元歌手・タレントの高田みづえさんは23歳で元大関・若嶋津さんと結婚。芸能活動を引退し、若くして相撲部屋のおかみとしての第2の人生をスタートさせました。「家では芸能人の面影は皆無だった」と語る娘のアイリさん。割烹着とデニム姿で部屋を切り盛りし、家族と部屋の力士に愛情を注ぎ続けた、母の姿とは。

【写真】「割烹着姿がおかみの定番だった」母・高田みずえさんとアイリさん(15枚目/全16枚)

※本記事は2026年2月に取材した内容です。ご本人の同意のもと、当時のありのままの言葉をお届けいたします。

23歳で力士に嫁いだ母のけじめと覚悟

ピンクのパンツスーツがお似合いのアイリさん

── アイリさんの父は元大関の若嶋津六夫さん、母は元歌手・タレントの高田みづえさんですが、子どもの頃、お母さんが芸能人だったことを意識するような場面はありましたか?

アイリさん:母は結婚を機に芸能界の方々とのお付き合いをいっさい辞めたので、「母が芸能人」という感覚がないんですよね。これまでも「芸能人にたくさん会ってきたんでしょ」とよく聞かれましたが、全然そういうことはなくて。テレビのVTRに映る昔の母の姿を見て「あぁ、本当に芸能人だったんだ」と思うくらいでした。

周囲の大人たちに「昔、カックラキン(大放送!!)観てたよ!」「お母さんのファンでした」と言っていただくことはありましたが、だからといって特別視されることもなく、みんなと同じ学生生活を送ってきました。

── お母さんは芸能界の方々との付き合いを断つほど、「力士の妻になる」覚悟を持って結婚されたということでしょうか?

アイリさん:そうです。母が結婚したのは23歳のとき。力士の妻になること自体大変だったと思うし、ましてや芸能人だと派手に見られがちじゃないですか。父の周りの相撲界の方々や先代の親方もいるなかで、これから相撲界に携わっていく母なりのケジメだったんだと思います。

── お母さんから歌手・タレント時代の面影を感じることはありましたか?

アイリさん:もう皆無ですね。昔、母と一緒にテレビに出たことがあって、(明石家)さんまさんと母が普通に会話している姿を見て「あぁ、そうか」と思いましたが、普段の生活ではゼロ。それよりも相撲部屋のおかみとして一生懸命な印象のほうが強いです。

たとえば本場所は15日連続で取組があるのですが、最終日には千秋楽に祝賀会をするんです。ホテルで祝賀会を行う部屋も多いのですが、うちは自宅でやっていたんですよね。自宅は1階に土俵があったので、その上に板を敷いて上り座敷と高さを揃え、机を並べます。母はこの日ばかりは正装してお客さまをお出迎えし、皆さんにひっきりなしにご挨拶していました。

割烹着にデニムが定番だった母

家族で食事に行ったとき

── お母さんは、普段は割烹着をよく着ていたそうですね。

アイリさん:割烹着にデニム姿が定番でした。それも料亭で着るような割烹着ではなく、その辺のスーパーで売ってるような、かわいいキャラクターが入ってる割烹着なんです。デニムは破れてもずっと同じものを履いているので、「頼むから破れたデニムは履かないでくれ」と父から言われるくらい。自分の見栄えよりも部屋のため、家族のために動いてくれました。

── アイリさんから見てどんなお母さんだと思いますか?

アイリさん:とにかく明るくて元気ですね。うちは父が寡黙で人の3倍しゃべらず、母は人の10倍しゃべります。父がニコニコしながら母の話を聞いていて、母がいると場の空気がパアッと明るくなるんですよ。私も母と似てすごくしゃべるので、私と母が一緒にいるとかなり賑やかなんですけど。

── 相撲部屋のおかみさんは先ほどの祝賀会もしかり、かなり大変な仕事だと思います。

アイリさん:そうですね。小さい頃から母のおかみ業を間近で見てきましたが、いいときのほうが少ないというか…。若い男の子たちが多く、勝負の世界ですから、どうしたって大変なことが起きるんですよね。「もうダメかもしれない…」と思うような事態が何度も起きましたが、そのたびに母は立ち上がって。

もちろん、相撲に関しては父やマネージャーさんに任せていましたが、相撲以外のこと、共同生活をするうえで起こる困りごとは母がすべて対処していたと思います。

── 相撲以外の細やかな対応、気配りも欠かせないのですね。

アイリさん:はい。みんなの話もよく聞いていたし、うちは「母がおかみだったから今まで部屋が続いてきた」と言ってくださる方がいるほど、娘の私から見てもすごいなと思っていました。

あと、地方場所に行くときは1か月半くらい滞在するので、力士の荷物(まわしや浴衣)ほか、大量の食料品、鍋などの調理器具など…引っ越しさながらの荷物をトラックで運ぶ必要があるんです。毎回母とマネージャーが段取りを組んで、準備をしていました。 

クリスマスには階段にプレゼントを置いて

── 大変な仕事ですね。

アイリさん:それ以外にも、毎年クリスマスになると、母が部屋に所属しているお相撲さん全員にクリスマスプレゼントを用意するんです。クリスマス当日、朝起きたら階段にひとつずつ手紙を添えたプレゼントが置いてあって。

── かなりマメですし、素晴らしいですね!

アイリさん:母は15歳で鹿児島から上京して芸能界に入りましたが、当初は事務所の社長夫妻の自宅に下宿していたんです。田舎からひとりで出てきて心細かったけれど、社長宅ですごく親切にしてもらえて、とても嬉しかったみたいです。当時受けた恩を形を変えて返そうと思ったのかもしれませんね。クリスマスの1か月くらい前から時間を見つけてはデパートに足を運び、毎週ちょっとずつプレゼントを買っていました。手紙も夜中までずっと書いていましたね。

── 誰に対しても愛情が溢れていますね。

アイリさん:母はいつもお相撲さんのため、私たち家族のために動いてくれて、すべてのベースに愛があったな、と大人になってから改めて感じます。私はこの家族で生まれたことが人生最大のハッピーだと思っていますが、誰に対しても親切で愛情溢れる母を見て育ち、本当に感謝しています。私も結婚して家族を持ちましたが、母から受けた愛情や強さを自分の家族にも受け継いでいきたいと思っています。

取材・文:松永怜 写真:アイリ