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フェラーリ・フォー(FF)

フェラーリは、厳密には「ステーションワゴン」と呼べるようなクルマをこれまで販売したことはないが、2011年から2016年のFFはそれに非常に近いものだった。しばしばシューティングブレークとも呼ばれるフェラーリ・フォー(FF)は、驚くべき実用性(後部座席を倒した際の荷室容量は800L)と、フロントに搭載された6.3L V12エンジンの咆哮、四輪駆動、そして320km/hを超える最高速度を兼ね備えている。

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確かに素晴らしいクルマだが、もしエレガンスを追求するのであれば、他の選択肢へ目が向いてしまうだろう。


フェラーリ・フォー(FF)

フィアット500ツインエア

フィアット500は2007年にデビューしたが、当時すでにレトロスタイルのクルマが数多く登場していたため、特に異色とは見なされていなかった。しかし、3年後にツインエアが登場したことで状況は一変する。この875ccエンジンは、1980年代にシトロエンLNAが生産終了して以来、欧州の量産車に搭載された初の2気筒ユニットだった。

このエアエンジンはフィアットの優れたバルブリフト&タイミング技術「マルチエア」を採用するために、一から設計された。構造自体も興味深いが、アイドリング時にまるでゴロゴロと喉を鳴らしているかのような音を立て、言葉では言い表せないほど可愛らしいのである。


フィアット500ツインエア

フィアット・ムルティプラ

1950年代の初代ムルティプラは、フィアットの小型車600の6人乗りバージョンであり、その外観は実に奇抜だった。1998年に登場した現代版も同様だが、より実用的な座席配置(3人掛けシートが2列)と、初代モデルにはなかったフロント部のクラッシャブルゾーンという利点を持っている。

そのデザインは、控えめに言っても物議を醸すものだった。フィアットは数年間この路線を貫いたが、2004年に方針を転換し、従来型のデザインに変更。率直に言って印象に残りにくいものにしてしまった。


フィアット・ムルティプラ

フォード・コンサル・クラシック

フォードはそれまで大胆なデザインを作るイメージはなかったが、1961年にコンサル・クラシックを英国市場に投入した際、大きな波紋を呼んだ。米国車のトレンドを強く受けたスタイリングで、4灯式ヘッドライトと逆傾斜のリアウィンドウを備えているのだ。後者は1959年からアングリアに採用されていたものだが、より大型のモデルでははるかに奇抜に見えた。

コンサル・カプリと呼ばれるクーペ版は、より一般的なリアウィンドウを採用しているが、それでも非常に奇妙な外観だった。コンサル・クラシックと同様、販売は不振に終わり、1964年のクリスマスまでに両モデルとも生産中止となった。


フォード・コンサル・クラシック

フォード・モデルT

モデルT(T型フォードとも呼ばれる)は生産中止となってから45年もの間、世界で最も売れたクルマという記録を保持していた。しかし、極めて特異な乗り物であったという事実を忘れてはならない。特に、モデルTでは非常に特殊な運転技術が求められた。

主要な操作系はすべて従来型に見えるが、想像通りに機能するのはステアリングホイールだけだ。クラッチペダルに見えるものは実際には2つの前進ギアのいずれかを選択するもので、「ブレーキ」ペダルは後退ギアを選択するためのもの……といった具合である。それでも、1908年から1927年にかけて1500万台以上が販売されたことから、人々は最終的には複雑な操作にも慣れることができたのだろう。


フォード・モデルT

フォード・サンダーバード

クラシックなサンダーバードといえば、1970年以前に生産されたモデルが挙げられるだろう。フォードは1997年まで10世代にわたり継承し、2002年には11代目として復活させた。歴代で唯一、レトロなスタイリングを採用したサンダーバードであり、1957年モデル以来初めて2人乗りコンバーチブルボディを採用したモデルでもあった。

ビーチ・ボーイズ結成前に成功したフォーマットは、スパイス・ガールズの活動休止後はあまり成功しなかった。2002年の初年度は人気があったものの、販売台数はその後急落し、フォードは2005年モデルイヤー終了をもって生産を打ち切った。


フォード・サンダーバード

ホンダ・インサイト

ハイブリッド車は今やごく一般的な存在であり、かつては異端視されていたことを思い出すのも難しい。しかし、1990年代のハイブリッド車の基準から見ても、初代ホンダ・インサイトは非常に特異な存在だった。これは、可能な限りの空力性能を追求していたことも理由の1つだ。特にボディ形状は際立っており、後輪フェアリングは空気の乱れを最小限に抑える役割を担っている。

少し前に登場したトヨタ・プリウスも見た目は変わっていたが、インサイトほど奇抜ではなかった。


ホンダ・インサイト

ヒョンデ・ヴェロスター

ヒョンデ・クーペ/ティブロンは魅力的ではあるものの、概してありふれたスポーツカーだった。3年の空白期間を経て、その間接的な後継モデルとなったヴェロスターは、まったくもってありふれたクルマではなかった。初代ヴェロスターの最も有名な特徴は、サイドドアが3枚あること。片側に2枚、もう片側に1枚配置されているのだ。

2007年から2014年のミニ・クラブマンとは異なり、ヴェロスターではしっかり2種類のボディシェルが開発された。そのため、左ハンドル仕様でも右ハンドル仕様でも、歩道側に2枚のドアが配置されるようになっている。


ヒョンデ・ヴェロスター

いすゞ・ビークロス

いすゞ車に奇抜なイメージは薄いかもしれないが、ビークロスは輝かしい例外だ。常識的ないすゞ・トゥルーパー(日本名:ビッグホーン)と密接な関係にあるコンパクトSUVで、1993年の東京モーターショーでコンセプトカーとして登場し、4年後にほとんど変更を加えることなく発売された。

1997年から2001年まで生産され、主に米国で少量販売された。


いすゞ・ビークロス

ランボルギーニLM002

今日のランボルギーニ・ウルスは、過去10年間に発売された数ある高級高性能SUVの1つであり、LM002よりもはるかにトレンドに沿った存在と言える。このLM002は、ランボルギーニが過去に開発したオフロードトラックの1つであり、唯一量産化されたモデルである。

その角張ったボディには、四輪を駆動する大型V12エンジンが収められている。控えめに言っても、当時のランドローバーが生産していたものとはまったく異なる代物だった。スポーツカーメーカーがオフロードトラックを生産するのは奇妙に思えるかもしれないが、ランボルギーニはもともと農業用トラクターを生産していたことを思い出してほしい。


ランボルギーニLM002

リンカーン・ブラックウッド

当時、フォードの高級ブランドがピックアップトラックを生産するのは良いアイデアのように思えた。リンカーン・ブラックウッドは当時のフォードFシリーズと関連があり、豪華装備が満載だった。しかし、米国の消費者はほとんど関心を示さなかった。米国では2002年モデルのみ、メキシコでは2003年までしか販売されなかった。

どういうわけか、同じような分野でもGMは成功を収めている。ブラックウッドとコンセプトが似ているキャデラック・エスカレードEXTは、2002年から2013年にかけて2世代にわたり生産された。実際、あまりにもヒットしたため、もはや奇抜なクルマとは見なされていない。


リンカーン・ブラックウッド

ロータス・ヨーロッパ

ロータスは1960年に同社初のミドシップレーシングカーを製作し、その6年後には量産車にもこのレイアウトを採用した。この種のスポーツカーとしてはかなり早い時期であり、奇妙な「ブレッドバン(パン屋さんのバン)」のようなボディ形状がなくても、ヨーロッパは時代を先取りしすぎた異質な存在だったと言えるだろう。

当初、ロータスはルノー・クレオン・アルーエンジン(ルノー16や世界ラリー選手権で優勝したアルピーヌA110にも搭載されたもの)を採用していたが、1971年にはフォードのケントをベースにしたツインカムをラインナップに追加した。


ロータス・ヨーロッパ

マトラ・ジェット

当初はルネ・ボネ・ジェットとして知られていたこのマトラは、単なる変わり種ではなく、非常に画期的なクルマだった。生産台数は比較的少なかったものの、史上初のミドシップの量産車である。

1962年に初登場した際、搭載されていたのはルノー・クレオン・フォンテエンジンだった。ルノー自身も、このエンジンをセダンの8、スポーツカーのフロリード/カラベル、そして商用バンのエスタフェに採用し始めたばかりだった。


マトラ・ジェット

マトラ・ランチョ

ランチョは、クロスオーバーという言葉がまだ一般的ではなかった1977年から1984年にかけて生産されたモデルである。シムカ1100をベースとしており(正面から見ると酷似している)、2枚のドアより後方の主要ボディはグラスファイバー製だ。

キャビンの後部は前部よりもはるかにヘッドルームが広く、光を取り入れるための窓も設けられている。荷室スペースは驚異的で、縦に荷物を積み上げればなおさらだ。ランチョの主な欠点は、1.4Lガソリンエンジンで前輪のみを駆動するため、見た目ほどオフロード性能が高くないという点だ。


マトラ・ランチョ

メルセデス・ベンツAクラス

2013年以降のメルセデス・ベンツAクラスは、以前のモデルとは似ても似つかない。旧モデルは背の高いコンパクトカーであり、それだけで従来のメルセデス・ベンツ車とは一線を画していた。

さらに印象的なのは、サンドイッチフロア(二重フロア)構造が採用されていることだ。これは、前部への激しい衝突があった場合、エンジンとトランスミッションをフロアへと押し込み、乗員を保護するというものだ。そうした安全設計にもかかわらず、Aクラスは1997年に行われたスウェーデンでのエルクテストで横転したことで、安全性が低いという不名誉なレッテルを貼られることになった。メルセデス・ベンツは当初、設計に問題はないと主張していたが、その後改良を実施した。


メルセデス・ベンツAクラス

メルセデス・ベンツG 63 AMG 6×6

一般向けに販売される六輪車は、そもそも異色の存在と言える。その中でも最も壮観な例の1つが、メルセデス・ベンツGクラスの六輪駆動バージョンだ。6本の車輪は、540ps近くを発生するツインターボ5.5L V8エンジンによって駆動される。歴代Gクラスモデルの中で、これよりパワフルだったのはV12エンジン搭載のAMG G 65だけである。

この6×6モデルは、2013年から2015年にかけてオーストリアのマグナ・シュタイア社によって短期間生産された。価格は非常に高額であり、極めて希少である。


メルセデス・ベンツG 63 AMG 6×6

メルセデス・ベンツ・バネオ

ドイツ語における「バン(van)」という言葉は、英語よりも広い意味を持つ。そのため英語話者は、バネオが単にバンから乗用車に改造されたものだと推測するかもしれない。実際にはAクラスのロングバージョンであり、その室内は極めて広々としている。メルセデス・ベンツは総容積の約70%が乗員と荷物のためのスペースであると主張していたほどだ。

しかし、見た目はやはりバンそのものであり、これがわずか3年で生産が打ち切られた一因かもしれない。


メルセデス・ベンツ・バネオ

(翻訳者注釈:この記事は「後編」へ続きます。)