オランダ戦でボールを追う谷口選手(14日、米ダラススタジアムで)=松本拓也撮影

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 サッカー・ワールドカップ(W杯)北中米3か国大会で、25日(日本時間26日)にスウェーデンと対戦する日本。

 自力によるグループ2位以内での決勝トーナメント進出には引き分け以上が必要で、熊本市出身のDF谷口彰悟選手(34)に「守備の要」として期待が集まる。恩師や友人は「彰悟らしいプレーで日本を導いてほしい」と活躍を願う。(村上喬亮)

 日本の初戦となった14日(日本時間15日)のオランダ戦にフル出場し、相手の好機を何度も摘んだ谷口選手。熊本県立大津高(大津町)サッカー部で指導した平岡和徳さん(60)は、「大舞台でも冷静に守備陣を統率していた。強い相手で苦しい局面になるほど、彰悟の力が必要になる」と話す。

 幼稚園からサッカーを始めた谷口選手は高校3年時には主将として、全国高校総体で4強入りに貢献。筑波大を卒業後、J1川崎に入団し、2年目の2015年に日本代表に初めて選ばれた。17年にも選出された後は代表から遠ざかり、21年に返り咲いた。翌年のW杯カタール大会では2試合に出場した。

 カタール大会後に地元へ帰省した際には、友人らに「緊張したけど、負ける気はしなかった」「歴史を変えたかった」と世界の強豪と渡り合った手応えとともに悔しさも口にした。

 今大会までの道のりは平坦(へいたん)ではなかった。

 前回のW杯後、31歳で海外リーグに初めて挑戦。カタールでプレーし、24年にはベルギーに渡った。順調に経験を積んでいたさなかの同年11月、左足アキレス腱(けん)を断裂した。

 「神様はなんてひどいことをするんだ」。平岡さんはニュースでけがを知った時の心境をこう振り返る。年齢に加えて若手の台頭もあり、「W杯の代表入りは厳しいかもしれない」との考えが頭によぎった。

 だが、無用の心配だった。けがから数か月後に一緒に食事をした際、「諦めてないんだよな、W杯」と問うと、「諦めていません」とそれまでの笑顔を一転させ、真剣なまなざしで力強く答えた。平岡さんは「強い信念を感じた」と話す。

 幼なじみの打越敬洋さん(34)も、「もう一度、W杯の舞台に立つ」と言い切る姿を覚えている。「本人も周囲も前回大会が『最初で最後』と思っていたが、W杯で見た景色が彰悟の心に火を付けた」と語る。

 精神力の強さに驚くのは、大津高のチームメートでJ3栃木SCに在籍した坂田良太さん(34)だ。17年に右膝靱帯(じんたい)を断裂した時、リハビリ先に駆けつけて励ましてくれた。反対に谷口選手のけがを知った時に「苦しい時は俺を思い出して」と伝えると、「良太のけがに比べたら余裕だよ」と話したという。坂田さんは「苦しい時でも周りに心配かけないように気遣いができる。それが日本代表のプレーにも表れている」と話す。

 故郷・熊本への思いも力となった。谷口選手は24年から子ども向けのサッカー教室を開催。手術後のリハビリを乗り越え、試合に復帰して間もない25年6月に熊本市で開いた際には、「熊本に恩返しをしたい思いが強かった。(子どもたちの)憧れの存在でいられるように頑張ろうという意識を持った」と語っていた。

 「決して一人では頑張りきれませんでした。感謝の気持ちを胸に、戦います」。今大会の代表メンバー発表後、谷口選手は自身のSNSで感謝と決意の言葉を投稿した。

 坂田さんたちは、サッカー部のエンブレムや平岡さんの「良い挑戦を繰り返す」との教えを英語で記した応援旗を作り、谷口選手の両親に託した。同級生で作るLINEのグループチャットには谷口選手から「みんなありがとう!しっかり頑張ってくるよ!」とのメッセージが届いた。

 「彰悟は挫折や大けがを乗り越えてきた。大舞台でもその力を体現してほしい」と坂田さん。チュニジア戦は出場機会がなかったものの、次戦は不屈の精神で日本を決勝トーナメントに導くと信じている。