「ハッピーエンドをお約束します」――12年の歳月をかけて紡がれた大河ロマンシリーズついに開幕!

『女王の化粧師』(文春文庫)
5月8日に文春文庫から発売される『女王の化粧師1』。ウェブでの連載開始から12年の歳月をかけて完結した壮大な物語が、新たな形で読者のもとに届きます。
類まれな美貌を持ちながらも、花街の化粧師(他人に化粧を施す職人)として生きる主人公・ダイ。ある日、次期女王候補の一人であるマリアージュ付きの化粧師として貴族の屋敷に呼ばれたことから、ダイの運命は大きく動き出します。二人はともに女王選挙に挑みますが、マリアージュは王座から一番遠いと言われていて――。
7月には早くも2巻発売が決定している期待の新シリーズの著者である千花鶏(せん・あとり)さんに、作品が生まれた背景やキャラクターに込めた想い、そして物語の核となるテーマについて、たっぷりとお話を伺いました。
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分かりにくいけれど、なかったら困る。「化粧師」という仕事
――本作は「化粧師」という、ファンタジーの主人公としては少し珍しい職業がテーマになっています。なぜ化粧師を主人公にしようと思われたのでしょうか。
千 「女王の化粧師」シリーズは、私が自分のHPで公開している「裏切りの帝国」「金環蝕」という作品と、同じ世界観を持つ話の一つとして書いたものなんです。前作「裏切りの帝国」が皇帝と宰相という、いわゆる政治の中枢に関わる人たちの話だったので、次は「その能力がどう役に立つのか分かりにくい職業の人」を主人公にしようと思いました。最近の流行りだと、主人公の能力は「すごく頭がいい」とか「知識量が膨大」とか、数値化しやすいものがアピールポイントになることが多いですよね。
――確かに、特殊な能力を持っている主人公は多いですね。
千 そうではなくて、誰かの役には立つけれど、政治の場面には縁遠いと思われている仕事。そして、その能力を単純に数字で測ることはできない、でもあったら人生が豊かになるような仕事を描きたかったんです。
――物語の世界では、化粧をすることはむしろ疎まれる文化として描かれているのが印象的でした。
千 この物語の舞台である大陸では、魔力の高さが圧倒的な美しさに繋がるという設定が元々ありました。貴族たちは聖女の血筋、つまり魔力の高さを誇りにしているので、化粧で美しくなる必要がない、という価値観なんです。書籍化にあたって、主人公が置かれる逆境としてその設定をより強調した、という経緯もあります。
――なるほど。政治が複雑に絡み合う世界で、一見すると関わりの薄そうな化粧師がどう立ち回っていくのか、というのが面白さの核になっていると感じます。
千 政治や外交って、直接的な言葉の交渉だけではないと思うんです。相手の国の色の服を着たり、相手の好きなものを手紙に添えたり。そうやってニュアンスで意思疎通を図ることが重要になります。化粧や身だしなみも、そうした「人付き合いの極意」のひとつ。分かりにくいけれど、ないと困る。そういう力を中心に据えたかったんです。
主人公・ダイと女王候補・マリアージュは「弱い者同士が助け合う関係」
――主人公のダイと、ダイが仕えることになる女王候補のマリアージュ。二人の関係性が物語の大きな魅力ですが、それぞれのキャラクターはどのように作られていったのでしょうか。
千 ダイは、花街という特殊な環境で、周りの人たちに愛され、守られて育った「箱入り」として考えました。守られて愛されているという自覚があるからこそ、素直で正直な振る舞いができる。ただ心の奥底では、みんな自分を通して有名な芸妓(娼婦)であった母親を見ているのではないか、という疑いも持っていて、その不安を隠すために「化粧師・ダイ」という仮面をかぶっているようなところもあります。
――一方のマリアージュは、ダイとは対照的ですね。
千 彼女は物語の中で一番の「凡人」として描いています。生まれたときからずっと邪魔者扱いをされて、屋敷のなかで誰にも愛されずに育ってしまった。家族にも、です。だからすごくひねくれているし、どう振る舞っていいのか分からない。ダイは血縁ではない人たちに愛されて育ったのに対し、マリアージュはまったくその逆。二人を対照的な存在として描きました。
――そんな二人が出会い、絆を深めていくわけですね。
千 マリアージュに欠けているのは、自分への自信と、誰かに自分のことを保証してもらった経験です。そしてダイは、誰かを保証する仕事の人間。人間関係って、圧倒的な強者が誰かを救うのではなく、弱いところがある人同士が助け合って生きていくものだと思うんです。この物語では、そういう関係性を描きたいと思いました。
「ホウレンソウ」を徹底しているからこそ生まれる、リアルなすれ違い
――ダイとマリアージュ、そして彼らを取り巻く人々との人間関係が、非常にリアルに感じられました。特に、登場人物たちがきちんとコミュニケーションを取っているのに、なぜかすれ違ってしまう描写が巧みだなと。
千 物語を作るとき、「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)をしっかりしたうえですれ違わせる」ということを意識していました。本を読んだり、ドラマを見たりしているときに、「そこを報告しておけば問題なかったのに」と感じることがよくあるのですが、それは避けたかったんです。
――確かに「なんで言わないの?」とやきもきする展開はよくありますね。
千 『女王の化粧師』では、登場人物たちは基本的にホウレンソウをします。ただ、その伝え方や、あえて伏せられた情報によってすれ違いが起こる。例えば、登場人物のヒース(ダイをマリアージュの化粧師に推薦した人物)は、ダイをマリアージュの屋敷に引き入れた際に「化粧は貴族社会であまり受け入れられていない」とやんわり伝えます。しかし、のちに侍女頭のローラによって「化粧をするなんて貴族としてありえない」という衝撃の事実が告げられるわけです。言っていることは同じでも、言い方やニュアンスで受け取り方はまったく変わりますよね。
――嘘はついていないけれど、真実のすべてを語っているわけではない、と。
千 はい。みんな自分の都合のいいように、情報を取捨選択している。上司への言い方と部下への言い方が違うように、現実の人間関係で起こりうることが、そのまま物語の中でも起こっている。そういうリアリティを大事にしました。ホウレンソウをしないですれ違うのではなく、ホウレンソウの仕方ですれ違っていく。そこにも注目して読むと面白いかもしれません。
12年かけて紡いだ物語。ラストは最初から決まっていた
――この物語は、ウェブでの連載開始から完結まで12年かかったと伺いました。それだけ長い期間、一つの物語を書き続ける原動力は何だったのでしょうか。
千 読んでくださる方々がいたからです。応援してくださる読者の皆さんに「絶対にこの物語の終わりを見せなければ」という想いで書き続けました。もし誰も読んでいなかったら、途中で筆を折っていたと思います。ウェブの世界で反応をいただけるというのは、本当に幸運なことでした。
――執筆を始められたときから、ラストは決まっていたのですか。
千 はい、ラストは決まっていました。物語の始まりで筆を置くところからスタートして、最後は筆を取るところで終わろう、と。最後のシーンも、マリアージュが名君として歴史に名を刻むことも、ダイやヒースがどうなるかも、最初から決めていました。
これから読む方へ「この物語はハッピーエンドです」
――今回、文春文庫から改めて刊行されるにあたってのお気持ちと、これから新たに作品に出会う読者の方へメッセージをお願いします。
千 この作品はこれまで電子書籍がメインだったので、ぜひ紙の本で読んでいただけたら嬉しいです。紙で読むことで、また新しい発見があるのではないかと思っています。
――最後に、読者の方へ一言お願いします。
千 この物語はハッピーエンドです。
――力強い言葉ですね(笑)。
千 これは私だけが言っているのではなく、完結まで見届けてくださった読者の皆さんが「本当にハッピーエンドだった」と言ってくれているので、自信を持って宣言できます。保証付きのハッピーエンドです。安心して、物語の世界に飛び込んできていただければと思います。
(千 花鶏/文春文庫)
