心社会」と呼びます。

私たちは「並んでも損をしない」という特権的な環境にいるからこそ、余裕を持って並べるのです。もし明日、日本が大災害に見舞われ、水が100人に1人分しか行き渡らない状況になったら、私たちもまた、生き残るために「列を乱す側」に回るかもしれません。

サバイバル戦略とは、環境によってスイッチが切り替わるものなのです。

■悪意ではなく、「過剰な防衛反応」

厄介なのは、国が豊かになり、環境が改善されても一度刻まれた「生存のルール」はすぐには消えないという点です。これを「集団的トラウマ」と呼びます。

海外の研究では、戦争や独裁政権下の恐怖、あるいは深刻な貧困の記憶は、文化的な遺伝子として継承されます。「システムは信用するな」「隙を見せたら奪われる」「ルールを馬鹿正直に守る奴は馬鹿を見る」。親たちは愛する子を生き延びさせるために、こうした「戦場の知恵」を家庭教育の中で徹底的に教え込みます。祖父母の記憶が、孫の行動を決めるのです。

その結果、平和な日本に来てからも、彼らの脳内ではまだ「見えない椅子取りゲーム」が続いてしまいます。電車のドアが開いた瞬間、彼らの脳の扁桃体は「今すぐ確保せよ!」と警報を鳴らします。それは悪意ではなく、過去の亡霊に対する過剰な防衛反応に近いでしょう。

異文化の人々の行動、あるいは日本国内でも見られる「買い占め」などのパニック行動を目にしたとき、私たちは反射的に怒りや軽蔑を感じます。

それは自然な反応です。しかし、そこで思考を止めず、もう一歩だけ踏み込んでみてください。

「なぜ、彼らはこれほどまでに焦っているのだろうか?」
「彼らの背後には、どのような『奪い合いの歴史』があるのだろうか?」

そう問いかけることは、彼らの迷惑行為を肯定することではありません。毅然と対応することこそ、私たちの回復につながるのです。

しかしここでは、それとは違う視点として、私たち自身が「信頼のある社会」に生きていることの奇跡を噛み締め、分断ではなく対話の糸口を探るための、知的な成熟への第一歩を踏み出すことが、私たちの回復につながると確信しています。

■なぜ祖父、父は家で怒鳴り散らすのか

ここまで、国や文化レベルでの行動様式があると述べました。

ここからは、より私たちの身近にあり、逃げ場のない2つの密室、つまり「家庭」と「学校(部活)」に焦点を当てます。

私たちは皆、親や先生、先輩から「生きるためのルール(価値観)」を受け継いでいます。しかし、ここには残酷なパラドックスがあります。

それは、かつて過酷な時代を生き抜くために不可欠だった「強さ」や「麻痺」といった戦略が、平和な時代においては、次世代を深く傷つける「武器」へと変貌するということです。これを心理学では「多世代伝達プロセス」と呼びます。

具体的な事例を通じて、このメカニズムを見てみましょう。

事例1:家庭に潜む亡霊

日本の多くの家庭で、かつて(あるいは今も)見られる光景があります。

夕方からこたつに入り、テレビを見ながら焼酎や日本酒を飲み続ける祖父。酔いが回ると不機嫌になり、祖母が「体に悪いから」と諌めると、「うるさい!」と食卓を叩いて怒鳴り散らす。ときには孫であるあなたにも理不尽な説教が飛んできたかもしれません。

多くの人はこれを見て、高齢の男性は「意志が弱い」「酒癖が悪い性格」と片付けます。しかし、ACEs(Adverse Childhood Experiences:小児期の逆境体験)と精神医学など最新の知見を通して見ると、まったく別の真実が浮かび上がります。

写真=iStock.com/Elisaveta Ivanova
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■突然の激昂は触れられたくない傷を守るため

80代以上の世代は、戦争、空襲、疎開、そして戦後の飢餓という、現代では想像を絶する「集団的トラウマ」を経験しています。

当時の日本にはPTSDという診断も、心のケアも存在しませんでした。

フラッシュバック(恐怖の再体験)や、生き残ったことへの罪悪感に苛まれる脳を鎮めるために、彼らに何ができたでしょうか?

唯一手に入る、安価で合法的な「薬」――すなわちアルコールで心を麻痺させるしかなかったのです。これを「自己投薬仮説」と呼びます。

彼らの飲酒は、快楽のためではなく、痛みから逃れるための必死の処置でした。

そしてまた、突然の激昂は性格の悪さではなく、触れられたくない傷(トラウマ)を守るための過剰な「闘争反応」であった可能性が高いのです。

しかし、その背景を知らない子どもは、「嫌なことがあったら酒に逃げればいい」「気に入らないことがあれば怒鳴って相手を支配すればいい」という誤った解決策(コーピング)を学習し、無意識に連鎖させてしまうのです。または、徹底的に男性全般を無視、卑下します。ある特定の学問では、父親(祖父)のこのような態度を経験した人の視点からの経験論的な学問さえ出てきています。

■部活動で「体罰」「水飲み禁止」が容認されてきたワケ

事例2:学校という「治外法権」(スポーツと暴力)

もう1つ、日本社会特有の根深いトラウマシステムが存在するのが、現在でも見られる学校の運動部における「厳格な上下関係」と「体罰」です。

理不尽なシゴキ、水飲み禁止、先輩への絶対服従、そして指導の名の下に行われる暴力。これらによって、熱中症での死亡事故や自殺といった悲劇が繰り返されてきました。なぜ、学校という「学びの場」が、法律の通用しない「治外法権の暴力装置」と化したのでしょうか。

歴史を紐解けば、日本のスポーツ教育の根底には、戦時中の軍事教練の影響が色濃く残っています。極限状況(戦争)では、「個人の尊厳」や「科学的合理性」よりも、「命令への絶対服従」と「苦痛に耐える根性」のほうが、兵士として生き残る確率は高かったのです。

「殴られるのは、自分のためを思ってのことだ(愛の鞭)」と脳を洗脳しなければ、精神が崩壊してしまう。こうして「殴られて育った」被害者は、自分が先輩や指導者になったとき、同じことを行います。

そうすることで、「自分が受けた痛みには意味があった」と過去を正当化できるからです。つまり、被害者が加害者になるシステムです。

これは個人の資質の問題ではありません。かつて、それで凌がざるを得なかった「暴力で人を支配する」というサバイバル戦略が、伝統や教育という名の下にパッケージ化され、世代を超えて再生産される「システムのエラー」なのです。

■「賞味期限切れ」のマニュアルを捨てる勇気

先に挙げた事例のようなマニュアルは、もう賞味期限が切れています。

和田一郎『大人になっても消えない重荷を抱える人のための 生きづらさの手放し方』(KADOKAWA)

現代の科学は、アルコールがトラウマを悪化させることや、恐怖による指導が脳のパフォーマンスを低下させ、逆にうつ病やドロップアウトのリスクを高めることを証明しています。

「手放す」とは、過去の人々を断罪することではありません。「あの時代はそれが必要だった。でも、今は違う」と冷静に仕分けを行うことです。

「つらいときは酒に逃げるのではなく、言葉で伝えよう」
「指導は暴力ではなく、科学にもとづこう」

その新しい価値観(OS)へのアップデートを、あなたから始めるのです。

世代を超えた負の連鎖は、誰かが「ここで終わりにする」と決めた瞬間に、初めて止まるのです。

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和田 一郎(わだ・いちろう)
獨協大学教授
社会福祉士、精神保健福祉士。筑波大学大学院人間総合科学研究科修了。博士(ヒューマン・ケア科学)。茨城県職員として福祉事務所や児童相談所等に勤務。2013年度より社会福祉法人恩賜財団母子愛育会日本子ども家庭総合研究所主任研究員として研究活動を始め、2022年より獨協大学国際教養学部教授。専門はデータサイエンス、子ども論、社会福祉マクロ政策など多岐にわたる。
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(獨協大学教授 和田 一郎)